二人の甘い女
「なぜいつも下着なんだ」
高級娼婦ニコラ、サン・レミと共謀しマリア・アントワールを嵌めた女である。
「熱いし、あんたどうせやんないんだからいいでしょ」
もう慣れたとはいえ、僕も男であるから目線が自動的に顔の下に行ってしまう。
「で、今日は何さ」
僕は前来たようにベッドに座る。その時、以前この部屋にはなかった本棚に目がいった。
「あぁオーレン公を嵌める為に簡単な書簡を書いて欲しいって依頼だ」
「前あんたにはたんまり稼がして貰ったからね、リスクヘッジをそっちでやってくれるんだったら協力してあげる」
「いいだろう。それで今日の話は終わりだ」
僕は立ち上がり、本棚を眺める。絵画に関する本が5冊、星教の神学的解釈に関する本が10冊、植物や動物に関する本が20冊、その他文芸40冊。適当に数えてみたが結構な冊数だった。
「あたし一応高級娼婦だからね。教養がないとやってられないのよ」
「だろうな、頭の良い女性は僕も好きだ」
「ねぇ、唐突で申し訳ないんだけどロベスピエールって偽名でしょ」
「なぜそう思った」
「女の勘かな。」
「で、本当の名前はなんていうのさ」
「テルール、テルール=テルミドール・マクシミリアム。それが僕の名前だ」
ロベスピエールでのやらかしがテルールに波及して、結果的にシャルロに被害がいくのは嫌だ。だから普段はそこがつながらぬように使い分けているのだが…まぁ彼女に教えるくらいはいいだろう。高級娼婦の口は硬いだろうし、何より僕は話などつまらないだろう。
「うわ酷い名前、テルールって」
「昔、ある人にもそう言われたよ」
「そりゃそうでしょ、子供に恐怖の熱月なんてつけないよ普通」
「じゃああんただったらなんて名付けるんだよ、テルールもロベスピエールも似合わないっていうならさ」
彼女は顎に手を当てて考える。普段のぶっきらぼうな口調だからなのか、その小さな所作には知性的な魅力を感じる。
そうか、だから普段はあんな荒い口調なのか。こりゃ、こいつに金を払いたくなるわけだ。
「あたしあんたのママじゃないんだけど…」
「付けるなら、イノセン=ノワールとか?」
「イノセントってことか…いやこれも人に付ける名前じゃなくないか」
イノセント、ノワール、つまり無罪と黒、あるいは純真な黒ってところだ。センスで言ったらテルール=テルミドールとなんら変わらない。
「だってあんた自分は潔白ですって顔で人を貶める、純真に悪い人じゃないの」
「僕は潔白だとは思ってないけど」
「なら女の一人でも抱けば?策謀を巡られて王妃様を貶めるよりも遥かに楽ちんじゃんね」
「話が違うだろ」
「いや違わない。だってあんたが私を抱かないのはあんたに大いなる目標があるか、それか心から愛する人がいるからでしょう?」
彼女は紅茶を作りながら僕に言葉の追撃食らわせる。
「ほら、王妃様を貶めるよりも不純とか不貞の方が倫理的に良くないと思ってる」
「それは破綻してるとは思わない?だって王妃様だって女の子なんだよ、あんたは人の人生に泥を塗ったの」
「その上この国を壊しても目標とか愛する人の為なら正しい行為だと思ってる」
「確信犯だよ、まるで。客観視してないくせに客観的に見て結果的に正しい行為をしてると確信してるんだもの」
彼女が差し出したの紅茶を啜る。これから熱くなる夜にとってはちょうどいい冷たさだった。味についてはよくわからない。僕はあまり茶が好きではない。
「黙れ、僕は間違えない」
「やっぱテルールだよ。あんたは。だって怖いし危なっかしいもん」
さっきの自分の顔と声を思い浮かべる。あれは到底人に対して向けるものではなかったな。疲れていたのだろうか、さすがにそろそろ休むべきか。
「ごめん、今日はなんかイライラしてる。帰らせてもらうよ」
「あぁでも最後に教えてくれよ」
「マルセイエーズに行くんだったらあんた何したいよ」
「魚介と、あと今の時期なら海水浴とか」
「そうか、今日はそれが一番聞きたかった」
パリスの街は闇の中に落ちて完全に暗くなる。街灯など無いので、夜目と僅かな月明かりを頼りに慎重に歩く。
