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プレリュードもそろそろ終わり


 7月20日、今日は処刑助役ヴァレー・ド・ブローとして18日目である。では僕の仕事がどのようなものなのか、それを記そう。


 まず最初に処刑と言うのは国家による見せしめ行為であり、ある種犯罪の予防行為である。

 故に金がかかるのだ。


 具体的に言おう。まず処刑の為に土地を一時的に借りなくてはならない。これはその土地を治める貴族に正式な手続きを行い料金を納める必要がある。


 次に処刑道具の購入及び手配。

 まず見物人との境になる柵や処刑台用の木材を木工屋から購入

 次に木材搬入用と囚人移送用と人員輸送用の馬車を計4台を馬車屋に手配。


 そして次に諸費用の計算。

 処刑会場準備費。

 処刑会場の準備員の為の人件費及び昼食用の食費。

 処刑補佐の人件費。

 

 最後に各関係者への感謝状と法務省宛の経費請求書を作成。


 一般的な算術能力と処刑に関する法の知識があれば誰でもできるとはいえ、実際やってみると中々に大変だ。それに人の死に関わってしまっているという責任感もある。

 例えどんな他人であっても、人の死というのは事実のままであり、それを数字や記号に置き換えて無感情になるってのは絶対にできやしない。


 しかしまぁ、よく親のことを一旦置いといてと仕事できたものだ。

 薄情なことだよ、僕の中で両親に関する決心はついてしまったのだ。あの時、寝る前のシャルロとの会話で。


 まったく、陳腐な結論だ。どうにもならない事を悔やんでも仕方がない、ただ受け止めて努力するしかない。なんの意味もない、道徳の教科書のような結論だ。


 「疲れたな…」


 少し外の空気を吸おうと思って、屋敷の外に出る。

 ラソレイユという国のパリス郊外、アンス=イブリア。

 僕が産まれて、そしてずっと住んでいる場所。夏だと言うのに涼しくて、イブリア伯のご厚意で労役コルヴェも無い。

 本当に長閑で住み良い場所だ。


 しかし、庭の散策はやはり取り止めにしようか。

 仕事か本でも読んでいないと親のことを思い出す。

 くそう、僕にできることなんて何もないぞ。やれることはやったんだ。僕を否定するのを辞めるんだ、僕。


 「あ、テルール。休憩?」


 シャルロは背中に切っ先の丸まったロングソードを背負っていた。エペ・デュ・ブロー(処刑人の剣)もしくはエペ・デュ・エグゼキュトゥル・ド・ジュジュマン・クリミネル(有罪判決執行者の剣)である。


 「いや、今終わったとこだ。」


 「んじゃ剣の練習みててよ。」


  僕はそれに承諾し、共に庭の離れの丘に向かった。

 ムラオカとほぼ同じような景色。違いがあるとすれば切断面が45度の切り株がいくつかと、樫の木が数本生えているくらいである。

 彼女は樫の木の前に立ち背中の剣を抜く。

 深く息を吸って、その剣を振った。

 細い剣身と切っ先に集中した重心。それは"太く硬い物"を斬り落とすことに適している。

 彼女は何度も何度も剣を振るった。幾度もの斬撃は全て同じ箇所に当たる。

 だがこの神業も処刑人であれば当然の技だ。なぜなら一撃のうちに首を切断できなければ誉れはなくなり、ただの惨殺となる。


 「僕にできる気はしないな。」


 「それお父様の前で言ったら怒られるよ。」


 「処刑人の特権、だからね。」


 処刑人の剣(権利)は国王陛下より賜った名誉ある剣、統制された暴力である。故に資格の無き者には持てないのだ。


 「軽率だったか。」


 「いや、全国160の処刑人は全員処刑助役ヴァレー・ド・ブローから処刑人になった。だから貴方がやがて剣を持つって考えも自然だよ。」


 「処刑人か、僕が。」


 「次のムッシュ・ド・ソレイユもテルル・ド・ヴァルサイエーズも私だよ。」


 「貴方は私の書類仕事とお医者さんか魔法法の弁護士にでもなったらいい。」


 なんだろうか、最近自分の背丈が小さく感じる。物理的には伸びているはずなんだ。髭だって生えてきたし声だって低くなってきた。身体だって前よりもガッチリしてきた。


 僕は背伸びをし過ぎたのかもしれない。


 あの捻くれ親父の顔をきちんと見たかったのか、それとも1歳年上のシャルロに並ぼうとしたのかはわからない。でも少なくとも等身大では生きていなかったんだろう。

 そういう意味では天上に触れようとした父さんと母さんと似ているんだろうな、僕。

 

 やはり論理的に両親について何故だと思っていても、林檎は遠くの木からは落ちないのである。


 「テルール?どうしたの考え込んで。」


 「血は争えないってことだ。」


 機械のように正確に振られていた剣がこの一度だけ逸れた。


 「私にかっこつけてももう無駄だからね。」


 その後彼女は一心不乱に剣を振り続けた。

 日が沈むまで振り続けて、やっと木の半分まで切り込みが入った。


 屋敷に戻ると既に晩飯が用意されていた。

 そして今宵の晩飯は驚くべきことに粗雑な煮込み肉だった。

 不満はない。だって僕はこれがが一番好きだから。

 なによりアンサングは貴族の家、買おうと思えばわざわざ高級牛肉だって買えたのに、こんな安い質の悪くて薄い肉にしてくれた。多分、僕の為に。

 バチスト、わかってるよ。そういうことなんだろう。

 

 「冗談とかじゃなく本気でこれ好きなんだね、テルール。」


 曲がりなりにも貴族であるアンサングのお嬢様の舌には合わなかったようだ。


 「好きだよ。柔らかくて食べやすいからね。」


 むしろ僕は普通の肉が嫌いだ。特にステーキ。硬すぎて食えたもんじゃない。

 その点、これは楽だ。柔らかい上に薄くて食べやすい。味もうまいしタレが良く染み込んでいる。


 「んーなんか肉食べてるってよりタレを食べてるって感じする。なんか噛み応えがないね。


 それでいいんだ、それで。


 「テルール君、このあと書斎まで来てくれて。重大な話がある。」


 わかっていたさ、バチスト。


 晩飯を食べ終え、書斎に向かう。もう何も感じることはなかったので、その扉は軽かった。


 「バチスト様、覚悟はしております。」


 彼はいつものように樫の椅子に座り、鋭い目をしていた。


 「そうか、なら結論から話そう。」


 「まずオーレン公と高等法院の御慈悲によって減刑願いが通り、車裂きから斬首刑に変更された。」


 「刑は7月28日に執行される。だから明日からの処刑助役ヴァレー・ド・ブローの職務は休職してくれて構わない。」


 7月28日、か。皮肉にもその日は僕の誕生日。11歳の誕生日だ。つまり誕生日プレゼントは減刑ということか。

 まぁ、いいものを貰えたな。せめてもの親孝行にはなったんだろうか。


 「バチスト様、休職は致しません。僕は職務を全うします。」


 「そ、そうか。そういうとは思っていたが、本当に言うとはな。」


 「君は強いな。どうしてそこまで…」


 どうして、か。それはもう自分でも分からないな。父さんや母さんが死ぬ、再びそれを自覚させられて混乱しているのもあるだろう。

 だが僕がどんなに混乱してもその死を覆すことはできないじゃないか。

 ならせめて、最期に顔くらい見せてやりたいな。


 「父さんと母さんにはせめて自分の息子が食いっぱぐれることがない事を教えてあげたいので。」


 頑張れ、テルール。最期の親孝行をやるんだ。



 


 


 

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