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3.昨日までの英雄

目覚ましが鳴った。

止めた記憶はある。

だが、次に目を開けたとき、窓の外はもう昼だった。


「……あれ?」


土井司は、天井を見つめたまましばらく動けなかった。

身体が重いわけでも、痛いわけでもない。

ただ、起き上がる理由が、見つからなかった。


出勤停止。

医師の診断と、魔安からの通知で決まった処分――いや、措置だ。

「しばらく、休んでください」


そう言われたときは、正直、少しだけ安心した。

張り詰めていた気が、一気に緩んだ気がした。


だがそれは、最初の三日で終わった。


右腕のギプスは、相変わらず邪魔だった。

服を着るのも、シャワーを浴びるのも、一拍遅れる。


――でも、痛くはない。

それが、いちばん気味が悪かった。


骨折しているはずの腕は、何の主張もしない。

ぶつけても、捻っても、熱を持っている気配すらない。


「……ほんとに折れてんのかな」

誰に向けるでもなく呟いて、

自分の声が部屋に響くのを聞いて、少しだけ怖くなった。

スマホを開く。


《台風21号 被災地 復旧進捗》

《魔法使いの迅速な対応で交通網回復》

ニュースの中で、あの日の現場が流れていた。

自分が修復した家屋も、道路も、もう“日常”に戻っている。


コメント欄には、賞賛の言葉が並ぶ。

――すごい

――流石魔法使い

――魔法使いには頭が上がらない

――英雄だ


画面を閉じた。


そこに、自分の名前はない。あっても困るが。

「……俺、何してんだろ」


魔法を使わない一日。

誰にも呼ばれない一日。

何も起きない一日。


それが、三日、五日、一週間と続く。

災害は、毎日起きるわけではない。

呼ばれない日が続くこと自体は、珍しくないはずだった。

ただ――「呼ばれない」ことと、「呼ばれるはずなのに、呼ばれない」ことは、まったく違う。


研修を終えて初めての1人での出勤だったから次の出勤まで少し時間が空いてるだけかもしれない。

そもそも出動要請自体が今はないだけかもしれない  


不安をいくら打ち消そうとしても夜になると眠れなかった。

正確には、眠っているのか分からなかった。

目を閉じたまま、時間だけが過ぎていく。


気づくと朝で、

気づくとまた昼で、

一日が、切れ目なく溶けていく。


やはり外に出ていないからではないか 魔法を使わないせいにしたくなったが医者は「よくある」と言った。

資料にも、確かにそう書いてあった。


《睡眠障害:過眠、または不眠》


文字で見たときは、実感なんてなかった。

だが今は、

起きても、寝ても、回復しない。


何もしていないのに、消耗していく。


魔法を使っていない。

危険なこともしていない。

それなのに、確実に“削れている”。


それが、土井には一番理解できなかった。


「……仕事、しただけなのに」

誰かの声が、頭の奥で響いた気がした。

あの事務的な男――入鹿の声だ。


意味は、分かる。

でも、納得はできない。


仕事なら、成果があってほしい。

仕事なら、終わりがあってほしい。


だが、この不調には、区切りが見えなかった。


スマホが震えた。


一瞬、心臓が跳ねる。


――出動要請か?


そう思って画面を見ると、

ただの広告通知だった。


画面を伏せて、土井はベッドに沈み込む。


「……来たら、どうするんだろ」


行けるのか。

行きたいのか。

行かない、という選択肢はあるのか。


考えようとすると、頭がぼんやりする。


「……英雄、ね」

さっきまで目にしていたコメントが、

頭の中で何度も反芻される。



右腕のギプスを見つめながら、

土井は、静かに目を閉じた。

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