キャットファイト
シャルロ・アンリ・アンサング視点
眼前に晒されたアトラスの足を剣で断つ。
落ちた頭を拾い上げて、その人波に晒す。
「政治犯ハルゼーの処刑はシャルロ・アンリ・アンサングの名において完遂された!」
私の声に民衆はもう叫ばなかった。彼らは政治犯の処刑というアトラクションに飽きたのである。
「では次に強盗殺人及び姦通の罪を犯したジェーン・アクセルの処刑を執り行う」
「ムシュー、首を下げて下さい。苦しみなく終わらせますから」
「あ、悪魔の手先が…」
震える首、ピントを合わせて皮の動きを見る。そうすれば肉の動きが見えるし、その下の骨も透けたように見える。
再び剣を振り下ろし、アトラスの足を砕いた。そしてストンと落ちた頭を持ち上げて晒す。
「ジェーン・アクセルの処刑はシャルロ・アンリ・アンサングの名において完遂された」
210人目くらいからからだろうか。民衆は死刑囚に対しておおっぴらに罵倒を浴びせなくなった。
おそらく彼らは理解したのだろう。度重なる不作と不況の中、誰もがこの台に立つ資格を持っていると。だから姦通や敗戦の罪に対してとやかく言う人はいても、窃盗に対しては、仕方なかったのではないかと同情を囁く人もいる。
「この度の処刑はこれにて終了とさせていただく」
処刑台を折り、血がついたコートを脱ぎ捨てて処刑助役に渡す。
帰りの場所に乗り込み、そして倒れた。
度を越しているのだ。一度の処刑での処刑数は平均12人。それでいて全てを斬首刑で行うのだから、身が持たない。法整備が終わってくれれば正義の柱が使えるのだけれど…でも正義の柱が使えるようになったら今度は処刑の数が増えるのかな。だって簡単だし。
テルールが居たら、なんて言ったかな。
疲労困憊での深い眠りから覚めたのは夜になってからだった。
夢は少し覚えている。あの時、テルールを慰めた日を三人称視点で見る夢だった。私はテルールに守ってなんて望んでないよって言ってしまった。それだけが彼の全てだったって想像できたはずなのに。
酷い女だ、私だ。こんなんだからテルールもアンサングから出ていってしまうし、屋敷の当主だって務まらない。
今月、私は6人のクビをにした。一度処刑人に関わった者は他の仕事につけないと知りながら、屋敷の皆を飢えさせないためにクビを切ったのだ。テルールならもっと上手くやれた。稼ぎを増やしたり、あるいは政治的な圧をかけたりして皆を守れた。
危ないことをしないで欲しいの、でも実際、危ないことをせずして皆を守れる方法はなかったんだ。
本当に私はテルールのことを何一つわかってなかったんだと思う。彼の心情も状況も何もわかってなかったんだ。
「シャルロ様、お客様で御座います」
「夜の8時なんだけど…病状は?」
この時間の客は決まっている。無償医療を求めてここを訪ねた病人だ。
「いえ、病人ではなく…」
「じゃあなんなのさ」
「その、サン=ベルナール・ロベスピエールの使いだと…」
「クロエ、今の私さ。どの面下げて、って顔してるかな」
「いえ、とてもお寂しい顔をしていらっしゃいます」
「そっか、貴賓室だよね。行ってくるよ」
貴賓室に居たのは私よりも年下くらいの少女だった。白髪に白い肌、白濁色の瞳。
純粋に美しい少女だ。人間というよりも絵画の天使のように見える。
「夜分遅くに申し訳ございません。シャルロさん。ルイ・イトワール・ルナ=ジャスティカと申します。気軽にルナとお呼びください」
「アルビノの友人が居るってテルールは言っていたけど、貴方のことね」
「それで、テルールは元気してる?」
「えぇロベスピエール先生はお元気です、今のところは」
「一日の喀血量と頻度は?」
「およそ40ml、一日に数回程度です」
進行具合はまだ中程度でもこれから一気に酷くなる可能性もある。無理をしていい身体ではないのだ。
「テルールに伝えて、貴方死ぬから帰ってきてって。貴方の身体はシャルロ・アンリ・アンサングが責任を持って治癒させて貰うからって」
「嫌です」
即答だった。
「テルールが死ぬんだよ」
「構いません」
「…貴方にとって彼はなんなのさ」
「愛する人であり、私を救ってくれた人です。ですから先生の為ならなんだってできます。貴方はできなかったけれど、私は彼に身体だってあげました。
ですから彼の邪魔をするものは私が排除すると決めたのです。たとえそれがあなたであっても、であってもです」
抱いた?テルールがこの少女を?私より2歳くらい年下に見えるこの少女を抱いたのか?私には何もしてくれなかったのに?
