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悪友 パーフェクトコミュニケーション


 死体の臭いに丸一日包まれていたからか今日のパリスはさほど臭くは感じない。鼻が狂ってるんだ。


 「お前これ見ろよ、またパンが値上がりしたってよ」


 「はぁ?これじゃ4日働いてパン一斤だぜ」


 張り出された新聞を読む人々。あの新聞はポールが書いた人民新聞だ。ほとんどの人間が字を読めないことを良いようにグラフを誇張して書いているからあのようにありえない読み解き方がされる。正確には2日働いてパン一斤だ。


 「おい、あっちでなんか言ってんぜ」


 「悪臭、ローレン・ストラブールだってよ」


 「坊主も坊主で俗物だらけってことさ」


 星教には質素倹約を美学とする教えがあり、僧たちはそれに従って断食や貧食を行う。だから僧の遺体はあまり臭わず腐敗しにくい。

 そしてそれに準えて産まれたのが"善き人の遺体は腐らない"という妄言だ。


 「俺らの税金で飯食っといて祈りも捧げられねぇんじゃわけねぇよなぁ」


 だが文字すらまともに読めない彼らにとってそれは、"善き人=腐らない、悪い人=腐る"といった単純な構図でしかない。


 「ローレン・ストラブールは枢機卿でありながら私腹を肥やした!我々の金で!」


 文盲たる彼らに向かって扇動家インテリは叫ぶ。そして彼らは答えを得て分かりやすい敵に対して怒りを向ける


 「ローレンを許すな!ローレンを許すな!」


 「奴らは我々から搾り取った金で酒を飲む!肉を食う!我々は一日働いて酒すら飲めないのに!」


 インテリの殆どはこうやって過激に脚色する。それはこの代理音読に投銭という文化があるせいだ。


 「まさに理不尽だ!現行の腐敗した教会は今すぐ打ち砕かれるべきである!政府と共に打ち砕かれるべきである!」


 この投銭文化のせいでインテリたちは拝金主義に走って過激なことしか言わなくなった。なにせその方がウケがよく、普通に音読するよりも稼げるのだから。

 それで民衆の思想も先鋭化して、インテリは更に稼ぐためにもっと過激な論を唱える。だからこの街に道徳という文字が消えたんだ。


 「そうだ!!そうだ!!」


 はっきり言って下品だ。啓蒙啓蒙と言ってくるくせに、誰も矜持を持っていない。

 だから真のインテリは偽のインテリに溺れて、世捨て人になって発狂死する。

 だがそんなこともう関係ないだろう。結局僕も偽のインテリなんだ。自分の目的に人を利用して、結果何にもなってないのだから、そういう意味では拝金主義に走ったこの男と何も変わらない。


 しばらく歩いて着いたのは、あの部屋の前だ。あの何もない部屋の前である。


 「ルナ、いるか?」


 「ロベスピエール先生?」


 「あぁ、僕だ。開けてくれ」


 白濁した眼には相変わらず僕は映らない。でも今はその方が楽だろう。自分の顔なんて見たくはない。


 「珍しく死にそうな顔してるね」


 「そうだ、死にそうなんだ」


 「だから助けろ、僕は君を助けたのだから助ける義務がある」


 「自分でも気付いてるだろうけど、すごく最低なこと言ってるよ先生」


 「じゃあなんで笑ってるんだよ、君は」


 「だって個人的な事で頼まれたの初めてだから」


 あの日のようにベッドに腰掛ける。相変わらず硬いベッドに不気味なほど何もない部屋。

 でも今なら分かる、かもしれない。彼女は自らに価値を見出していないのだろう。だから自分を世話するのも億劫で、文化的な生活を営む為の物ですら妥協するし、あるいは切り捨てる。

 でもこれも憶測にすぎない。


 「何でもしてあげるよ」


 「僕を殺してくれと言ったら?」


 「殺してあげるよ」


 「僕は、自分のやってきたことの無意味さを悟った」


 「意味がなかったんだ、だからもう殺してくれ」


 「いいけどさ」


 彼女は僕を押し倒し、この首筋に手を這わせた。そしてしばらくした後、いきなり目を瞑って僕の唇に接吻したのだ。


 「どうせ死ぬんだったらエッチな事してみない?ほら、私できないんだしちょうどいいでしょ」


 もう全てがどうでもよかった。だから、その蠱惑的な誘いを僕は断れなかった。


 「そう、だな。僕を抱いてくれ、ルナ」


 彼女の頬が汗ばみ、陶器のように艶めいた肌に汗が流れた。だがその白濁した瞳はいつものままで、僕は彼女と裸で抱き合っていても、彼女の根っこの部分を知ることはできなかった。


