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タイムリミット


 テルール視点


 パリス北部陸軍兵舎にて。


 私には三つのプランがある。


 一つ。

 オーレン公を上に立てた後に彼を引き摺り降ろす。その後に名誉な革命によってラソレイユを平和的に共和制に移行させるルート


 二つ。

 三部会を開催させて表における影響力を持ち、オーギュスト16世と協調するルート。


 三つ。

 上記プランが破綻、もしくはタイムリミットに間に合わないと確定した時の為の保険のプラン。

 全てを破壊して問題解決を図るルート。


 今やっているのは三つ目の為の準備である。本当はやりたくはないが、万が一他のプランが"僕のタイムリミット"間に合わなかった時のために進めなくてはならない。


 「で、これについて軍人としての君の意見を聞きたい」


 コルテ語も大分まともに話せるようになった。それは多分、目の前にいるブオナパルテ・ナポレオーネが一番感じているはずだ。


 「こりゃ、確かに戦争を変えるでしょうね」


 「足の速さこそ力ですからね、実現されれば現時点での最強の戦術になります」


 「だが学者動員という言葉はあまりに愚か過ぎる。だからこれを軍事教育に盛り込めたらなと思っているのだが」


 「部分的には可能でしょう。砲兵教育に組み込めるやもしれません」


 「そうか、ならこちらでも呼びかけてみよう」


 さてプランCはこの辺でいいだろう。次は諸調整の予定があるため高等法院に向かわねばならぬ為、兵舎から出て辻馬車を捕まえる。


 「高等法院、いやその近くの教会まで頼む」


 ナポレオーネが話の早い男であった為、予定外の空白が出来てしまった。せっかくなので高等法院の近場の穴場で余暇を潰そう。

 しばらく馬は走りて、太陽が沈み始める頃には教会についていた。そう、あの石造りの古臭い教会だ。

 扉を開け、そして十字架からみて5番目にある長椅子の一番角に座る。

 そして鞄の中から一冊の本を取り出す。

 さて、今日読む本のタイトルは呆福。内容としては神の使者が現れて、そして去ってから20年後を描く作品だ。込められたテーマとしては…


 「ゲホッ…」


 最悪だ。吐いた血が本を汚しやがった。一日に二回程度とはいえ、こう咳き込んで血を見るというのも辛いものだ。


 「大丈夫ですかな?」


 本と掌の血から目線を逸らすとそこにはヨボヨボの老人が居た。


 「ご心配なさらず、ただ持病ですから」


 おそらく肺結核、それさえなければ保険プランCなど必要無かったんだ。


 「その本…呆福ですかな。幸福な無知人達が神の善悪を知ることで己が不幸だと知ってしまう」


 驚いたな、司祭の口から出る言葉じゃない。だって呆福は聖審問会とか露悪者と同じ人が執筆した本だ。だから星教会ではタブーもタブーなはずなんだが。


 「珍しいですね、お読みになられたのですか?」


 「いえ、私がその本の著者ですので」


 「なっ…えぇ?ラスアジィンニコフ氏?」


 「はい、私がそのラスアジィンニコフで御座います」


 「なぜラソレイユに?」


 「流れですよ、流れ。なるようになった結果この教会に落ち着きました」


 「凄い経歴をお持ちで…しかし星教の教会なのに星教を嘲る人がここにいらすのは如何なものかと」


 「ご心配なさらず、この教会に来るのは食いっぱぐれの乞食と貴方と国王陛下だけでございます故」


 国王陛下だと?本当だとしたらここ最近で一番の驚きだし、嘘だとしたら無警戒過ぎる。


 「…国王陛下とはどのような御方でありましたか?その、印象というか、なんというか」


 「実直な男ですよ。暗君にも明君にもなり得るような危うい人でもあります」


 危うい、か。そうなるとプランBも危うくなるな。プランAの方を優先するべきか?


 「毎月28日、坊やはこの教会にいらっしゃいます。もし宜しければ私がご紹介致しましょうか?」


 「願ってもない申し出ですが…どうして貴方は私に良くして頂けるのですか?」


 「なぜでしょうか、貴方が憐れだったからでしょうか?」


 憐れ?僕が?僕のどこが憐れなんだ?


 「神と人を罵り嘲るような創作をするような貴方に憐れまれるなんて気分が悪い」


 「病による焦りか他の要因か、余裕が無いのでしょう、貴方は。だからそうすぐに攻撃的になってしまう。そこが憐れなのです」


 「じゃあせめて教えてください。ここのセリフ、なんて書いたんですか」


 自分の血で汚れてしまったページを老人に見せつける。


 「人を呪わば穴二つ。遠く東洋の島国から由来した言葉ですね」


 「そうですか、ありがとうございます」


 立ち上がり、教会を去ろうとしたその時、老人は僕の目の前で十字を切った。


 「主と人と星の名において、貴方に祝福がありますように」


 なにが祝福だ。あんたは露悪者において"神は君臨するだけで祝福せず"と書いたではないか。


 「えぇ、ありがとうございます」


 教会を出て、歩いて高等法院に向かう。別に言い負かされたから逃げた訳では無い。何よりあのまま理論展開したら僕が勝っていたはずだ。

 ただ今は時間が惜しい。僕のタイムリミットは刻々と迫っているのかもしれない。三つ目のプランが現実味を帯びてきた。


 高等法院の門を抜け、テミス像の前を通り、第三控室に向かう。


 「失礼します」



ラスアジィンニコフに関してはここから先にこの人視点でちょっと掘ろうと思います。

この人もこの人で割と悪意の人なので面白いと思います

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