「なら、何で尚更死んでもいいって…」
「死なば実りと、英雄となります。そうすれば皆は先生を忘れません。貧民の英雄として神になるのですから」
「わからない。貴方の言っていることが何一つ理解できない。愛してるなら一緒にいてくれたほうが嬉しいって感じるはずでしょ…」
「貴方が理解できぬのも無理ありません。だって貴方は先生の肉の付き方も知りませんから。
つまり、ですね。貴方は私や先生が生きるという行為に対してなんら幸福を見出していない事が理解できぬのです。貴方が、先生に守られていながら、それを理解できなかったように。
ですからもう先生からお手を引いてください。お願いです、これ以上先生を傷付けないでください。私は貴方が嫌いなんです。何にも分からない知らない白痴の癖に、ずっと先生の心に残っている貴方が大嫌いなんですよ。先生を苦しめることしかできない貴方が、先生の隣にいる資格なんてあるわけないのですから。
あぁ、だから、これだけははっきり言わせていただきます。貴方は最悪です」
濁った瞳には私は映らない。
「…嫌だ」
「だって彼は私に好きだって言ってくれた」
「それに、貴方なんかにテルールは任せておけない。だって死なば英雄なんて、貴方はテルールをロベスピエールとしてしか見ていない。ロベスピエールの中身はテルールなのに。
だから貴方にはテルールの心の中を癒すことはできないし、テルールの心の一番内側にははいれない」
「なにより、あの星の光が何億年も前の光なのか知らないような女に、テルールは任せておけないんだよ」
「…何をおっしゃっているんです?今さらゴチャゴチャ喚いたとて、貴方と先生の関係は終わった関係ですよ。ですからもう黙ってください」
テルールもテルールで難儀な人だ。私や彼女のような悪い女しか愛せない。あるいは好きになれない。
「それで貴方は何でここを訪ねたの?テルールから伝言があるんじゃないの?」
「えぇ、そうですね。貴方が憎くてたまらないので、我を忘れて伝言でここに来たことを忘れていました。申し訳御座いません。
はい、ロベスピエール先生伝言についてお話させていただきます。先生はアナリースを救出する予定です。民衆を扇動して。ですから、貴方はそれに巻き込まれぬように、僕の声が聞こえた瞬間に逃げて欲しいと」
「そう、わかったよ。じゃあ私からの伝言も伝えておいて」
「貴方が民衆を扇動して、アンサングの本懐たる名誉と誇りある処刑を妨害しようというのなら、ムッシュ・ド・ソレイユとして貴方の扇動する民衆や貴方を処刑人の剣でねじ伏せることも厭わない。
たとえ、この身が人波に揉まれてグチャグチャになろうとも、国王陛下より賜られた偉大なる責務を全うする。
もし、貴方がこれについて意を唱えるというのなら、処刑助役として直接私に直談判しなさいと」
「…わかりました。一言一句漏らさず、先生にお伝えさせていただきます」
感情面だから冗長にしてみたんですけど、めちゃくちゃ長くて読み難くい上に飽きられるんじゃないかって懸念があります。多分アマのWEB小説でやることではないのかも?
でもそれはそれとしてめちゃくちゃ書きやすいから好きではあります




