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王様覚醒

 オーギュスト・ブルボン=ラソレイユ視点


 「詰みだ…」


 詰んだ。詰んだのだ。重農主義の実現と軍縮と緊縮への道も、平和的な諸問題の解決のみちも、全て、全てが絶たれた。

 あいつ、サン=ベルナール・ロベスピエールの尋常ならざる策によって全て無に帰したのだ。

 この本だ、この本なのだ。マリア・アントワールとオーレン公について、この忌々しい本のせいで増税も緊縮もできなくなったのだ。なにせそれらを行おうとすれば民衆や貴族からこう言われるのだ、放蕩王室の金確保に増税なぞ冗談ではないと。

 つまり奴は王室の権威とオーレン公の権威に死亡診断書を叩きつけたのだ。全ては奴の筋書き通りに。私やオーレン公はその筋書きをなぞっていたに過ぎなかった。

 どうする?策は、策は何かないのか?この状況を打開する策は…

 見当たらない。奴を逮捕すれば民衆を刺激することになるし、かと言ってこのままであれば奴が革命を起こす。では誰かに頼ろうとも、奴に匹敵する逸材はオーレン公を置いてほかに居ないし、そのオーレン公も奴に嵌められた身だ。

 つまり、奴を阻み得るものはない。あとはこのまま、奴の筋書き通り流れるだけ。

 三部会が開催され、貴族達が既得権益を守る為に三部会の投票を一身分一票制にする、それに反発した民衆が革命を起こし、奴は晴れてラソレイユの支配者となる。


 「国王陛下!国王陛下!」


 書斎のドアが急に開く。走ってきたのか、老婦人は息を切らしていた。


 「何用だ!」


 「国王陛下!お産に御座います!」


 疑念も不安もすべて消えて、気付いた頃には駆け出していた。護衛も付けず、プチ・トリストスに急いだのだ。


 「国王陛下!お待ち下さい、護衛の者が!」


 「なぜ妻に会うために護衛が必要なのだ!」


 王様失格だと、自分でも思う。まつりごとを諦めて、私欲のためにこうやって走っている。だが私は、死ぬかもしれない妻の隣にいてやれぬ男でも、今か今かと産まれようとしている子を放っておけるような男でもなかった。


 「マリア!」


 齢20の身体と言えど、まともに走ったことなど殆ど無い身体。それ故汗だくで息も切れ切れで今にも倒れてしまいそうだった。


 「で、殿下…」


 苦悶の表情を浮かべる彼女。その顔に一気に血の気が引いて倒れそうになる。だが、一番恐ろしい思いをしているのは彼女なのだ。私が倒れてどうする。


 「マリア、私はここにいる。ここにいて手を握っている。だから必ず、生きて、それで善き子供を産んでくれ」


 分娩台の肘掛けを掴んでいる彼女の手はとても熱く、その力は鉄の肘掛けを折ってしまうのではないかという程であった。


 「頑張ってくれ…」


 こんなことしか言えない自分が不甲斐ない。何が私にできることはないんだろうか。いや、あるはずがない。ただここで手を握るしかできないんだ。


 「マリア」


 彼女の壮烈な叫び声を聞くたび、自分の胸が張り裂けそうになる。頬を伝う熱で自分の涙に気付く。

 そうだ、彼女はこんなに命を張って私の子を産んでいるのだ。

 詰んだなんて言っている場合じゃないだろ。

 私が解を得た時、血と羊水に塗れた赤子が産婆によって取り上げられた。


 「王妃様、国王陛下、女の子ですよ」


 純白のお包みに包まれた女の子。私とマリアの娘。


 「シャルル・ブルボン=ラソレイユ、私は誓おう。何を犠牲にしたとしても、君と君の母親だけは守ってみせる」


 マリアに似た小さな口と私と同じ碧の瞳。あぁ、愛おしい。こんなに愛らしい生き物がマリアの他に居たのか。

 もう一度抱き締めて、その額に口付けした。


 「オーギュスト殿下、そんなに強く抱かれてはシャルルが泣いてしまいます。それと、そろそろ私にも…」


 「あ、あぁ。すまないな、可愛くて、つい」


 我が子を抱くマリア、僕の守るべき世界。

 もう私は王になどなりたくなかったなど言わない。私はこの最小の世界を守る為に王に産まれたのだ。


 「マリア、大変な時ですまないが、私はこれから忙しくなる。だが信じてくれ、僕は君と君の子を必ず守る。たとえラソレイユが滅んだとしてもだ」


 「殿下、国王であらせられるお方がそのようなことを言っては…」


 「いや、言わせてくれ。私にとって、私の家族はラソレイユよりも大事なんだ。たとえ王様失格と言われようと、これだけは譲れない」


 「では貴方の守るものに貴方自身も加えてください。貴方が苦しむのは私もこの子も悲しいですから」


 「当然だ。君とシャルルを泣かせる者がいようなら、必ず私が許さない」


 私はもう、何も捨てない。何も捨てずして、全てを手に入れてやる。オーレン子もサン=ベルナール・ロベスピエールも全て出し抜くのだ。

 そしてその策を今、思い付いた。




 後日、私に忠実な議員と貴族、大臣を20名程の集め、ヴァルサイエーズの一室に招いた。


 「まず、我々は危機的状況に立たされている。だがこれについて私は諸君に責は問わない。なぜなら全ては私と、そして歴代王室の怠慢と身勝手さが招いたことだからだ。よって、その責は君たちではなく、私が引き受けるべきである」


