アルペン越え
サン=ベルナール・ロベスピエール視点
標高3000mから4500m超えの山々が連なるアルペン山脈。険しいこの場所は軍が通れるような場所じゃない。でもラパイヨーネは通れると言った。あいつは不可能に近いとなればはやるが、不可能となれば絶対にしない。だからアルペンは通れる。
でもそれはそれとして、僕が予想していたルートとはだいぶ違う。簡潔に言うとなだらかすぎる。アルペンのアルペンたる部分を一切通っていない。遅れて後ろを取る、そのためとはいえこれでは時間が掛かり過ぎるだろう。だから何か、ラパイヨーネには思惑があるように思えてしまう。例えばそうだな、僕が軍に影響を持ち始める前にB号を完遂して軍内での影響力を確固たる物とする、とか。正直こうなったら詰みだ、完全に。
だからこのアルペン越えによってラパイヨーネのアルペン越えにかかる日数を予想しなければならない訳だが、僕には軍事の知識がないのでこれを予想するのは難しい。だがこれについて予想できなければ僕は詰む。だからアルペン越えの前例から考察しなければならない。しかしこの前例がたった二つしかない上に最新の記録がシャルルマーニュ大皇帝のアルペン越えと1000年前だ。こんなの参考になる訳がないので、つまりこれに関してはお手上げという訳だ。
だからこの戦い、引き分けかつ結構な代償を支払う必要があるというのが落とし所になるだろう。
「そろそろライヒツィヒでの戦いが始まる頃か」
この度の作戦はこうだ。
まず軍をA軍B軍C軍に分ける。ここで主要なのはA軍とB軍である。
A軍、ラパイヨーネの軍はライヒツィヒ、プラーグ、アウステルリッツと進む手筈となっているが、普通の方法では足が足りず攻勢限界となってしまう。そこで補給の殆どを現地調達、つまり略奪で賄うとしたのだが、それでも敵が厚くなり足が足りなくなる。そこでB軍がアルペン越えという敵の意表を突く奇想天外の策を実行し、敵国の兵力を分散させてA軍の全面を薄くする。
単純明快な作戦。だからオーレン公や一部の人間は気付いてしまうかもしれない。しかしそれでもこの作戦は必ず成功する。何故ならアルペンを越えた先はミュンヒン、そして帝都ウィンネスであり、万が一ウィンネスが焼かれたとなればそれはオルストリカの分裂を意味するからだ。
「えぇ、その手筈のなっています。何か大きな遅延がない限りは」
馬に乗ったまま将軍と語らう。
「この状況そのものが大きな遅延となり得る、と私は考えている」
やはり軍事は苦手だ。知識がないから断定できない。断定できなければ威勢がない。威勢がなければ交渉もできない。だから僕はこの将軍に足元を見られる。
「ラパイヨーネ元帥は有能な男です。彼は間違えません」
彼は間違えない。かつて僕も同じ言葉をニコラに言ったことがあった。はっきりと言わせていただくが、この言葉は狡いのだ。何せこれを否定しなければ格下認定を喰らうし、逆に否定しようとすると知識の浅ましさを自覚させられる。
「それは結果が証明するだろうが、そうしてくれなければラソレイユは滅びる。だから今は謀略だとか今後を見据えるだとかよりも勝利の為に最善を尽くすべきだろう」
「大統領閣下、僭越ながらもう一度言わせていただきます。ラパイヨーネ元帥は間違えません」
「それは私が最も理解している。だからこそ貴官にははっきりと言わせていただく。奴は間違えないのではない、間違いを間違いとして認識していないのだ」
「申し訳ございません、大統領閣下。私めにはいまいちどういうことだか…」
わざとらしい。お前ら軍人こそ奴の性質を理解しているだろうに。
「奴の最も優れた点は現場処理能力だ。でもそれにかまけていたらそれでしか物事を解決できなくなる。私はそう言いたいんだ」
「それの何が問題で?」
「借金を返済する為に借金をしていることの危うさは誰でも理解できる筈だ」
「個人間の間ではそうでしょうが、それを国家規模にまで拡大させた場合その限りではないでしょう。それは政治家たる大統領閣下自身が自覚しておられる事でないのですか?」
「貴官はこの国がまともな国家だと思っているのか?」
現在のラソイユは一文無しの破産状態である。だからこの金準備を略奪する戦争をしている訳であり、とてもではないがこんな現状で近代国家を名乗れる訳がない。
「はい。私共に名誉と給与が振り込まれている内は」
強かな奴め。要は頭が自分たちに相応しくなければ容赦なく切り捨てるって脅してるんだ。こんなだから軍には利益調整で首輪を付けたかったんだが、ラパイヨーネが君たちを偉大なるコンスタンティナへ連れて行くやら太平洋へと進軍するだとか、英雄的な名誉を掲げたからそれができなくなっている。
「まったく、君たちには平和なインテリジェンスというものが…」
皮肉を返してやろうとしたその時、僕の醜さに呼応してある激震が肺に走った。突如背中から剣を突き刺されたように冷たくて痛い。喉の中が血で満たされ、溺死してしまいそうだ。堪えることはできない、今すぐ吐き出さなくては…
「ゲホッ…すまない、すまない」
喉から流れた川は口で堰き止めようともその水量によって吹き出し、馬の立髪を鮮やかな赤色に染める。鉄のような臭いと手に広がる仄かな生温かさを感じつつ、貧血で意識が朦朧とする。
「大統領閣下!あぁくそ!行軍止め!小休止!」
辞めろ、計算が狂う。そのまま進んでくれ!
「いや、進め…頼む」
掠れた声は誰にも届かない。左の力が抜けて、頭に鈍い痛みが響く。岩肌は陽に照らされて妙に暖かかった。
大戦争編、ここさえ終わればあとはエンディング描くだけで楽なんですけどいかんせん考えることが多くて長くなるかもしれません。でもこの次はアウステルリッツなので予定通りになるかも?元々大戦争丸々で25000~30000文字想定だったんすけどね。もしかしたら35000いくかもしれない




