サン=ベルナール・ロベスピエール
サン=ベルナール・ロベスピエール視点
7月28日
アンサングの家から離れて約一ヶ月、今年も今年で誕生日がやってきた。これで僕は晴れて18歳と言う訳だ。
「で、どういうことだよ牢獄を襲うのを辞めるって」
「辞める訳じゃないんだ、コトデー。延期するんです」
「理由を聞いても?」
「サン・レミを利用した手、あの手はあらゆる状況に対応する為の必殺の一手だ。逆に僕らはそれしか持ち得ないんです」
サン・レミの暴露本、これはオーレン公のの名誉を地に叩き落とす為だけの代物であるが、使い方によっては王室の権威ごと地に叩き落とせる。そうすれば相応の政治的空白が生まれるだろうし、その空白に自分らを捩じ込むことが可能になる。
「これをご覧ください」
「すげぇな、赤すぎてびっくりしたぜ」
去年度の国王への財政報告書だ。彼の言う赤とは勿論比喩的な意味だ。
つまりラソレイユと言う国の財政はあらゆる分野で赤字であり、火の車状態であるという訳である。
「オーレン公は自身が民衆にとって真の平等公となった時、これを衆目の場で公開する予定です。ですから僕らはこれが公開されるほんの少し前サン・レミの暴露本をヴァルサイエーズと民衆に公開します」
「つまり、お前はヴァルサイエーズとオーレン公を相討ちさせる気か?」
「はい。もっと言うとヴァルサイエーズは我らの平等公を罷免した敵、また平等公も自らの野心の為に我らから絞り尽くした税金を使った敵。とその方向に世論を持っていきたい」
「なるほどな。それがサン・レミを使った手の最大火力ってわけか。でも複雑すぎねぇか?対立以外の構図を民衆が理解できるとは思えない」
「大丈夫です。情報はある程度錯綜しますが、最終的に貴族は我らの敵と言う形の単純な対立になりますから」
「そうなれば王も三部会を開かざる負えなくなる。そして三部会が閉会されるような事があれば…」
「革命か」
「えぇ、その通りでございます」
「人が死ぬぞ」
「構いません」
「いつの間にか最低の大人になったな、まぁいい。延期の件承った」
「ありがとう御座います、コトデー」
高等法院を出て向かった先は僕の新しい家だ。
「お帰り、先生」
何もない部屋には2人分のベッドと本棚を置いたし、服を入れるための大きめの棚を買った。
僕は心以外の全てを彼女と、そして公共に与えることにした。つまり、死にたくなかったから、自殺する権利ごと僕の全ての権利を放棄したんだ。
要は自殺せぬ代わりに奴隷の身に落ちたと言う訳だ。
なにせ奴隷であれば、主従に対する奉仕のみが生きる意味となる。
面倒くさかったんだ、哲学と言葉をコロコロ転がして、死ぬべきだとか生きる意味だとかを考えるのが。それで考え抜いた末に、結局自殺への恐怖心が勝って徒労と終わるなら、何も考えないほうがマシだ。
「ルナ、音読の資料を取ってくれ」
渡された資料を読み込む。
これは残酷な死刑の禁止をオーレン公の功績とし彼をエガリテと讃える内容だ。だがまぁ、これでは少しオーレン公寄りすぎる。オーレン公を民衆の味方とせねばならないことは重々承知だが、オーレン公に寄りすぎても良くない。
バランスだ。彼の評価はオーレン公って言うなんかいい感じの人がいるんだな程度の評価でなくてはならない。
「よし、じゃあ行ってくるよ。君は6区の方をやっておいてくれ」
「うんわかったよ、良い感じに持ってくからさ」
「ありがとう、いつだって君は僕の考えている事を察してくれる」
「先生のことならなんでもわかるからね」
10区の方に向かい、張り出された新聞の前に立つ。
事前に宣伝はしていたとはいえ、100人程の前というのは少し緊張する。
「ロベスピエール先生!」
黄色い声から野太い声もあるがやや黄色い声が勝っている。顔のせいもあるだろうが、それ以上に僕という存在が民衆にとって新しい権威になっているせいであろう。新しい物はよく見えるもので、それが女なら尚更なのかもしれない。
「この度の音読を務めさせていただきます、サン=ベルナール・ロベスピエールです」
「では初めさせてまいりますが、その前に一つ」
「無闇な投銭はお辞めください。私はあくまで代弁者にすぎません。貴方の1ソレイユは貴方と貴方の家族の為にあるのです」
僕しか使わない音読前の口上だ。
僕だけがこの口上を思い付いたと言う訳じゃない。皆、これを言わないと生活が立ち行かぬから言わないのだ。
「まず前提として、王とヴァルサイエーズの大多数は貴方達から税を搾り取らんとする人々であります」
「そうだ!」
「さすが腐り得ぬ男!!」
こいつらは基本的に、昔の人々と比べて今の人々が賢いと思い込んでいる。数世紀前の人々は愚かであり、特にローマニアが巨大な帝国を作り上げていた時代を、田舎臭い気障で取るに足らない時代だと思い込んでいる。
「これをご覧ください。数年前と比べ、パンの値段は数倍に膨れ上がっています」
このように算術すらできないくせに、パリスの街を作った人々を見下している。日頃使っている紡績機やら石鹸やらを作った時代を馬鹿にしているのだ。
「許せない!!」
「豚どもを吊るせ!」
つまり、何が言いたいか。こいつらは貴族共の良し悪しを別として、累積した過去へ忘恩しているのだ。
それでいて皆と一緒という事に安心感を覚えているのだから、誰もが先史に対して敬意を抱かない。
だから僕のこの声に騙されるし、熱を持つ。結局僕も己の目的の為にこいつらを利用していいると言う点ではヴァルサイエーズの貴族ともと何ら変わりない。
「不況のせいもありましょう、不作のせいもありましょう。しかし後者はともかく、前者についての責任をなぜ私達に問うのか」
「おかしいぞ!」
「私達から奪うな!!」
つまり僕を信じてしまう事、それが彼らの最もたる愚かな点だろう。彼らは僕を賢者と、清廉潔白の徒と見ているが、その実僕は過激な手しか思い描けない馬鹿者だし、救った女性に救った責任を果たせず、ただ自分が生きるための慰みものにした。
「ですが我らのエガリテたるオーレン公はこの状況を憂い、パリス・ロイヤルにて食糧の無償配給を行っています」
「まさしく贖罪でしょう。我らに対する贖罪と言えます」
「正しい貴族はオーレン公だけだ!」
「エガリテ万歳!エガリテ万歳!」
「以上で音読を終わらせていただきます」
拍手喝采、僕を讃える声。
はっきりと言わせていただく。しょせん僕は愚者の王にすぎないのだ。
この辺まではは性欲とか哲学の話をコロコロしてたんですが、ここから先は陰謀とか政争の話になります。
ぶっちゃけ、どうなるかは分かりません。プロットがないので。
でも面白い作品にはしてみせます




