悪意者
ラスアジィンニコフ視点
テルール=テルミドール・マクシミリアム、あるいはサン=ベルナール・ロベスピエールは国王オーギュスト16世を待っている。その間、彼が暇そうだったので私は彼の話し相手になっていた。
「貴方は悪者だ」
基本的に私の創作は人をコケにする為にある。私の哲学も思想も理想も全て人をコケにする為だ。その点で見れば私は明確なる悪である。
「テルールさん、あるいはロベスピエールさんでしたね。えぇ、そうですとも、私は悪です」
「では教えてください。ラスアジィンニコフ氏、貴方は無神論者でありますか?」
善悪の基準=神とするのならば神=道徳となるし、神を信じない者=道徳を信じない者となる。その論法に従えば悪⊃道徳を信じない者となり、悪⊃神を信じない者=私と論じられる。
「それは私の著作、特に聖審問会やら露悪者で論じられる命題を真とした上での結論ですね」
「そうか、ならば貴方は尚更悪だ。貴方は哲学を使って他人を馬鹿にして、それで悦浸っている」
「だからこそだ、僕は貴方に聞きたい」
「貴方は聖審問会、露悪者で神を己の最高価値とする事に対する批判だ。要は星教それ自身が弱者擁護の集まりだって言い放ったんだ。ここまではいいんだ。
だがニヒリズムから連なる星教批判と人格神の批判、そして道徳という新たなる統一宗教の提案、これは元からあった思想をツギハギしてできた連鎖と思える。
しかし現実として、連鎖の元となる思想が無いんだ、どんなに探しても見つけられなかった。だから僕には貴方がこのツギハギ連鎖を思い付いたように見える。これはあり得ない」
「はっきりと言わせてもらいましょう、ラスアジィンニコフ氏。貴方も異世界の記憶を持っている、僕と同じように」
20年と83年、それだけの長い時を歩んでも今日以上に衝撃を感じた日はないだろう。
「なら、貴方は私よりも悪だ。常世の外から知識を持ってきて、傲慢にも世界を啓蒙してやろうと躍起になって、それを不遜と言わずして何というか」
「それはラスアジィンニコフ氏もでしょう。不遜にも知識のない人を馬鹿にして、才能あるインテリにそれらしい答えを授けてインテリを潰して」
「私は程度の話をしているのですよ。貴方は自分自身と悪と定義していない」
「まさか、私は悪ですよ、貴方もそうです。ラスアジィンニコフ氏。程度の問題ではないのです。それともバタフライエフェクトまで交えて程度の話をしましょうか?」
その時、教会の扉が開いた。
「ならば善の話でもしようか?」
金髪碧眼の青年、オーギュスト・ブルボン=ラソレイユである。
「辞めておきます、長くなりそうなので、陛下」
私も彼も本質的には討論者であり哲学者ではない。つまり負かされる事が嫌なんだ。だから善の話題という、誰かが"挨拶をすること、ゴミを捨てること、食を与えること、これすらも絶対的な善と論じれないのなら、善の正体とは善だと思って行為をすることでしかない"だとか適当なこと言ってしまえばその人の勝ちとなってしまう話題を好まない。なにより会話の順番的に自分にその役は回ってこないと分かっていたから。
「そうか、なら話は早いなテルール、いやサン=ベルナール・ロベスピエール今回の政策は通せそうか?」
彼は立ち上がり、坊やを見下ろした。
「えぇ、勿論。僕は残酷な死刑の禁止について、一切干渉しないと約束致しましょう」
意外だった。だってこれは全ての権謀術数を投げ捨てて自分が黒幕ですとこの国の絶対者に言い放つものだった。
正気ではない。
「随分と素直なんだな。とても首飾り事件やら省庁囲い込みやら、オーギュスト15世弑逆の黒幕とは思えない」
「…オーギュスト15世弑逆?何のことやら。僕にはそんな恐ろしいことはできません」
「正直に言う。私は貴様の顔が嫌いだ、戴冠式のあの日からな。お前は一見、眉目秀麗な顔をしているが、その実その裏は醜いばかりだ」
「オーレン公と同じようにな」
「それは僕から見ても同じです。僕にも貴方がオーレン公と同じような人間に見える」
「僕は貴方の提出する法案やら政策を悉く無に返してきた。それがなぜかわりますか?
それは貴方が人々に対して、つまりパリスの市民に対して白痴で蒙昧だったからです、オーレン公と同じく」
彼はこの言葉を顔真っ赤にして言っている訳では無い。さも平然と、例えるなら明日の天気でも言うように罵詈雑言を繰り出している。しかもその相手は王ときた。もはや命知らずとかの域には収まらない。存在そのものが不遜なのだ。
「では貴様は市民に対して白痴蒙昧ではないと言う訳だ。
まったく、よく言うなと、言わせて頂こう。現に貴様は何も知らない、私と同じくな。貴様は飢えて苦しんだ事があるのか?貴様は無理やり犯された事があるのか?当事者というのはそういう事だろうが」
「何も僕は苦しめと言っている訳ではありません。民衆の心を理解し御しきれと言ってるんです」
「私にインテリの真似事をしろと言うのか?浅慮な馬鹿共の前に立って過激なこと言って、なんて言えばいい?アルビオンの猿共を破産させろ!東の原人を教育してやる!とでも叫べばいいのか?」
「もっと利口な男だと思っていたが、私の思い違いだったようだな。結局貴様も急進的な酔っ払いにすぎないのか」
「…違う。貴方は未来を救えないと言っている。今を救えるが、未来を救えないんです、貴方の方法では」
「ならば貴様の方法を教えろ、最終目標は何だ?貴様の中での結論はどうなっている」
「"早急な"身分制度の完全撤廃ですよ」
「どうやってそれを成す」
「人々の奴隷にして救世主たる人物が市民として指導者となり、徳と恐怖によって人々を統制する教会国家。一度これを経由し、徹底的に現行の社会を破壊します」
聞いて見ればつまらない話だった。自らが神と驕る無欲者が指導者となり、圧倒的な権力とカリスマを持ってして社会を改革する。理論的には正しいが、これは人の心というものを考慮に入れていない。指導者が完璧に神であり続けなくては指導者も民衆も社会も全てが壊れてしまう最悪の手だ。
「…正直、最初は貴様と協力する気でいた。しかし、もはや手は取れんな。貴様を思想犯として通報し逮捕する」
「そうですか、残念です」
サン=ベルナール・ロベスピエールは出口の木の扉の前まで歩き、不意に振り向いて坊やに、王に向かって啖呵を切った。
「オーギュスト16世、貴殿のような凡庸な男では決して私には勝てない。例えオーレン公と組んで、省庁を組み伏せて、そして他国と協調を結ぼうと私には勝てない!」
そう言い切って彼は去っていった。坊やは彼の言葉に気圧され、その場で立ち尽くすしかできなかったのだ。
さて、ではなぜ坊やが負けてしまったのか。それは坊やがあくまで政治論争として論争をしてしまったせいだ。こんなの、言葉をこねくり回して遊んでるだけで、本質的にはただの人格否定と罵詈雑言飛び交う稚拙な殴り合いでしかない。彼はそれを理解していたから最後に威圧して坊やを萎縮させたのだ。




