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偉大なる恐怖の熱月


 1788年5月10日。三部会での国民公会宣言から5日後、早速事件は起きた。

 第二回三部会で議論される予定であった領民税の廃止と身分一律税の実施を求めて高等法院でデモ活動が行われ、近衛兵は武力を持ってして鎮圧を試みた。

 だが民衆はこれに対して反抗。屋根に登り近衛兵に瓦を投げ、近衛兵も民衆に対して発砲を行った。最終的に負傷者75名、死者34名に登る重大な事件に発展し、後に屋根瓦事件と呼ばれる事となる。

 さて、はっきり言ってやる。好都合だ。民衆の怒りをノーコストで明確に測ることができたのだからな。つまり、今後の進展とどうすればこの革命を迅速かつ最大利益を経て終えられるかが見えたのだ。

 前に話した、三つ目のプラン。あれの詳細について、語るときが来た。


 三つ目のプラン、全てを焼き尽くす革命ルート。まず軍事計画A号を実施し、ラパイヨーネ連隊と共にファルトレス要塞を襲撃、そこに蓄えられていた砲弾と武器を民衆に供与し、兵力を増強させながら各地の兵舎を襲撃しこれまた武器を強奪。最終的にヴァルサイエーズに襲撃をかけて貴族と国王を族滅する。

 これによって王党派ごと敵対派閥は壊滅に追い込まれ、僕は自由に僕の派閥を"整理"できる。

 そしたら軍事計画A号は終了、その後軍事計画B号で国内整理を行い、必要に応じて世界政策A〜C号を実施する。


 これがこのプランの全貌だ。一応軌道修正用に33個の指令とそれを迅速に実行できる命令系統も用意してある。要は既に用意周到って訳だ。

 だから偶然にも僅かな余暇が生まれた。たった1日だけの余暇だ。十中八九、人生最後の休みになる。この休みはシャルロに使うべきだ。


 「アンサングの家まで馬車を出してくれ。できるだけ急いで欲しい、駄賃は弾む」


 しばらく馬車に揺られ、アンサングの家にたどり着く。

 不気味な屋敷だまったく。庭は手入れされていないしペンキも剥がれてる。噴水も水の噴射口が壊れておかしな形になっている。結構前、僕が治したはずなんだがな。

 立て付けの悪い玄関扉を開け、かつての家に帰ってきた。


 「久しぶりだな、クロエだったか」


 「誰ですか?私は貴方のような朴念仁の人でなしの犯罪者は知りません」


 「手厳しいな、シャルロの毒舌が感染ったか?」


 「…テルール様、どうして今頃になって?貴方は私達、アンサングを捨てたではありませんか、革命に殉じる為にシャルロ様の愛も無碍にして、なのにどうして今更になって?」


 シャルロの愛を無碍にして、か。事実だが、それは一面的にしか捉えられていない。

 確かに僕はシャルロを愛しているし、それでいてシャルロが僕を愛している事も知っている。そしてその上彼女の愛を捨てて革命の道を選んだのも事実だ。

 だがそれはそれとして、彼女は僕を愛するべきではないんだ。現に彼女にとって僕は必要な存在ではないし、何よりこんな先の短い男を愛して未亡人になる必要なんて無いんだ。


 「テルール!?」


 忙しなさのせいで忘れていたが、それが僕の名前だった。


 「シャルロ」


 くそう、やっぱ可愛いな。自分から離れたのに、心の底から手放したくないと思ってしまう。


 「今日は君に話さなくてはならないことがあって…」


 僕が話し始めた時、視界は彼女の拳で覆われていた。

 デコの真ん中に鈍い痛みを覚え、腰を抜かしてその場に尻餅をつく。


 「まずはお帰り。それで、今さらズケズケと…で、話って何さ」


 「君に会えるのは最後になりそうだから、さようなら(アデュー)と言いに来た」


 「…そう、ね。ちょっと二人で話そうか」


 久しぶりのアンサングの家。シャンデリアの蝋燭も廊下の蝋燭も不揃いでそれでいて窓枠に埃が溜まっている。

 おそらく給与をしっかりと払えてないな。


 「蔵の宝物を叩き売りしたんだよね。でも結局足りなくてさ。貴方ならもっと値段交渉とかして上手くできたはずなんだけど」


 大方商人かなんかに売り付けたんだろうが、それでは駄目だ。奴らは商売の為の嗅覚を備えているから、簡単に足下を見られる。だから貴族と、特に第一身分の奴らと個人的な関係を築いてから売り付けるべきだったのだ。


 「そうかもしれない。でもずっと君の隣にいれるわけじゃないし」


 彼女の部屋に入り、ソファに座った。


 「ねぇ、どういうことなの?会えるのは最後になるってさ」


 「そのままの意味だ。僕は革命の主導者としてこの革命を成功させる。そして身分制度を解体するんだ。それには最短でも4年はかかるだろうから、僕の命をフルに使う事になる」


 「…そうなんだ。約束、守ってくれないんだね、結局」


 忘れもしない彼女の誕生日。全てが終わった後に結婚しようという約束。


 「ごめん、守れそうにない」


 「だから、その、こんな不甲斐ない男じゃなくてさ。もっと僕よりも丈夫で優しい男と結ばれて欲しいいんだ」


 死んでも言いたくなかったが、言わなければならない言葉。でもいざとなれば存外言えるものだ。あぁ、ちくしょうなんで泣いてやがる。


 「私、貴方じゃないと嫌だよ」


 「俺だって君じゃなきゃ嫌だ、でも仕方ないだろ」


 「じゃあさ」


 彼女は僕を押し倒す。


 「全部忘れて逃げちゃおうよ、アルビオンとかにさ」


 全部忘れて逃げる?革命も処刑も、互いの義務も全て投げ出してそれで駆け落ちする。

 案外ありかもしれない。少なくとも、3年前とかに言われてたらそうしてた。


 「無理だ。僕のせいでもう34人も死んだ。この先も何千、何万と死ぬ。男も女も、老人も子供も関係なく死ぬ。全て僕のせいで。だから、無理なんだ。責任から逃げることはできない、決して。

 言葉足らずで拙くて、申し訳ないけど、そういうことなんだ」


 「バカだなぁ、私も貴方も」


 こんな頼りない胸に顔を埋めてくれる彼女の事がどうしようもなく愛おしい。


 「眠っちまうか」


やっぱり、さっきの話に乗っときゃよかったかもしれない。この安らぎをずっと享受していたいんだ。この幸せの中で生きて、それで死にたい。

 どうしようもないな、本当に。僕が死んだその後も彼女の人生は続いて行くって言うのに。


 深い眠りから覚めた時、時刻はもう21時であり、明日のことも考えればもう帰らなくてはならない時間だった。


 「シャルロ、もう帰るよ」


 「そう、元気でね」


 「さようなら(アデュー)、シャルロ」


 「さようなら(サリュー)、テルール」


 彼女はアデューとは言わなかった。

屋根瓦の日ですね。

脳内プロットさんによるとあと八万五千文字くらいで終わる予定ですね。

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