裏、ウィンネス会議
サン=ベルナール・ロベスピエール視点
金がふんだんに使用された豪勢な書斎。アンサングの樫と石の書斎とは大違いだ。さすが皇帝の書斎と呼ばれるだけはある。しかし僕は眩し過ぎると思うので、この部屋は好みではないし、下品だとも思う。
ともかくだ。せっかく頭が冴えてきたのだから今の問題について考えよう。
まず第一、僕のやらかしであるウィンネス攻勢についてだ。
ウィンネス攻勢、実は元々、ウィンネスをこの段階で攻める計画自体はあったがこれは即座に却下された。それは何故か。何故ならオルストリカの占領・維持に金が掛かるからでだ。だからB号でイベリアを征服した後にイベリアから巻き上げた金でオルストリカの占領・維持を行うことになっていた。
というわけで金が必要であり、どう金を得るかが問題だ。
「金、金か。何かを売るか?」
金を得る、という行為は金と何かを交換する行為だ、それが売買にせよ、賠償金にせよ、そこは変わらない。だから、だ。ラソレイユが提供できる何かをとびきり高く買ってくれる国がいれば済む話なんだが、そんな都合のいい国は…
あった、オルストリカ帝国だ。正確にいうとオルストリカ帝国を構成するマジャル王国だ。
さて、次にマジャル王国に売る売り物についてだが、それは明白だ。それは絶対的で代替不可能な物、自由だ。マジャル王国に自治を与え、オルストリカ帝国をオルストリカとマジャルの二重帝国にすると約束する。そしたらマジャル王国は喜んで金を出してくれるはずだ。
「この方法の問題…」
しかしこの方法には問題がある。肝心のオルストリカが受け入れないであろうという問題だ。だってラソレイユが戦後交渉でオルストリカに要求するものはすでに莫大であり、それに加えてマジャル王国の自治なんて受け入れるはずがない。もしこれを要求したらオルストリカは国家の存亡を賭けた必死の戦いをしてくる。だから何か、必死の戦いすらも諦めさせる何かが必要だ。
「例えば、オルストリカの背後に潜む第三国を味方にするとか」
よし、これで行こう。今回の戦後交渉、オルストリカに対しては徹底的に要求を行い、ルーシーに対しては甘く妥協して仲間に引き入れる。むしろオルストリカを二人で分けないかと提案して、実質的なオルストリカの一人負け状態に陥らせる。
「その方向でいこう。そうしたならばこれが使える」
ラソレイユ唯一教会共和国は使徒プトレマイオスに由来する地上において唯一正当なる教会機関であり、全ての星遺物の所有権とその意思はラソレイユ唯一教会に帰属する。
世界を敵に回すためためだけに立ち上げた公約だが、これはマジャルの支配に使える。何故ならマジャル王とは星遺物である星ヴァイクの王冠を戴いた者であり、その王冠の管理人を引き受ければ国王の指名権を僕が持つ事になる。勿論、本当にそんな事をやる気はないとマジャル王に説明はするが、それでも建前上というのは案外大きな効果を持つ。
「大統領閣下、両皇帝及びオーレン公が到着致しました」
「ラパイヨーネと皇帝の一団を貴賓室に呼べ。皇帝の関係者を決して近寄らせるな」
皇帝と企てを行うため、僕は先んじて貴賓室に向かう。
貴賓室も貴賓室で豪勢で、ヴァルサイエーズで王やオーレン公と話したあの日を思い出す。そういやあの日はどうせ茶番だからと菓子をずっと食っていたな。あの時の菓子は本当に美味しかった。
そんな事を考えながら上席に座り、足を組んだ。そしてただ部屋の装飾を眺めて待っていた時、扉は開く。そこには黒の軍服がよく似合う気持ちのいいくらいすっきりとした顔の美青年が居た。
「遠くラソレイユの地の大統領やらは余程礼儀を知らないらしい」
ルーシーの皇帝ラスパブロフ・アレクサンダー、男の僕であっても息を呑んでしまうような男だ。
「すまないな。しかしだ、皇帝。貴方は敗軍の長だ。であるならば、私の機嫌を取る事に損はないだろう」
皇帝とその従者達は僕の対面に座り、ラパイヨーネは僕の隣に座った。正直、こちらが詰められているようにも見える。向こうに強面の人間が多いからだろう。
「私は恥辱を注がれてそのまま飲むような男ではない」
「そうか残念だ。しかしだ、ラスパブロフ・アレクサンドル。君は街頭から灯油を盗んでネズミを炙って食うルーシーの人々に対してどう謝罪する気なんだ?私の想像力不足でした、申し訳ございません、そう言って許しを請うて頭を下げたとて、彼らは決して君を許すことはないだろう」
「そうなったならば私はこの身体を切り分けよう。そのネズミよりもこっちの方が肉つきがいいだろうからな」
