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天上VS地上



 乞食数十人は奢られた酒に酔いしれて騒ぐ。その喧騒は完全に陰謀の声を掻き消していた。


 「ダールトン、単刀直入に言わせて貰おう。あんたはオーレン公からどれ程の利潤を得ている」


 「秘密事項だぜ、流石に」


 「ならば頭の中で計算しろ。ラソレイユ警察長官という地位はオーレン公から与えられる慎ましい金貨と僅かな権利の何倍の利潤になる?」


 「わからんよ。なにせその時のラソレイユの状態によるでしょうよ」


 「その時のラソレイユには身分という言葉が消えていることを念頭に入れて計算し直してくれ」


 「…お前は何が言いたいんだ?」


 「ならばはっきりと言わせていただく。僕に全てを捧げろ。そしたら全てを与えてやる」


 彼とて秘密警察長官、つまり僕がオーレン公に仕掛けることは想像付いているはずだ。

 ではなぜ彼が僕を即刻逮捕したり秘密裏に銃殺したりしないのか。

 それは偏に彼が強欲さを持っているからだ。

 奴は今までの僕とオーレン公のやり取りを知っていたし、オーレン公を下す手も知っていた。知っていながら傍観者に徹していたのだ。なぜなら状況における最大の利潤を引き出そうとしていたからである。

 だからこうやって、僕の強さを示して、彼の野生感を刺激するのだ。


 「わかった。だがお前の自殺に付き合う気はない。だが少なくとも、お前がよほどのやらかしをしない限り、オーレン公には協調しないと約束しよう」


 「ならばこちらも約束してくれ。僕が勝ち切った暁には僕に忠誠を誓ってもらう。利潤はそれからだ」


 「そちらも約束しよう。せいぜい上手くやれよ」


 今日の策謀やら陰謀やらの汚いことはこれで終わりだ。


 「飽きるまで飲むといい。僕は帰る」


 日は沈み夜となる。パリスはやはり暗いまま。ではなぜこんなにもこの街が暗いのか。それは浮浪者が街灯のオイルランプを盗むせいである。彼らは肉屋が捨てた余り部分やネズミ、ゴキブリを主な食とする訳だが、流石に彼らとてそれらを生食する勇気はない。だからオイルランプを盗んで焼いている。

 という話をパリスの人々は井戸端やセーヌの辺りで話すのだが、これは特殊なケースだ。

 むしろ一般の人々が今日の蝋燭代わりにと盗んでいくケースの方が多い。


 「ただいま、ルナ」


 「おかえり、先生」


 「ゲオルグ・ダールトンは中立の立場を貫くってさ」


 「それ保証なくない?」


 彼女は正しい。僕としても秘密警察が約束を守るかと言われたら懐疑的である。それに"よほどのやらかし"についても定義にされてない以上、如何様にも解釈可能だ。


 「言質取った分、奴の性根が、つまり強欲さについて証明された。それだけで幾分か動きやすなるよ」


 「どの道ノーガード戦法することは決定事項だったでしょ。あくまで理由を作っただけなんじゃないの?」


 「手厳しいな、正解だ」


 これが今の現状だ。僕らは最強の一手を保有しているし、ラソレイユの民意を支配することだってできる。

 つまりオーレン公と王と省庁と高等法院が組んでもその全てを確実にねじ伏せることができる。

 だがその性質故、カードの切り所を少し間違えただけで攻め手が消えるし、オーレン公からの資金提供の打ち切りや王の危険思想認定等の一度の攻撃で瓦解する。

 だから今やるべき事はこうだ。

 オーレン公には有用で無害と思わせ、王には何もさせない。なおかつ民衆を味方につけることで、最強の一手を放った後の防御にする。

 それが僕らが唯一生きる道である。


 翌日、いつもよりだいぶ仕立ての良い服を着て向かった先はパリス・ロイヤルだ。


 「お待ちしておりました、サン=ベルナール・ロベスピエール様」


 あの時と同じ、劇場の2階に通される。

 あのときと同じ席、あの時と同じ構図で彼は席に座っている。唯一違っているとすればカレーの種類だ。確かあのときはマトンカレーだったが、今日のは卵が入っている。


 「なに、相談事だよ。サン=ベルナール君」


 テルールと呼ばない。これはオーレン公とサン=ベルナール・ロベスピエールの私的な会見と言う訳だ。

 つまり、オーレン公の陣営内での利益調整って訳ではなく、敵と敵との交渉事という話だ。


 「君は知っているだろう、私がこれを民衆に公開しようということを」


 去年度の国家財政報告書か。

 さて、どう答えるか。もし知らないと答えれば僕の陣営の力が取るに足らないものだと捉えられ、じゃあ潰そうかとか思われてしまう。

 逆に知っていますし、貴方がそれを公開することで貴方がどのような利益を得るかも想像つきます。と答えたら今度はこいつは後々面倒な事になるから潰そうとなる。

 だから、こう答えるのが正解だ。


 「知っていましたが、しかしこんなにも財政状況が酷いとは…去年度の国家予算の25倍なんて」


 僕らには貴方の陣営を探る力は持っていますし、貴方がやろうとすることも筒抜けです。ですがその規模が分からないので、貴方の一手に対して何かを講じることはできないのです。

 それがこの回答の意味である。


 「特にそうですね、ここです。王室の支出に関する所。これを国民が知ったならば彼らはその不平等に怒り狂うでしょうね」


 「そうだ。それで君に問いたいのはタイミングだ」


 「タイミングですか。もし僕が貴方の立場であったら、8月の終わりに議会に公開、国民には10月の終わりから11月の中盤くらいに公開致します」


 「やはり君は優秀だ。私もその時期が相応しいと考えている」


 8月の終わり、つまり去年弑逆されたオーギュスト15世の一周忌で議会がてんやわんやしてる時期だ。

 そして10月の終わりは調度パンが品薄になって値上がりする時期である。


 「だが私が知りたいのは日時の方だ。議会の方は一周忌の10日前の16日に公開しようと考えているのだが、国民については君の方が詳しいだろうから君の意見を聞きたくてね」


 「10月24日でしょう」


 「星教諸聖人の日の前の休日です。民衆は星教諸聖人の日の前の準備の為に市場に買い物に行きますし、それに伴い市場が賑わいます」


 「そこで音読屋が貴方の公開するそれについて音読すれば、多くの民衆がそれ知ることになるでしょう」


 「君の意見を全面的に参考にさせてもらう」


 「ご参考になったならば幸いでございます」


 「では話を変えよう。サン=ベルナール君、この事件について知っているか?」


 渡された書類、それは秘密警察のものであった。


 アナリース・ド・アルケイラの処刑に関する調査書。

 メルケル・ド・アルケイラ公の妻、アナリースは不貞行為を行いその末に夫であるメルケル氏を殺害した。

 その経緯についてここに記す。

 アナリースは農家の息子Aと婚姻関係にあったが、その婚姻関係を無理やり破棄させ、メルケルはアナリースを娶った。

 これに恨みを覚え、アナリースはメルケルを殺害した。


 「嫌な話ですね。で、僕にどうしろと?」


 「民衆を扇動してアナリースを救出して欲しい。国家財政報告書を公開する前に大衆の力と言うものを議会とヴァルサイエーズに示して置くべきだと思ってな」


 「了解しました。お任せください」


 オーレン公の一手はとても冷徹な一手だと思う。王には決して打てない。なぜならオーレン公が人間として冷えすぎているからである。

 故にオーレン公は見えていない。大衆の力は見えていても、熱が見えていないのだ。

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