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2.魔法と代償

「土井司さん、ですね」


「はい」


「先日の台風の出動、お疲れ様でした。

失礼ですが……右腕を触らせていただいてもよろしいですか」


保健師の診断がある以上、結果は分かっている。

それでも入鹿は、自分の目と手で後遺症を確かめたかった。


土井と呼ばれた青年は、一瞬の躊躇もなく右腕を差し出した。


「……失礼します」


声にならないほど小さく呟き、ギプスを避けるように前腕を軽く握る。

力を入れたわけではない。それでも――


土井の表情は、まったく動かなかった。


「やっぱり、変ですよね。本当に骨折してるんでしょうか」


包帯に覆われた腕を、土井は不思議そうに眺める。


「おかしいですよ。仮に骨折だとしても、気づかないなんて。

一応、Bランクで資格も取ってますし、普通の人より魔法適性は高いはずなんですよね」


それから、困ったように笑う。


「それより、このギプスどうにかなりませんか。こんな腕じゃ魔法も扱いづらいし、明日久しぶりにゲームしようと思ってたんですけど、コントローラー使いにくそうで」


自分の腕を、まるで他人のもののように見つめている。


――典型的だ、と入鹿は思った。


魔法使いは国家資格だ。

国民のうち、魔法を扱える者は決して多くない。

資料上、日本の魔法適性保持者は国民全体のおよそ三割程度とされている。


入鹿自身は、その七割――魔法を使えない側の人間だった。

だからこそ、魔法に適性があることは、社会的には賞賛される才能として扱われる。


その中で、適性検査、制御試験、精神耐性評価。

いくつもの関門を越えた者だけが、「魔法使用」を許可される。


土井司は、その中でも優秀な部類だった。


魔法への適性は人によって様々であり、

適性が高い者ほど後遺症の発生リスクは低い――

少なくとも、そう「言われて」いる。


ある程度は訓練によって強化できるが、

それでも最後は本人の適性による部分が大きい。


国は、魔法による後遺症のリスクを管理するため、

個人ごとに魔法適性をランクとして付与することを義務づけた。


C判定は条件付き使用。

使用時間や範囲に厳しい制限が課される。

多くの魔法使いは、そこからキャリアを始める。


B判定は違う。

高い適性と制御能力を認められ、

災害時には優先的に派遣される実働要員だ。


「Bランクだから大丈夫」

「自分は選ばれた側だ」


新人ほど、そう信じたがる。


だが、目の前の青年の右腕は、

その通説から、きれいにこぼれ落ちていた。


「魔法適性が高いことと、後遺症が出ないことは別です」

入鹿は淡々と言った。


「ランクは、“安全に使える可能性”を示すものであって、

“代償を受けない保証”ではありません」


土井は言葉を失い、ゆっくりと瞬きをした。


「……じゃあ、俺は……」


「初出動で、二時間の連続使用。

物質形成魔法で家屋10棟と道路の一部。新人としては、かなりの負荷です」


責める口調ではなかった。

ただ、事実を並べただけだ。


本来、新人の魔法使用は後遺症発症のリスクも鑑みて一時間以内が普通だ。

土井のように災害発生真っ只中ではなく、発生後のインフラ復旧に限定されるケースが多い。


――よほど人手が足りなかったのか。

それとも、「選ばれた」という自負を利用されたのか。


入鹿の胸に、微かな不信感が残った。


「痛覚異常は、物質形成系で比較的多い後遺症です。

放置すれば、回復まで年単位かかることもあります」


土井の喉が、小さく鳴った。


入鹿は、申請書の一文を思い出す。


《使用リスク:問題なし》


制度上、正しい判断だ。

それでも――目の前の青年の右腕は、確かに壊れていた。


「だから、労災申請が必要なんです」


静かに書類を差し出す。


「あなたは、間違っていません。ただ……仕事をしただけです」


土井は、しばらく黙ったまま書類を見つめていた。


「この内容であれば、労災判定はまず間違いないでしょう」

入鹿は書類に視線を落としたまま、淡々と続ける。


「怪我の影響で魔法使用も難しくなりますので、ギプスが外れるまでは出勤停止になる見込みです。

その間の休業補償は、通常の八割程度が支給されます」


土井は表情を崩さない。それでも入鹿は説明を続けた。


「振り込み時期については、基本的にこちらの資料の通りです。

土井さんの場合、翌月十月二十日の支給になります」


勤めて事務的に説明するようにしたのは、

目の前の青年の不安を、これ以上煽りたくなかったからだろうか。

あるいは、自分自身が感情を挟まないためだったのか。


「……これで説明は以上です。

ここまでで、何か質問はありますか」


説明が終わると、土井は小さく頷いた。


視線は書類の上で止まり、

しばらく、顔を上げなかった。


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