パリスの悪臭と共に春終わりのからっとした冷めた空気が肺に入る。悪い空気を吐き出す為に咳をした時、再び袖が血で汚れた。
鋭い痛みに胸を抑え服に皺を作る。
まだ初期の初期とはいえこの痛みか。タイムリミットは思ったより短いかもしれない。
「やっぱりだね、ロベスピエール先生」
「ルナ?趣味が悪いぞ」
彼女は僕の汚れた袖と手をハンカチで拭い綺麗にする。その所作はまるで宝石や装飾品を拭うようであり、不気味さを感じてしまった。
「少し私の家で休憩していきませんか、その様子じゃ家帰るの難しいでしょ」
「いや、少し汚れただけだよ」
月が雲から顔を出し、僕の身体を照らす。吐き出した血は僕が思っていたよりも随分多かったらしく、袖だけでなく服やズボンも汚していた。
「ごめん、やっぱお言葉に甘えさせてもらうよ」
彼女に案内され、彼女の住処に辿り着く。家ではなく、住処だ。
だって彼女が借りているアパートの一室、それはまるで人が住むことを想定していないように思えたからだ。
「ミニマリストなのか?」
「物欲がないだけかな」
棚と上のランタン、ベッドがあるだけの部屋。それが彼女の住処だったのだ。
「ベッド座っちゃって構わないから」
このベッドの硬さにホコリ一つない部屋、生活感がまるで無い
「着替えるから目瞑ってて」
暗闇の中で布が擦れる音が聞こえる。一瞬不埒にも、目を開けてやろうかと嗜虐心が生まれたが、それを殺す。
彼女と関係が拗れるのは嫌だ。今より好かれるのも嫌われるのも望む所ではない。
「開けていいよ」
焦げ茶の少し解れたネグリジェ。あまり仕立ての良い感じはないが、顔が美しいからだろう、あるいはアルビノだからか。まるで物語に出てくるような病弱なお姫様のようだ。
「綺麗だ」
「ありがと、先生」
「お礼にこれ塗ってあげるよ、血なまぐさいままじゃ寝れないでしょ」
棚から取り出された瓶は何ともウッディかつ甘い香りを漂わせている。この植物はなんだろう、落ち着くような、眠くなるような。
「薄めた甘松の香油、私がいつも使ってるやつ」
瓶のオイルを手に塗って広げ、僕の首筋や髪につけた。微かに甘くて、それでいて厳かで、でも眠くなる、彼女の香り。
「好きかも、この香り。あぁでも、眠くなる」
「なら寝たらいいよ。疲れたでしょ」
床で寝るために立ち上がろうとした時、彼女は両手を僕の肩に乗せて静止した。ニコラとの最初の出会いを思い出す。たしか彼女はこのあと僕に迫ったんだっけか。
「ベッドで寝てね。ロベスピエール先生だって患者を床では寝させないでしょ」
「なら君はどうするんだ」
「一緒でいいじゃん」
「安心てよ、私先生を襲おうとか考えてないから」
「こっちのセリフだろうが…」
だめだ、香りのせいでどんどん眠くなる。諦めよう。
「あぁくそ、ごめんルナ。やっぱこのまま寝るよ」
硬いベッドに仰向けになり目を瞑る。なるほど、この香りでならこんな硬いベッドでも寝ることができる。
「私はニコラさんみたいに先生を知る為にエッチな事をしようとは思わないし、シャルロさんみたいに自分を存在理由を問うために迫ったりしないよ」
「だって先生は私を救ってくれた。星教の嘘っぱちの理論に従えば貴方は私にとってア=ステラ様なんだよ」
彼女は神を信じているし実在していると考えている。しかし神の人格の存在を否定している。従って星教の罰と愛を与え人々を救う神を信仰しないということになるのだが、それはそれとして星教の神は救ってれるという理論だけは信じている。
その破綻の果ての結論、それが人を救済する意思こそが神であるという解であった。
そしてその解に当てはめれば彼女にとって僕は神を宿した、神に等しい存在となる。
「相当趣味が悪いぜ、ストーカー」
一つ悪態をついてから僕は眠りに落ちた。
実はこの小説のコンセプトの一つに「論理的な発狂」があります。
なんでこんなコンセプトなのかと言うと最近友
人に勧められてFate/ZEROを見たからですね。
衛宮切嗣の生き方はまさしくそれです。初恋の女の子を殺してしまったから、その贖いとして少数を殺して多数を守る生き方をする。
まさしく論理的な発狂だと思います。




