遅すぎた埋葬
バチスト・ジョン・アンサング。元ムッシュ・ド・ソレイユにしてテルル・ド・ヴァルサイエーズ。彼は先代の当主が早逝した為に9歳で処刑人となり、38歳で倒れるまでの間、387人を処刑した。これは先代、先々代と比較しても突出した"数値"である。
だが一度として自らが葬った人間を忘れることは無かった。全てを覚えているのだ、強盗殺人犯の顔も思想犯の顔も戦争犯罪者の顔も全て憶えている。だから彼の心休まる日は倒れるまでこなかった。
そういう意味では優しい夢の中、つまり死刑は廃止され、自らの娘ともはや息子とも言える存在とで慎ましく暮らしている世界の幻想の中で死ねたのは幸せだったのかもしれない。
だが残されたテルールやシャルロはそれを知らないし知る由もない。だから二人には"不幸にも"脳卒中で倒れて、長い寝たきり生活の末に心不全で亡くなってしまった愛しの父として映っている。
しかしこの行き違いについて、二人に非はない。むしろ二人が彼の不幸について、そしてその後の幸福を想像できなかったのは彼の強さによる。
彼は生きているうち、一度足りとも子供らに弱さを見せなかった。彼は保護者として、せめて自分は子供らにとってこの残酷な世界の安全基地になろうとしていたのだ。
だから子供ら二人は知らない。彼が毎月の最後にミサを捧げていたことを。
「申し訳御座いません、バチスト様」
足早な夏はバチストの肉体に住まうバクテリアや細菌を大繁殖させて、言いようもない不愉快で強い腐敗臭を漂わせていた。
バチストの死体がどうしてこんなにも腐敗してしまったのか、それは処刑人が各地に散らばっているせいでどうしても数日経ってしまうというのもあるし、なによりテルールがナイーブに沈んでしまったせいで葬儀に関する書類仕事が停滞してしまったせいでもある。
「…本当に申し訳ございません」
バチストの遺体はシャルロとテルールによって外まで運び出され、生前バチストが扱った剣と共に棺に納められる。
幸い、葬儀の参列者の殆どは処刑人でありバチストの臭いについて咎める人は誰一人いなかった。むしろ参列した処刑人たちは内心バチストをこう称えていた。
"見栄に走って防腐剤を注入する貴族共よりも、生物として腐っていくことを選んだ我らのムッシュ・ド・ソレイユは偉大である"
だが誰一人とてそれを口に出す人は居なかったので、シャルロとテルール、アンサングの屋敷一同は故人に対する申し訳なさで一杯一杯だった。
「星の言葉を務めさせていただきます、シャルロ・アンリ・アンサングと申します」
処刑人、つまり呪われた人々の葬儀において普通の司祭は呼べない。だから遺族が司祭の代わりをやる必要がある。
シャルロは星典を朗読し、説教を行う。彼の言葉を通して、神と星の言葉を聞き、参列者全員で祈りを捧げる。
「星天拝領とさせていただきます」
アンサングの屋敷の従者達が参列者にパンとワインを配った。パンの味もワインの味もそう特別なものでは無く、むしろ味が薄く美味しいと感じれるものではなかった。だが人がパンやワインだけで生きるものではない、それを伝えていく為であると考えれば理に適った薄さである。
「弔辞とさせていただきます、テルール=テルミドール・マクシミリアムと申します」
「私、テルールにとってバチスト・ジョン・アンサング様は友人の父であり、そして私自身の第二の父親でありました」
「加えてバチスト様は私を救ってくださった人でもあります。ですから私にとっては聖人にも比肩する人であるのです」
「なによりバチスト様はシャルロ・アンリ・アンサングという一人娘を男手一人で真っ直ぐ育て上げました。処刑人として、人として立派に育て上げました」
「ですからどうか皆様にはバチスト様が無事帰天され、安らかにお眠りなさるよう祈りください。アーメン」
アーメン、アーメン、そう唱えながら参列者は祈りを捧げる。
やがて別れ時となり、棺を墓穴に納める。
「土を被せてくれ」
使用人や召使がその墓穴に土を被せていく。その間、誰も邪な事は考えておらず、参列者達はバチストに祈りを捧げていた。
生前の人徳だろう。バチストは底無しの慈悲を持っていた。処刑人でありながら死刑を憎み、されど社会にとって必要な事として職務を全うした。そして処刑人として得た医療知識を貧民が為に活用していたのだ。
まさしく善き人であったのだ。
「皆様、御多忙の中お越しいただき誠に感謝申し上げます。皆様のおかげでをもちまして無事滞りなく式を終えることが出来ました」
処刑人達の首領、ムッシュ・ド・ソレイユとしてシャルロは閉式の辞を結んだ。
「我が父、バチストも帰天の最中において大変お喜びになると存じます」
「また、残されました私共に致しましては今後ともアンサングとしてムッシュ・ド・ソレイユ、テルル・ド・ヴァルサイエーズを務めてまいります故、ご指導ご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。」
「簡単ではございますが、ひとことご挨拶申し上げ御礼にかえさせていただきます」
深々とお辞儀を行い式を終えた。
カトリック式の葬儀がモデルです
WEB小説出だれも葬式を三人称視点で描きたがらない理由がわかりました硬すぎて深刻なエンタメ不足です




