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死神誑しも程々に


 10歳、僕は10歳になった。前世の感覚はもうほとんど忘れて、僕には前世があったな程度の感覚になっていた。

 長い夢なんだよ、全てが。


 まぁでも悪い気はしないよ。幼年期、前世の記憶のおかげで勉学に励めたしね。

 

 「明日行かないのか?せっかくオーレン公のサロンだというのに。」  


 危険思想は愚か、その関わりをも公然と家族の前でひけらかす父を僕は軽蔑する。


 「先立っての約束がありますので。」


 「オーレン公とロッカー大先生によろしくお願いします。」


 「まぁいいだろう。君がわがまま言うなんて珍しいしな。」


 「僕も10歳です、色恋に走りたくなることもありますよ。


 気取った台詞を言ってまた逃げた。

 ムラオカまでまた逃げたんだ。

 オーレン公なんて名前もロッカー大先生なんて名前も聞きたくない。そんな天上の人になってどうするんだよ。

 

 どうしてこの生活のままでいいって思えないんだ。


 「おはよ、テルール。」

 

 「約束の時間よりだいぶ早いな。」


 「貴方こそ。どうしてこんな早くに?」


 それはこっちの質問でもあるんだがな。


 「オーレン公やロッカー大先生に会いたくない。それだけだ。」


 「オーレン公ってあのオーレン公?」


 「残念ながらな。」


 オーレン公、国王陛下とその公式愛妾に次いで3番目の権力を誇る貴族。

 

 「よくそんな人と…」


 ほんとだよ。

 父や母はオーレン公に利用されているだけだと気付いてないのか、はたまたオーレン公を利用できると驕っているのだろうが、実質平民の貴族になんの利用価値があると言うんだ。