案外顔だけじゃないんだな、この男。
「しかし君の身体はライ麦のパンではないし、君の血は林檎酒ではない」
「それは大統領、貴方とてそうだ。星遺物の強奪だとか拝領だとか言って、預言者の振る舞いをしたとて、貴方の肉体も心もまごうことなく人間だ。だからこうやって私と共に企てをしようと思い立ってここに私を呼んだ、違うか?」
「よくわかっているじゃないか。ならば単刀直入に言おう、皇帝。貴方は敗戦の責任を皇帝一人に押し付けることができる」
「それは願ってもない話だな、大統領。しかしだ。何故ルーシーにそこまで厚意にするのか、いや、なぜラソレイユが敗軍であるルーシーを厚意に扱わねばならないのか。大統領、貴方がそれを話さずして私がその選択を取ることはできない」
当然だが足元を見に来たな。しかし足元を見せずしてこの男と交渉は出来なさそうだ。
「ラソレイユはオルストリカに対して以下の要求を行う。それは…」
1.対革命大同盟の離脱。
2.オルストリカ皇帝の神聖帝国皇位を退位。
3.マジャル王国の自治を認めること。
4.多額の賠償金と今後の戦争における派兵。
5.アルビオンとの貿易を禁止。
「以上だ」
「成程、果てしないな。だからルーシーを友好の国とすることでオルストリカの一縷の希望をももぎ取ろという訳か」
「その認識で間違いない」
「で、私がそれを快く承ったとして、どこまで慈悲をかけてくれる?どのような条件で講和してくれるのだ?」
「ルーシーに対する講和の条件はこうだ」
1.対革命大同盟の離脱。
2.アルビオンとの貿易を禁止。
3.賠償金。
4.ラソレイユとルーシー間での不可侵協定。
「はっきり言う。なしだ。これでは慈悲になっていない」
「そうか。それが貴方の選択か。しかし、貴方は現実として見えていない。頼むよ、ラパイヨーネ」
彼は立ち上がり机に地図を広げた。それはルーシーのユーロ地域の地図である。
「はい、承りました。大統領閣下」
「皆様もご存知の通り、我がラソレイユ唯一教会共和国はあらゆる国家に対して戦争をする準備があります。その中には当然、貴国を対象としたものもあります。今からお話しさせていただくのはその一つです」
彼はルーシー攻勢計画という破滅的な戦争を語り始めた。そして彼が語った事により、この交渉が決裂すれば互いの国が破滅するのではないかという疑惑が確信に変わる。よって、ここにてこの交渉は度胸の勝負へと成り変わった。
「以上でございます」
「さぁ、皇帝もう一度話を戻そうか。先程の条件で講和、という訳にはいかないのか?どうしても」
皇帝たる青年の額が汗ばんだ。彼の足がわずかに揺れている。やはりだ。能力が劣化してるのならそれを他の何かで補えばいいだけの話。そしてその何かとは、この場においては度胸である。
「アルビオンとの商売を禁止されてしまえばルーシーは窒息する。ここを無くしてくれればその条件で講和してやろう」
「ダメだ。そこだけは譲れない」
「ならば戦争をするか?大統領よ」
「こちらとしてはそれでも構わない。確かに互いが破滅的な運命を辿り、得するのはアルビオンだけ。それは許せない。しかしだ、皇帝。互いに被る損害について圧倒的にそちらが損だ。それを自覚してのその発言であるのなら、私は貴方に対して…」
僕が言い切る前に、皇帝は机を叩いて立ち上がった。
「わかった!その条件は受け入れる。その代わり賠償金を半額にしろ、それで呑んでくれなければ戦争だ!」
狙い通りだ。
「いいだろう、その条件で本会議を進めようか」
立ち上がり皇帝と固く手を結んだ。
その後彼らは退室し、貴賓室には僕とラパイヨーネが残った。
「どうした、ラパイヨーネ。何か気になることでもあるのか?」
「いえ、あの時の貴方はもう居ないんだなと思いまして」
「何か気に入らなかったか?」
ラパイヨーネはため息を付き、わかりやすく失望を露わにした。
「あの時の貴方ならもっと踏み込めていた。今の貴方は保身に走り過ぎる、その上で厄介事を増やすのだから、ギロチンにかけられても文句は言えませんよ」
「なら君が私をその場に送るといい」
僕は普通になってしまったのかも知れない。普通の、人間に。
この数週間後、ウィンネスで会議が開かれた。ここで結ばれた条約により、神聖帝国は事実上解体され、オルストリカは国号をマジャル=オルストリカ二重帝国と改めることとなった。
この条約について、後世ではこう渾名されている。
両帝国の死亡診断書。
大戦争編はこれで終わりです。次回最終章だと思います。