 「先生って意外と体力ないんだね」


 僕にとって初めての行為は良いものではなかった。だってこの行為は僕に残った最後の信条もすら捨てる行為であったし、何より行為の最中、彼女の胸に血を垂らしてしまった。

 だから申し訳なさと自責の念でいっぱいいっぱいで、何より僕が彼女を異性として愛していた訳ではなかったから行為における全ての工程は一瞬の快楽、つまり瞬間的な現実逃避に至る為の作業でしかなかった。


 「仕方ないだろ、肺が弱ってるんだから…」


 そしてなにより辛かったのはその快楽の後に襲ってくる冷静な俯瞰であった。だって俯瞰的に見ればこの行為は何も産んでいない。だって彼女の身体は徹底的に痛め尽くされた肉体で、子を孕む機能を持っていないんだ。だからこの行為に何一つ意味はない。愛も子も何一つ得ることはないのである。


 「ねぇ、先生はまだ死にたい?」


 「死にたい死にたくないの問題はもうとっくに過ぎてるんだ。僕は死ななくてはならないし、遠くないうちに死ぬ」


 「だからあとは命の使い方なんだ」


 「そこまで言えるのに何で死なないの?」


 彼女の胸元に自分の顔を埋める。さっき血を垂らした所に顔を埋めて、彼女を抱き寄せる。


 「怖いんだ、怖いんだよ。僕は臆病者だ。臆病者なんだ。シャルロが守られることを望んでないと知って、王がシャルロを救済すると知って、つまり自分の人生が何にも意味がなかった事を知って、それで死んでやっと意味が貰えるって気付いて、だから死ぬべきだ。僕はあと10年と生きれないし、3年と生きれるかわからないし、でも嫌なんだ。シャルロとは離れたくない結婚したい。子供だって欲しい。でも俺は生きれない。だからせめて死んで彼女の為にならなくちゃならなくて、でも自殺なんてできなくて、だから殺して欲しくて。

 卑怯者なんだ俺は。他人に頼って自分は何にならなくて。だから君に殺して欲しいんだ終わらせて欲しいんだ全部。そしたら君の心の中に残るだろうからさ。あぁ分かってる最低だ。本当は君じゃなくてシャルロの心に残りたい。でもシャルロを傷付けたくないからシャルロに殺してくれなんて頼めない。だから君に俺の全てを終わらせて欲しい。自分勝手だと思うけど、それが俺の願いなんだ」


 感情の濁流が口から溢れ出した。自分でももう何を言ってるのか分からない。


 「全部言っていいよ。私が全部受け止めるから」


 「…自分勝手だったんだ俺は。本当は親が死んで悲しかった、壊れてしまいそうだった。それを隠して蓋をする為にシャルロを助けるって理由をして、その理由が剥がれて、しかも本人にも否定されてもう嫌なんだ。自分で自分を否定するのも嫌だ。だから心の視座を持ち上げて堪らえようとしたし、他人に強く当たって安心しようとした。だって他人を殴ってる間は自分の痛みに鈍感であれるから。

 それで救世主ぶって君やポールとか貧しい人を助けた。ア=ステラ様だとか先生だとか言われてる間は俺は善き人なんだなって思えて、最低な自分を見ずに済んだから。でもそんなことはいつまでも続かないし、何もしてない間は最低な俺がずっと見えてる。

 最低だ、最低なんだ、俺は…」


 こんなに長く喋ったのは、こんなに長く嘔吐したのは初めてだった。


 「そう、要は先生は空っぽなんだね」


 「空っぽ?」


 「うん。人が行動の指針になる物をいれる箱が空っぽなんだよ」


 「皆何かをしたりする時は神様の為にってやるんだ。自分ではない誰かの為にって」


 「だってそうすれば失敗した時楽で居られるし、何かをやる理由にもなる」


 「誰かの為にって感情が一番強いことは先生が一番分かってるでしょ?」


 「じゃあ、僕はどうすればいいんだ」


 僕を抱き締める力が強くなる。僕はそれに安心感を覚えて、ずっとここにいたいと思ってしまった。


 「愛してなんて言わない」


 「先生は私を理由にして。それが嫌なら皆を理由にすればいい。皆や私は、シャルロさんと違って先生を求める事を辞めない」


 「僕に奴隷になれって言うのか?君や公共の為の奴隷に」


 「うん。そしたら先生はずっと生きる理由に悩まされなくて済む」


 「あと私も先生の奴隷になってあげるよ。抱きたくなったら私を抱いていいし、私を殺してもいいからね」


 「だから先生も私が抱きたくなったら抱かせて欲しいし、私とか皆が助けて欲しいって言ったら助けてよ」


 「それなら死なずに済むし、結果的にシャルロさんの為にもなるじゃん」


 「もう一度抱き締めてくれ、もっと強く。そしたら僕は喜んで公共と、そして君の奴隷になってやる」


 強く抱かれ、彼女の体温と甘松の香油の匂いに包まれる。再びそれに安心を覚え、反射的に抱き返した。

冗長なほうが感情として重いかなって思ったけど、WEB小説でやることではないかも

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