 「なぁ、あまり処刑の話はしたくないんだけどさ、思想犯って捕まったら死刑だよな。」


 彼女は一度目を見開き、そうして俯いた。

 多分、僕の置かれている状況を理解したんだと思う。


 「怖いことするね。」


 僕らはただ草の上に寝っ転がって、約束の時間が来るまで喋らなかった。


 「そろそろ行こうか。」


 そもそも今日なぜムラオカに赴いたかと言うと彼女と狩猟の約束をしていたからである。


 「そうしようか。」


 村の外れの近場の森。ここは良くヤブノウサギが出る。僕らはそれを狩って今宵の晩飯にしてやろうと言う訳だ。


 さて、森に辿り着くまでの間、この世界の話をしよう。


 僕は最初、妙にリアルな世界だし魔物なんて居ないだろうと思っていた。

 それは半分正解で半分間違いである。


 ドラゴンは紀元前二億年前にジュラ昆虫亜種として存在していた種だし、トロールとゴブリンはネアンデルタール人と共に絶滅した。

 ちなみにケンタウロスは恐怖公ツェペシュの猟奇的作品だったし、ゴーレムは芸術家ブオナローティの試作品だった。


 よって半分正解で半分間違いなのだ。


 さて、こんな雑学を話していたうちに森に辿り着いた。

 案外近いものである。


 「ワラダ猟だっけか。」


 彼女は藁で編んだ円盤状の道具を指さしている。


 「うん。これを兎の近くに投げるんだ。」


 これはたまたま僕が知っていた知識である。確か秋田県あたりの伝統的な狩猟法だったと思う。


 「テルール、静かに。」


 彼女は目を瞑り息を止めて耳を澄ませる。


 そして僕に耳打ちで囁くのだ。


 「こっち、しゃがんで静かにね。」


 なんでこんな所作でさえ蠱惑的に感じられてしまうんだ。

 僕は自分の本能を恨んだ。


 「…了解。」


 足音をできるだけ出さぬように、枝を踏まぬようにしゃがんで歩く。

 40歩ほど進んだ所、茶の毛皮を纏ったヤブノウサギが居た。


 「投げるよ、シャルロ。」


 藁の円盤は甲高く独特な、特に鷲や鷹の鳴き声のような音を立てて兎まで飛ぶ。


 すると兎は天敵の声に驚き、巣穴に逃げていった。


 「よし!あとは任せてテルール。」


 彼女はその巣穴に腕を突っ込み、兎を引っ張り出す。兎は自らの終わりを明確に感じ取っていた。


 兎の身体を右の脇で締め上げ、左腕で頭を掴み、それをドアノブを回すが如く軽々と捻った。

 静かな森に鈍い音が響いた。


 僕はうっわぁ、と素直に感じてしまった。しかしまぁ、当然といえば当然か。人を殺すことを生業とする者がどうして動物を殺せないと言うのか。


 それに一瞬の時間のうちに全てを終わらせている分、身体を撃ち抜いてから殺すよりマシなのかもな。


 「屋敷行こっか。」


 もはや見慣れすぎて不気味とすら感じない屋敷。壊れた鐘と2匹の犬の紋章。

 知れば笑い話だ。屋敷が不気味なのはバチストが忙しすぎて塗装の手配をしていないだけだし、紋章に関しては言葉遊びだしな。


 「おかえりシャルロ。それとテルール君。」


 バチスト、もう彼を死神だなんて思えない。僕にとってはお年玉くれって言ったらいい値段くれる親戚の叔父さんみたいなものだ。


 「おぉ、ヤブノウサギか。私もよく捕まえに行ったな。」


 「ここで話すのもなんだな、中で話そうか。」


 調理場まで向かう中、彼はシャルロから獲物を受け取って話始めた。


 「ヤブノウサギは他のやつよりも脚が発達していて身が引き締まってるんだ。しかもコイツは1歳の雄ときた。」


 「ところでどう捕まえたのだ?」


 僕はワラダ猟の仕組みとその藁の円盤を見せた。


 「面白い。良く思いついた。だがヤブノウサギに対してあまり有効ではないかもしれんな。」


 彼曰くこのような穴に追い込む手法は走って逃走するタイプのヤブノウサギにはあまり有効ではないらしい。


 「アナウサギとかなら有効なんだがな。」


 彼は異様にウサギについて詳しかった。後々知ったが彼はウサギに関する論文を多数執筆しており、その道のプロらしい。


 しばらく話しながら廊下を歩き、調理場に辿り着く。

 屋敷の給仕にそのウサギを渡そうとした所、バチストはこう言った。


 「私が捌こう。」


 処刑が関わらない時の彼はあまりに人間的でお茶目な男だったのだ。



 僕らは調理場を後にして図書室へ。


 「お父様なんか面白かったね。」


 「ああいう父親、なんかいいよな。」


 高尚に取り繕う人よりも情けなさを見せてくれて、それでも尊敬に値する人の方が好きだ。

 別に僕が父親について文句があるというわけではないが、わかりやすい弱点くらい見せてくれたっていいだろう。


 「私もお父様大好きだよ。」


 昔の父は好きだったさ。貧しい人の見方で、変に大人びた僕という面倒くさい子供を一生懸命見てくれた。


 でも今の父は、なんか違う。危ない事をしないで欲しいんだよ。


 「テルール、自分のお父さんのこと嫌い?」


 「嫌いじゃないさ、危なっかしいだけで。」 


 「じゃあ素直に話してみたらいいのに。」


 素直に、か。そういえば僕から父へ同じように言ってしまったな。素直に話してくれればって。


 僕も父もお互いに素直になれなかったからこうなったんじゃないか?


 本心で話合っていなかったのか、ずっと。親子で、10年も一緒だったのに。


 その時、血塗れの男がこの図書室の静寂を破壊した。


 「テルール君!」


 バチストはヤブノウサギの血を纏い、包丁を持ったままである。


 「こ、これを…!さっき届いたんだ!」


 彼は一枚の紙を僕に渡した。その紙にはこう記してある。



 処刑に関する通達書


 ムッシュ・ド・ソレイユ

 バチスト・ジョン・アンサング様


 以下の人物を思想犯とし、処刑とする。また刑については量刑審議中の為、後日報告する。


 1.ロベス=テルミドール・マクシミリアム


 2.マリア・マリー・マクシミリアム


 1779年7月2日

 法務省 法務大臣

 アナベル・ド・アルバレス


 「は?」


 僕の全てはこの日にひっくり返った。

 


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