アデュー
1788年、7月4日
神様の機嫌は悪いらしく、天気は一面曇天だ。
「付き添いは君か、てっきりロベスピエールかと思っていたが」
処刑場たるコンコード広場まで馬車は走る。御者であるシャルロ・アンリ・アンサングと罪人である私、そして付き添いのラパイヨーネ・ブオナパルテを乗せて。
「彼は貴方が大嫌いとのことですので」
「そうか、奴らしいな」
「ラパイヨーネ、貴公は確かコルテ島出身の砲兵隊長であったよな。そんな貴公に一つ問いたいことがある。何故貴公はロベスピエールの下に着いた?」
革命初期におけるラ・ファルトレス要塞襲撃と連続的な兵舎の襲撃、そして国民衛兵の設立、これらは全てこの男の手腕によって行われた。そんな有能な男があの男の下にタダで着いたとは思えない。
「彼は己の死後、私に国をやるとおっしゃったので」
「死後だと?奴はクーデターをも計算しているのか?」
「さぁ、わかりません。でもロベスピエールの命は短いので」
「短い?何故だ?」
「まさかご存知でないんです?彼が肺結核を患っていることを」
「肺結核だと?そうか、それでか…」
私がそれをもっと早く知っていれば、奴が肺結核であることをバラして奴に協力するものに長期的な利益は期待できないぞと揺さぶりをかけることができた。そうすれば三部会を開かずともなんとかなっていたかもしれない。
「貴様かそれか誰かが私に彼の病を教えてくれれば互いにとって最善の結果になっていただろう。革命も起きずに」
奴とて詰んだら詰んだで失意のうちに全てを諦めるだろう。そしたら愛する人と慎ましく暮らす選択をしていた。彼には悪いが、彼の心にとって最善の道はこっちだったようだ。
「革命も起きず?冗談ではない。この革命は最高ですよ」
彼は興奮して語り始めた。
「貴族だとか出身だとかに縛られず、成り上がりたい奴は成り上がれる。試したいことも試せるのです。つまり革命はこの閉塞したラソレイユの可能性を解き放ったのです。新時代が音を立ててやってきたのです。心躍らずして見ていられませんよ」
「私はむしろその新時代というのが恐ろしくてたまらないがな」
「私が、王が死に、神でなく人の時代となる。神の戦争の尖兵であった時代から、人間同士の戦いの時代になる。人の名の下に数百万の人が死ぬ時代だ。私はそれが恐ろしくてならない」
「だからこそです。人の名の下の所業は神の責にはなりません。故に人は己の血塗られた手を認識できる。自らの行いを省みることができる」
「それに何の意味がある。責任を引き受けて反省したとしても、それは失われた命に対して何の慰めにもならない。何より、何よりだ。君は軍人だろう。人の名の下に無駄死にした兵士のご遺族にどの面下げて謝罪する気だ」
「国の為に英雄となりて死んだ。そう言って勲章と階級でも渡せば、納得はせずとも引き下がりはしましょう」
その冷たい答えに私は納得できなかった。だってシャルルが死んだ時、そのように言われても私は引き下がれないだろうから。
「無意味だ、そんな物、そんな物を渡して母親を黙殺しようとするのは卑怯だ」
「卑怯?その卑怯さに、何も意味のない権威という壁に、根拠のない王権神授に守られてきたのは貴方だ。だから貴方が卑怯という言葉を使うことは矛盾しています」
「たとえ私が矛盾していてもその問題の所存が何ら解決していないことは明らかだろうが」
「だからこそです。己を省みることもなく、責任を果たす事ない。そんな人間の言葉など、聞いているだけ無駄で何の価値もない」
やがて馬車はコンコード広場に辿り着く。民衆の怨嗟の声が私を出迎えた。
「裏切り者!」
「臆病者!」
無理もない。一国の王が尻尾巻いて逃げたのだから、民が失望を顕にして憤怒するも仕方ないんだ。
「これが貴方の結末だ、オーギュスト・カペー。世界は弱さを許さない。だが貴方はあろうことか己の弱さを何度も見せてしまった。だからこうなった」
「そうだったらどれほど良かっただろうか」
