みんな、人
今日も今日とて書類にサイン。読むことなく書類にサイン。
怠慢だ、と言う人もいるかもしれないがこれらの書類は私が読む必要が無い書類だ。なにせ私の仕事はこれらの書類に対して形だけの責任を持つことであるから。
こうやって楽な仕事をしている故、王を肥えた豚という人もいる。特に過激なインテリはよくそう言う。
でも現実はどうだろうか。皆には私が太って見えるかな?見えないだろう。だって私はまだ19歳。食えば筋肉に変換される年齢だ。
あぁでも、中年になったら太ってくるかも。でもそれは仕方のないことだろう。だって私が晩餐をお腹いっぱいだなんて言った日にはその日の給仕さんはパリスの下町行きだ。
つまり私が何を言いたいか。
王の一挙手一投足は人を殺すと言いたいんだ。
だからできることならば私は何もしたくない。
と言うわけで今日の業務は終わり。裏で動いてる誰かさんのせいで仕事量自体は少ない。
執務室を出て、長い廊下を歩き、香りの庭へ向かう。
妻に会う、喜ばしい事なのだが、それはそれとして少々の申し訳なさがある。なにせ王が歩くというだけでもこの護衛の数十人には迷惑をかけているのだから。
「マリア!」
ガボゼに座る17歳の少女。膨れた下腹部を、つまり私の子を撫でている。
なんて愛おしい姿なんだ。でも少し寂しい。あのお転婆な我儘娘は消えてしまったんだ。
「あら!殿下、この子さっきからずっと動いてるんですの、きっと元気で丈夫な子になりますわ」
彼女の下に駆け寄り、その膨らんだ下腹部に耳を与える。
ちゃぽちゃぽと、水の音が聞こえた。
薄っすら、心臓の音も聞こえた気がする。
あぁ、私は父親になるのか。18にして玉座に付き、19にして親となる。案外、自分の人生を生きれる時間というのは短かった。それでも、幸せにはなれるんだな。
ふと見上げた彼女の顔。妊娠に伴うストレスで前ほどの可愛さは無い。でも前よりも格段に美しいし、愛らしい。
「そうだ、マリア。前言ってた名前、決めたんだ」
「男の子だったらテレーズ、女の子だったらシャルルにしようかなって」
「収穫と、そして自由ですか。麦の演説を行った殿下らしい名付けですわ」
「あぁ。テレーズの治世が実りのあるものになるように、シャルルの人生がせめて自由に満ちたものであるように」
「でも逆の方がよくありませんこと?だって女の子のシャルルが自由になる、それは女としての人生の意義を捨てることになりましてよ」
女は子を成すための道具にすぎない。それは常識だし、その常識を破った先にあるのは死だけだ。
でも私個人としては自らの子供にそんな生き方をして欲しくないんだ。
「確かにそうかもしれない。しかし、私としては…」
「もうやめにしましょう。産まれてから考えればいいじゃありませんか」
「それよりも服ですわ服。この子の服。パリス一のデザイナーに頼んで事前に作ってもらいませんこと?」
「おぉ!それはいいな!今すぐ依頼をかけよう!」
私はこの時知らなかった。
私の家族愛が私の家族を殺し、ラソレイユ王国を滅ぼしてしまうことを。




