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オーギュスト・カペー

 オーギュスト・カペー視点


 昔から私はとあることが得意だった。それは事象の解体と細分化である。難しく言ってみたが、簡単なことだ。というか、無意識的にほとんどの人はそれをやっている。例えば私が国王への財政報告書をいつ民衆に公開するのか考察した時だってそうだ。これにはこの効果がある、この効果にはこういう意味がある、この意味にはこれが必要、こんな感じで少しずつ小さくしていく。だから私には父や祖父のように地球儀を使って戦争をするなんてことはできなかった。

 それで、結局何が言いたいのか。私はある日、思ったんだ。何故民衆のことを民草と呼ぶのか。結論から言うと、民草というのは民=草だから民草と呼ぶのだ。

 では何故民=草なのか。まず、この前提を認識して欲しい。


 "貴方に食を与える人は貴方を支配する人だ"


 これを元とすると、人々に食を与えるのは企業だ。次に企業に食を与えるのは、これが難しい。企業にとっての食は売り上げだが、それだけじゃ企業は企業として成り立たない。だからここで土地とか企業の企業として成立させている法律とかが絡んでくる。そしてそれらを加味した時、企業に食を与えているのは消費者と政府になる。では政府を成立させているのは誰か、これは私だ。ラソイユの政府は王の名の下にあるのだから。つまり私はこの階級において一番上にある。だがそれと同時に私は一番下でもある。何せ私を食わせているのは人々である。

 この話、似ていないだろうか。自然界に。

 大地を食うのは虫であり、虫を食うのはネズミであり、ネズミを食うのはワシだ。そしてワシは何に食われる?それは大地そのものだ。

 つまり、食うと食わせるが違うだけ構造という点においてはこの社会も自然界もそう変わらない。

 だから大地とは、草=民なのだ。故に私は死ぬことになったんだろう。草が変われば虫が死ぬように、虫が死ねばネズミが死ぬよりうに、ネズミが死ねばワシが死ぬように。


 「お待たせいたしました」


 「シャルロ・アンリ・アンサング、君が私の死神か」


 私も落魄れたものだ。ヴァルサイエーズの華やかさとは縁遠い、硬い石と湿った藁のベッド。私の閉じ込められてる部屋はそんな所だ。


 「さぁ、髪を切ってくれ。君の仕事をやりたまえ」


 斬首形を行う場合、刃が滑らないように髪を切らなくてはならない。


 「失礼致します、陛下」


 王の肉体は神聖であり、その髪の毛一本であっても不可侵な物である。星オーギュスト9世の頃より続く言説はもはや意味をなさない。


 「未だに陛下と呼んでくれるか」


 「貴方は多分、何十年後かに私の役目を終わらせてくれる人です。ですから、私個人としてはこの革命を認めたくないのですよ」


 何十年後か。私はこのラソレイユから処刑を無くす事も考えていた。段階的に考えて、30年後くらいに。だがその時の彼女の歳は50いくつだ。その歳になって幼き頃の夢が叶ったとて、何を今更と思うだろう。だから、彼女がこの革命を認めたくないとしているのは、別のところにある。


 「ロベスピエール、いやテルールが原因か」


 ハサミが止まり、ただ呼吸音だけがこの部屋に響く。


 「処刑人だからわかるのです、貴方のような人をギロチンに食わせていたら、最後はテルール自身がギロチンに食われるって」


 「君はテルールが死ぬのは嫌か?」


 後ろで小さく、はいと呟く声が聞こえた。その後しばらくして、ハサミの音がまた復活する。


 「愛しているのだな、素晴らしいことだ」


 「だが私はあの男について、寧ろ死ぬべきであると思っている」


 「…陛下からしてみれば当然、そうですよね」


 「奴は私を殺して、その後マリアを殺すだろうからな、これは決して許せない」


 「しかし、それを抜きとしても奴は死ぬべきだ。奴には自分を冷えた目線で観察する自分というものが存在しない。だから過激なこともやるし、自身の精神の限界も分からない。いずれ己の精神の破滅にラソイユを巻き添えにする事になってしまう」


 「テルールは、そういう人です」


 「昔からあのような男だったのか?」


 「昔から妙に大人びた人でしたから、人一番背負う癖がありました」


 なるほど、だからあの日奴はあんなにも苛立っていたのか。全てを背負うべき立場にある私が全てを投げ捨て逃げたから。


 「奴は私が羨ましかったのかもな。本心では奴自身とて逃げ出したいんだろう。君のような素敵な女性に愛されたならば尚更」


 しばらくして私の襟足が剃り終わる。


 「陛下…」


 「わかっている。それと陛下と呼ぶのはやめろ。皆と同じく、オーギュスト・カペーと呼ぶといい」


 彼女に連れられ牢を出る。外には二台の馬車があった。


 「荷馬車ではなく屋根付きか、今更特別扱いしてくるのは意地悪い」


 軽口を放った時、片方の馬車から見知った人が出てくる。私の妻、マリア・アントワールと我が娘シャルルだ。


 「マリア、シャルル」


 バレンラで捕まったきり、一度も会えなかった家族との再会。流石の私も感極まり、身体が勝手に動き出した。


 「殿下、あぁ、殿下!」


 苦しいほどに硬く抱き合った。2度と離れたくはないが、周りの視線を見るにもうさようなららしい。


 「マリア、今から言うことをよく聞いてくれ、そしてシャルルに伝えてくれ」


 「私は務めを果たしてくる、こうなってしまった以上、この命はより良く使わなくてはならない」


 「どうして貴方がそこまで…」


 その先を言おうとした彼女に口付けをしてその口を塞いだ。


 「言わないでくれ。三日三晩考えた最善の道なんだ」


 彼女は何も言わず、ただ泣いている。


 「シャルル、約束してくれ。決して民に復讐をしてはならない。割に合わないからね。それと君はその名の通り自由に生きて欲しい。国とか血に縛られることはなく」


 赤子は何も理解してない。でもこれは祈りとしてきっと神が届けてくださる


 「すまないマリア、最後に一つ。オーギュストならばできると言ってくれないか?」


 彼女は私に口付けし、その大きな瞳で私を見つめた。


 「オーギュスト、貴方ならできるわ」


 しばらく沈黙が続き、私は抱擁を解いた。


 「ありがとう、マリア。やるべきことを、やってくるよ」


 成すべきことを成すために。せめて、自分の命が無碍に終わることのないように。ささやかな願いと失意を胸に、私を終わらせる場所への渡しの馬車に乗った。

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