この混沌は私のせいではあるが、完全には私のせいではない。オーレン公の企みもロベスピエールの心境も、その全てを知って思うが、この革命はなるべくして起こった偶然の積み重ね、悪いすれ違い集積によるものだと思う。つまり、運がなかったんだ。このラソレイユ自体に。
「オーギュスト・カペー氏、お手を縛らせていただきます」
「シャルロ、痛いのは嫌だから緩く縛ってくれ。大丈夫、王様らしくきちんと刑は受けるよ」
彼女は私の後ろに立ち、喚く衆目の前で私の手を軽く縛った。
近衛が見守る中、私は私を終わらせる機械を見上げる。十三段の階段の上に聳え立つ世紀の柱。その中央には幾人をも葬った、そして私が考案した斜め刃があった。
「主よ、偉大なる星の名の下に、我に勇気を与えたまえ」
曇り空の雲の間から差した光は正義の柱を照らしている。
重い足を無理やり動かす。滲む汗を隠して一歩ずつ進む。ふと、思い出すのは戴冠式のあの日。なら、告解の言葉決まっている。
「死ね!豚野郎!」
「くたばれクソ野郎!」
「共和国万歳!!」
行かれる人々の顔が見える。私が見ようとして、最後まで見れなかった人々の顔だ。結局、ヴァルサイエーズから見下ろす事しかできなかったのである。
「オーギュスト・カペー、告解を」
演説の時のように、肺に空気を入れて力一杯に叫ぶ。
「弱さが罪でない限り、余は無実である!しかし、余は敵を許そう!」
何が許そうだ、俺たちから散々奪ってきたくせに。そんな抗議の声も、もう関係ない。ただ、私は王として、最期の務めを果たすだけだ。
「余は最期に諸君らの偉大なるラソレイユの為に、天上におられる主から授けられた王の権利を行使しよう!」
天を見上げ、そして祈った。
「あぁ主よ!余の地に落ちる所祝福を授けたまえ、願わくば、この身体から出る血がこの地における最後の血となり、そして偉大なるラソレイユ共和国の礎となるように、アーメン」
もう誰も叫ばなかった。
「では、オーギュスト・カペー氏…」
「わかっているよ」
この肉体を板に乗せる。力を抜き、最期の時を待った。
「オーギュスト国王陛下、貴方は立派な国王で御座います。どうか、ラソレイユを天井から見守りください」
処刑人とは思えない優しく慈愛に満ちた声だ。でも、それでも私はマリアの声の方が好きかな。
「アデュー、ラソレイユ。愛する私の国よ、愛する国民よ、愛する家族よ」
誰にも聞こえない呟き、誰もが固唾を呑んで私の死を見守っている。
「マリア、シャルル、こんな父で申し訳なかった。でも、愛しているからね」
冷たい感触が首にあった。分かち難きを分かち、私は藁の箱に落ちた。
冷たい手が私の両頬を支えている。
私が持ち上げられるのがわかる、それも、意図も容易く。
民衆が見える、この国が見える。段々と冷たくなっていくのがわかった。
「シャルロ・アンリ・アンサングの名において、オーギュスト・カペーの処刑の完遂を宣言する!!」
誰も何も言わない。そして数秒の沈黙の後、三列目にいたなも知らぬ御夫人が高らかにこう言った。
「きょ、共和国万歳!!ラソレイユ共和国万歳!!」
その声に呼応して、民衆は叫ぶ。私の目にはもう何も映らない。声だけが、聞こえている。
「共和国万歳!!ラソレイユ万歳!!」
「共和国万歳!!ラソレイユ万歳!!」
アデュー、メルシー… 私が砕けて溶けゆく。ただ、冷たい水の中に、沈んで、全てを川の底で、忘れてゆく。
わたしはねむる、わたしはすべてをわすれてゆく…
こう言う言い合いではテルール以外引き分けになるように意識して描いてるんですけどどうですかね
追記元々1月26日までに全編描き終わる予定だったんですけど色々予定入りすぎて最終回が2月入ってからになるかもしれません。
一応、最終回から逆算して物語を作る感じでやってるので、最終回はほぼ完璧です。てかむしろ最終回がビターで静かなエンドなんだからそこまでに何やってもいいでしょって気分で作ってるので、最終回一歩手前のこれからは今ままでとは違って派手に行く予定です。