 私の、王の異例の言葉に家臣たちは大きく驚いた。


 「では目下の状況の説明に入ろう。まず就任当初から始まる省庁大連立包囲により、我らは政策すらままならない。

 そしてこの状況を作り出したのはオーレン公と、戴冠式で祝辞を述べた男、サン=ベルナール・ロベスピエールという市民だ。

 奴らは悪意をもってしてこの国の頂点を目指しており、それらの巨悪を阻む手は現状の我々にはない。

 加えて、奴らの策により三部会の開催は必須となった。

 もう回りくどくて上品な言い方はやめよう。我々は詰んでいる。正直に言って詰んでいるのだ。打つ手がないのである。

 だがこれが諦める理由になろうものか?

 あぁ、ならんだろう。我々が如何に詰んでいたとしても、ユーロ全てを踏み潰すと法螺を吹く男に玉座が譲れるか?あるいは厭世主義者の自滅に国家を巻き込むことを是とするか?

 否だ。だから私は王として三部会の開催を前向きに検討している。いいか?前向きにだ。有能な諸君であればこの言葉の意味が分かるだろう。ならば準備をしたまえ、計画を立案したまえ、これは王命であるぞ」


 今必要なのは衝撃だ。著、マリア・アントワールとオーレン公についてを覆す一撃である。

 それこそが三部会の大々的に開催だ。

 つまり、"王は民を憂い三部会を開催されたのだ"この筋書きを作ると言う訳だ。そうすれば王室への名誉の回復も裏で行うオーレン公の経済大臣罷免の衝撃も隠しきれる。

 なによりサン=ベルナール・ロベスピエールの策を利用する形になるので、奴を我々の平和的な経済問題への解決に引き込めるかもしれない。

 そう、これが何も失わず全てを得る為の強欲な策だ。決してオーレン公やサン=ベルナール・ロベスピエールと言った冷徹な人間には予想も実行もできない策である。


 「国王陛下、記念貨幣を作りましょう」


 「いいだろう、手配したまえ」


 「国王陛下、三部会の第一回議題は決まっているのですか?」


 「あぁ勿論。近衛の縮小と王室予算の調整、軍縮だ。身を切ってこそ守り切れるのだ」


 「今すぐ高等法院に連絡しろ。三部会に伴い全ての政治犯を恩赦とせよと。彼らも三部会に招集する」


 「国王陛下、本気で御座いますか!?」


 「彼らとて民を憂いる者、これもまた認めなくては、三部会開催の威力が足りない」


 「しかし、問題はタイミングだな。諸君らも理解している通り、この手の衝撃はタイミングによって半減も倍増も有り得る…」


 国王への財務報告書、それをオーレン公が議会へ報告するのは15世陛下一周忌の15か10日前だろう。

 問題は国民への公開のほうだ。こっちはオーレン公ではなく、サン=ベルナール・ロベスピエールを読み切らないとならない。

 奴は人を理解している。民の心理も貴族の心理も全て理解している。だからあのような卑劣で的確な手がとれる。あの時の、首飾り事件や省庁大連立包囲のような。

 だから奴は的確な手を打てる。完璧なタイミングで必殺の一撃を放てる。

 ならば逆算して、必殺の一撃となる条件から日付を特定できるはずだ。

 では国王への財政報告書が必殺となる条件は?

 

 1.何もない休日。


 2.民衆の不安が蔓延している。


 つまり、調度パンが値上がりする10月の休日。尚且つ祝祭日の少し前休日だ。

 10月の休日、それも祝祭日前の休日は…

 星教諸聖人の日の前の休日、10月24日。


 恐ろしい。これを瞬時に思い付き、実行していたのか。

 まるで本物の悪魔だ。こんな奴を相手にしていたのか、私は。


 「そうか、これか。ロベスピエール、お前はこうやって考えていたのか。しかしし、読み切ったぞ」


 さあ、サン=ベルナール・ロベスピエール。貴様の狙い通り三部会は開いてやる。そしてオーレン公も排除してやる。しかしだ。決してこれ以上の暴走は起こさせない。

 だから全てを諦め、我が軍門に下るのだ。

描いてる途中、テルールがあまりにも強すぎることに気付きました。テルールを強くするとオーレン公も強くなっちゃうので、オーギュストに強化入れないとなんないなってなったので今回の話が産まれたのです。


インフレしまくる話あんまり好きじゃないんですが、インフレしちゃう作品がなんでインフレするんだがわかった気がします


でもぶっちゃけラスト以外決まってないのでどうなるかは分かりません

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