就職
ヤブノウサギはあまり美味しくなかった。
ただ、淡白だった。
食後、僕はバチストの書斎にて彼と僕の両親のことを話し合う。
「説明してくれ。バチストさん。」
馬鹿で間抜けでうつけ者。バチストに聞かなくたって自分の両親が捕まる理由なんてわかりきってるだろ。
「君のご両親は危険思想に手を出していた。」
「それだけならまだしもオーレン公に対して非ぬ疑惑を法廷で掛けたせいで法廷侮辱罪も…」
結局蜥蜴の尻尾切りにされてるだけじゃないか。どうして身の丈で生きてくれなかったんだ。
「最悪車裂きになるかもしれん。」
「勿論、なんとか斬首刑になるように嘆願書を提出する。」
彼は額の脂汗をハンカチで拭く。
「次に君のことだ。君は私が責任持って保護しよう。」
「君の父と私は古くからの友人でね。それになりより君は娘の親友だ。」
なんて言葉を吐けばいいのかわからない。
今はただバチストにメルシーと述べたい。
「バチストさん、本当にありがとう御座います。」
人の頭は案外軽いもので、死が目の前にあるとき、あるいはその死を取り除いてくれた人には簡単に頭を下げれる。
「いいんだ。むしろ私は君が心配なんだよ、こんなことが起きてしまって。」
「こうなることはわかっていたんです、薄々。ですから少し、考える時間をください。」
「そうか。三階の突き当たりの部屋、この前腰をやって引退したやつが住んでたんだ。その部屋を使うといい。」
彼には本当に頭が上がらない。
だが僕はありがとう御座います以外の言葉を言える気分ではなかったので、逃げるように書斎を出た。
廊下を速歩きして辿り着いたのは先程指定された部屋。
豪華絢爛でもないただの部屋。質素で、僕の家みたいな部屋。でも埃も蜘蛛の巣もない、よく手入れされた部屋。
シーツを整えようとした時、化粧台の鏡が目に映った。
なんて仏頂面だ。僕はその面を殴った。鼻血を親指で拭くとく、僕は始めて薄い口髭が生えていることに気づいたんだ。
「笑わせるぜ、両親が死ぬって時に、薄情だな。」
両親が死ぬのは悲しい。だが僕はそれについて半ば因果応報に感じていたし、両親の死より、両親が死ぬことで僕の近況や未来がどう変わってしまうのか、そっちが怖かった。
僕は、これからどうしたらいいんだ。しばらくはバチストさんが面倒見てくれるだろうが、それでそのままじゃ前世の大嫌いなアイツと何も変わらない。
あいつは死んだんだ。僕の中に入ってそして死んだんだ。記憶だけを残して消えていった。
だから自分の両親に対して因果応報とか思うな、これからどうなるんだろうなんて考えるな。
「算術はできる、魔法もできる、法の勉強もちょっとした。」
できる事を数えるな。両親のことだけを考えろ。
かつてお前に優しくしてくれた人が死ぬんだぞ。
「嘆願書、書くか。」
自己否定以外にすることがないので、とりあえず嘆願書を書こう。あのオーレン公も切った尻尾に対して慈悲くらいはかけるだろう。
「俺は最悪だな。」
嘆願書
オーレン公
ロイス=フィリップ・ヴァロワ・オルレアン様
誉れ高きオーレン・エガリテの名において以下の2名の減刑を求めます。
記
1.ロベス=テルミドール・マクシミリアム
2.マリア・マリー・マクシミリアム
以上
1779年 7月3日
テルール=テルミドール・マクシミリアム
こんなものだろうか。あとは国王陛下とサロンにいた貴族と僧侶、高等法院に宛てて書けば十分だろう。
これで少なくとも斬首刑にはできる。極刑は避けられないだろうが。
「テルール、入ってもいい?」
「あぁ、入るといい。」
ネグリジェにジャケットを羽織った彼女は酷く艶美であった。
正直、それをみて僕も思う所があった。でもそれを感じたとて、今は両親が死ぬかもしれないのに情欲を沸かしているなんて最低だという気分のほうが上回っている。
「…今日はもう寝なよ。嘆願書ならお父様も書いてくれてるし。」
「そんなつまらない事言う為にわざわざ来たのか?」
「はぁ!?」
彼女は僕の後ろに回って襟を掴み、椅子からこの重い腰を引き剥がす。
「シャルロ!」
そのまま襟が千切れんかと思うほどの力でベッドに投げ捨てられた。
「寝て。」
まだ嘆願書を書き終えてないのに…起きれないな。
酷く身体と瞼が重い。
「寝かしつけは必要?」
「頼めるのなら。」
「かっこ悪い。あと3週間とちょっとで11歳でしょ。」
「かっこ悪い、か。そうだよ俺はかっこ悪いんだ。」
僕はそれをひた隠しにして、破綻したのか。そうか、前世の記憶からもそうだ。
僕はずっとそうだ!他人に期待させることだけは上手くて、それで失望させてさ。
だから今度は上手くやろうとして失望されないように頑張った。
その結果がこれだ。最初から間違ってたんだ。僕には頑張ったって最初に与えた期待を超えることはできないし満たすこともできない。
「そうだよ。貴方はかっこ悪いし、私は一度たりとも貴方のことかっこいいと思ったことはないよ。」
「でもいつものテルールより今の貴方のほうが私は好きかな。」
「メルシー、シャルロ。」
陽射しが僕を起こすまで僕は起きなかった。
その日の夢は憶えていないが、1つだけ憶えている事がある。
また人を期待させて失望されるくらいなら、最初から身の丈で生きよう。
それができないのなら、期待にそぐえるまで命を賭して頑張るんだ。
翌日、僕は日が昇ると同時に起きた。朝食をすぐに食べ終え、自室に戻り髪を整え生え始めた髭を剃った。
そしてバチストの書斎に向かう。
「バチスト様、折行ってのお話があります。宜しいでしょうか。」
「どうしたんだ改まって。入りなさい。」
書斎に入る。昨日はあまりの混乱で気付かなかったが、彼の部屋は僕が貸してもらった部屋よりも質素だった。
樫の机に樫の椅子。後ろには石造りの十字架。
「バチスト様、僕をこの屋敷でお雇い下さい。」
「落ち着いてくれ、君を追い出したりはしないよ。」
「違うのですバチスト様。僕がそうしたいのです。なにより養われているばかりでは示しがつきません。」
頭を床に擦り付けて懇願した。
「わ、わかったから頭を上げてくれ。」
「なかなかに辛いんだぞ、君みたいな子供に頭を下げられるのは。」
彼は机に置かれた書類を整理しながら溜め息を吐いた。
「確か算術と法学できたよな。なら処刑助役を頼みたいんだ。」
「勿論処刑の仕事はさせない。ただ処刑の為の物品とか足の手配、法務省に請求する請求書とかの書類仕事だ。」
「年900ソレイユで雇おう。受け取れないとは言わせないぞ。」
年900ソレイユ3食宿付き、農夫の年収が550ソレイユ程度しかないのを鑑みるとあまりに破格だった。
「あ、ありがとう御座います。バチスト様。」
「いいんだ。むしろ私も困っていたんだ、シャルロは算術が苦手だからな。」
「さ、手順を教えよう。君の初仕事だ。」
僕は書類を自室に持ち帰り、彼から教わった手順を整理する。
10歳、僕は就職をした。
生きるために、死を生業とする屋敷に忠誠を誓ったのだ。




