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王様失格


 「第三身分の彼らは帰ってくれるだろう。今のうちに馬車の用意を」


 家族で逃げちゃおうか、なんてセンチに考えているわけだが、実は普通にそういう計画自体はもう用意してある。


 「出発は23時でよろしいですね?」


 「あぁ、そうしてくれ」


 オルストリカへの逃亡計画。あらゆる事態に想定して用意周到であるべし、これはロベスピエールから学んだことだ。


 その日の月はよく朧を纏っていて、夜逃げには絶好の雰囲気だった。


 「マリア、シャルル、君たちは先に馬車へ向かいなさい。私も15分後に行くから」


 庭に出て、ヴァルサイエーズの崩れた壁を眺める。

 もし、だ。私があのような大恥辱を行わなかったら、ヴァルサイエーズはどうなっていたんだろうか。民衆が殺到して虐殺に発展していたのだろうか。そしたらそしたらで、私や貴族の命を代償として革命が収まっていたのではないか?

 ならばむしろ、"ラソレイユにとっては"民衆の怒りを無理やり鎮めさせたのは悪手だったんじゃないか?返って革命が長期化してしまうから。

 ならば、私は今すぐ死にに行った方が正しいのかもしれない。その方が犠牲者は少なくなるだろうし。

 そうだな、"ラソレイユにとっては"正しいな。

 だが私の家族にとっては?私が死なばシャルルやマリアは泣いてしまうし、シャルルが死なばマリアや私は生きて行けない。

 なら、この選択は"私達家族にとっては"正しくない。

 "ラソレイユにとって"の正しさ、"私達家族にとって"の正しさ。王ならば前者を優先するべきだが、父ならば後者を優先するべきだ。

 問題は私が王なのか、それとも父なのか。

 自明の理だ。私は父だ。正確に言うのなら、父であるためなら王なんてもうどうでもいい。だって私にとって王と言うのは、マリアとシャルルを守る為の装置にすぎない。その装置がマリアとシャルルを損なうと言うのなら、私は容赦なくその装置を投げ捨てるし、その行動によって何百、何千何万と死のうが、マリアととシャルルが無事ならばどうでもいい。

 そう、どうでもいいんだ。だから、辞めてしまおう、正しいとか悪いだとか考えるのは。

 家族の為ならばその行為の是非に問わずどのような行為だってやる、それでいいじゃないか。


 「さらばだ(アデュー)、ラソレイユ」


 地上最も偉大なる祖国に別れを告げ、オルストリカ行きの片道馬車に乗り込んだ。


 「マリア、すまないな。君のご実家の力まで借りて。本当に不甲斐ない王だ」


 「そうですね、殿下は王様失格で御座います。後の世で無能と笑われるような、暗君で御座います」


 「手厳しいな、マリア」


 「でも、殿下は私達の命を第一としてくれました。国ではなく、私達を。ですから感謝しているのです」


 「そうか、これからはもう、高いドレスも美味い食事も食えないんだぞ」


 「殿下、正直におっしゃっても」


 「構わない」


 「ではシャルルの御耳をお塞ぎください」


 生後半年になる赤子の耳を優しく塞ぐ。そして彼女は語りだした。


 「正直、正直ですよ。私はどうでもいいんです、ドレスとか首飾りも、作法も教養も。最初からどうでもよかった。だから、だからたまに出る毒舌も散財癖も全部ストレスのせいなんですよ。本当は王妃なんかやりたくなかったし、オルストリカで静かに暮らしたかったんです。殿下だって覚えているでしょう、ヴァルサイエーズにきた当初の私がどれ程荒んでいたか。あのときは本当に酷かったと自分でも思います。他人の問題を指摘して、それで悦に浸って、その罪悪感から他人に服を買ってあげたりして、国庫の金で…

 だから今、私は幸せなんですよ。これからは王妃でいなくていいし、子供とずっと一緒に静かに暮らせる。私が最初に望んだことが、三人でできるのですから」


 結婚してそろそろ二年半になるか。一人の女性の本音を聞くために随分遠回りした気がする。


 「なら、そうだな。そうだよな、ならちょうどいいよな。明るくいこうか」


 「ですね、それにほら、こんな真夜中まで起きてる事久しぶりですもの」


 「私もさ。三部会以来だよ、こんな夜遅くまで起きてるのは」


 「ねぇ、殿下。今夜は本音で話しませんか?」


 「そうだな、なぁ、本当に関係ないんだがオーレン公って腰抜けじゃないか?」


 「聞いた噂だと要塞が陥落するよりもずっと前に逃げちゃったらしいですよ」


 「結局、奴も死ぬのが怖いか。ははっ」


 王は王である故に会話の一つ一つが力を持っている。要は誰かの悪口を言おうものなら翌日にはそいつの首が飛んでるなんてことがある訳だな。だから、悪口を言い合うなんて出来ない。でも今なら出来るんだな。だって私はもう王様失格だしね。


 「あの人って何したかったんでしょうね。第三身分に味方して、それでどうしたかったのか」


 「わからん。考えても意味がないしな。でも、考えるとすれば…」


 このままオーレン公がラソレイユから逃れたとしても何一つ出来ない。まぁラソレイユに留まっても何も出来ない訳だが、問題はこの馬鹿者が何をしたかったってとこだよな。

 考えられうるのは三つ。


 一つ、革命そのものが目的だった。


 二つ、私の知らぬ場で色々暗躍してたが悉く失敗した。


 三つ、狂言回して政治そのものを嘲り笑って抱腹絶倒したかった。


 一つ目はまぁあり得る。だがあるとしても何かの過程として求めていたという方が正しい。

 二つ目、これはない。だとしたらあんな余裕顔してたのが馬鹿みたいじゃないか。

 三つ、一番あり得る。


 「面白がってたんじゃないか?いや、まて」


 前提が間違ってないか?だって一つあるじゃないか、オーレン公の国外逃亡が意味を成す場合が。


 「おい!次は何処で泊まる予定だ!」


 恐るべき事実を悟り、御者を怒鳴った。


 「バレンラで御座います」


 「計画にはないぞ!誰の指示だ!!」


 「オーレン公閣下にございます」


 「そうか、オーレン公、貴様、貴様は!!」


 オーレン公の国外逃亡が意味を成す場合。それは王である私が逃亡に失敗し処刑された場合だ。そうすれば革命を恐れる列強各国はオーレン公を立てて革命政府を攻撃できるからな。そして革命政府が倒れたら晴れてオーレン公は王様だ。


 「人とモノと金が境なしに交流、そうか、そういうことか、オーレン公!」


 「お前は最初からこの構図を描く為に、他国をラソレイユに侵略させる為に、全てはその為か。その為の、三部会、その為のロベスピエールか」


 ここに至るまでの全て、全てが、最初からオーレン公の、奴の掌の上だったのだ。

 妻の不安の顔を横目に、泣き叫ぶ赤子を横目に私は叫んだ。


 「クソが!!」

オーレン公の真意に関しては次話でテルール君が千文字くらいかけて解説してくれます

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