魔法が弱いって誰が言ったんだい?
「この上級治癒魔法ってなんか意味わからないな。」
治癒魔法教本の上級治癒魔法の欄はインチキだらけだ。
特に心臓を治す魔法(nouveau coeur)の説明欄、意味がわからない。なーにがこの魔法は14世紀のマチュ文明において使用された魔法であり、テズカルポカ神への強い信仰が必要だだよ。
意味わかんねーの。
「あーこのへんの説明っていい加減で意味ないよ。」
「えっとね、マチュ文明は心臓って部位に対して理解があったから心臓を治す魔法が使えたんだよ。私だって使えるしね。」
使えるのか!?現代に於いて上級治癒魔法を使えるのは5人くらいしかいないって…
「処刑人の殆どは上級治癒魔法使えるんじゃないかな。私のお父さんも使えるし。」
「教会の一流治癒魔法使いでも使えないのにか?」
彼女はこの台詞を鼻で笑った。
「だってあいつら解剖しないんだもん。」
「小腸が海鼠みたいな感触で心臓がガッチリとした筋肉って感じ、こう言う感覚とこの臓器がどのような役割をして何処と関係があるのかって分からないと。」
まじで勉強って感じだな。でも逆にそれを理解しているだけで使えるのか…
じゃあ一国の軍団の全員が魔法を理解、つまりこの世界の遍く物質が粒でできていると理解し、火薬が急激な燃焼反応を起こして爆発を起こすものと理解すれば?
何処でも撃てる大砲の完成だ。これは世界を征服できるかも知れない。誰も、気付いていないだけで。
「殆どの人は馬鹿だから知らないけど、教会の人に治癒魔法頼むよりも私達とか、なんなら著名な画家さん、最悪死体漁りとかバラシ屋に頼んだほうが身体治るんだよ。」
「じゃあ僕が怪我したら君に治してもらうよ。」
「アンサングの家は基本無償治療だからね。」
彼女の話によるとアンサング家は代々ムッシュ・ド・ソレイユ(ソレイユ処刑人)とテルル・ド・ヴァルサイエーズ(宮廷処刑人)を兼任してきた身に加え、質素倹約を家訓にしてきた。その為金があまりに余っているらしい。
だからアンサングはその余り金の全てを無償医療と医学研究に捻出しているのだ。
「立派な家なんだな。」
「そんなじゃないよ。この家は鞭打ちのときできるだけ後遺症を残さず、最大限の痛みを与える為に医学を学び始めたんだ。」
「君は自分の家を憎んでいるのか?」
「死ぬほどね。」
僕はやりたくなければやらなければいいなんて無責任なことは言わない。今の社会はそれを許さないから。
王の子は王へ、農民の子は農民の子へ、処刑人子は処刑人へ。
それがこの世界の常識なのだ。
「貴方には分からないでしょうけど。」
それ以上僕はなにも言わなかった。
僕の家は貴族であって貴族でなく、親は弁護士ではあるがその後を継げと言われている訳でもない。
僕は無色なのだ。だから彼女の苦しみが理解できない。
「テルール、帰るぞ。」
どうやら向こうの話が終わったようだ。
「ごめんシャルロ、そういうことだからまた会おう(オルヴォワール)」
「うん、さよなら(サリュー)テルール。」
屋敷を出る頃にはもう太陽が山の向こうに帰宅の時間だ。
曇天転じて茜空。斜めの光が目に刺さる。
「テルール、シャルロと話したんだろう。」
「えぇ、良い子でしたよ。」
「彼女が処刑人になる、そう聞いてどうも思ったと聞いている。」
どう、か。ただ酷いことだなと思ったよ。
「悲しすぎます。生まれたところで全て決まるなんて。」
「…やはりだ君は無色だ。」
無職?僕まだ子供なんだけどな。もう無職になると思われているのか?
「何にも染まっていない。」
「君はパンセイズム的でもあるしエイジズム的だ。にも関わらずそのどちらの概念も知らない。」
「アンシャン・レジームもセグリゲーションも知らない。でも君はそれについて確かにおかしいと思っている。」
「異端なんだよ君は。汎ゆるイデオロギーを理解している癖にその全てを肯定しない。」
「透明を観測できないように君はこの世界の誰にも理解されない。故に無色だ。」
「君はアポリアなんだ、全ての人々にとって。」
「だから君はテルール。啓蒙思想家にして扇動家、リヴァイアサンに対する恐怖。」
難しい言葉でこねくり返してもその本質は
お前はこの世界の異端。
王や貴族たちは異端の知識によって世界がひっくり返るのを恐れている。
お前は異端の知識を広めて人々を扇動するから恐怖と名付けた。
ってことだろ。
でもそれはおかしくねぇか?なんで自分の子供がそうなるってわかってたんだよ。
「順序が逆だ。未来でも見てきたのですか?」
「あぁ、見てきた。お前は最初からそうだったが、テルールがテルールでなければそう育てるつもりだった。」
尊敬、してたんだけどな。結局あんたもアンシャン・レジームに囚われているんじゃないか。
「処刑人の子が処刑人になるしか無い世界を壊したいって言っておいてその方法がこれか?旧体制を憎む者の子が旧体制を憎む者になって旧体制を壊す、やってることが旧体制と同じじゃないですか。」
「それがこの世界のルールだからそのルールで戦った。それだけのことだ。」
ロイヤー仕草だな、父さん。
「どうしてそこまでするんです?貴方がそこまでしてもしなくてもやがて時間が…」
「巡るのは季節だ。歴史じゃない。」
前世で他人を馬鹿にする為に学んだ教養、父の前においてその全ては無意味だった。
弁護士に27歳までニートやってた男が口論で勝てる訳が無いのである。
「帰ったら読み聞かせしてあげよう、テルール。必ず君は驚くと思うから。」
「タイトルは何です?」
「J.J.の悪書、持ってるだけで逮捕されるヤバい本さ。」
僕は始めて父の本心からの言葉を聞いた。
父の心の底にあったのはドス黒い旧体制への憎悪だったのだ。
魔法の名前もフランス語です




