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老師ラスアジィンニコフ


 1787年 5月12日


 ヴァルサイエーズの一室、国王書斎にて。

 母親譲りの金髪碧眼を持つ若き王は柔らかい椅子に深く座り自らの思考に深く潜っていた。


 オーギュスト視点


 私はラソレイユという国が嫌いだ。本当はアルビオンの鍛冶職人の子供として産まれたかったと思っている。

 ではなぜ私が王たらんとするのか。それは偏に私の弱さ故である。

 私には全ての投げ出す勇気がなかったし、オーレン公という人間が王位に就く事を許せる程無関心では居られなかったんだ。

 だからこうして私は王として仕事を全うする。いや、全うするべきなのだ。


 だが一つ、致命的で徹底的な問題がある。財務省と法務省が敵の手にあるという点である。

 これでは立法もできず政策も進まずだ。本当になぜこうなってしまったのか。

 オーレン公は警戒されていて動けるはずは無かった。省庁も王権の下に跪いていた。にも関わらず二つの省庁が王権を離れ、果てには経済省までもが私を敵とみなさんとしている。


 この仕組みを組んだ奴は本当に悪魔のような天才である。きっと圧倒的なカリスマと知能を持ちながら、全てを破壊せんという覚悟を持った奴なのだろう。

 あぁクソ、不快だ。なんで私の代になってそんな面倒くさい奴がでてくるんだよ。


 だがうだうだしても仕方ない。今できることを纏めよう。


 まず一つ、オーレン公と手を組む。これはあり得ない。


 では二つ、省庁の影響力外の独立勢力、国軍と手を組む。これもあり得ない。金が無いのに軍人と握手なぞできるか。


 次に三つ、三部会を開きゲームチェンジする。これはあくまで最終主題だな。


 ならば四つ、裏で操ってる奴を特定し、説得するか拘束する。


 最後に五つ、全てを無視して王令を布告する。

 一番あり得ない。私には全てが正しいと確信する勇気が無い。


 四つめだな。だがどうやって特定する?餌を撒いて食いついてくるようなことはないんだぞ。

 いや、まて。存外餌を撒いて食いつく相手かもしれん。


 なにも私が考案した法案と政策の全てが無碍にされた訳では無い。体感一割は施行されている。


 ここ一年を思い出せ、通った法案と政策は何だった?


 教会補助金の減額、近衛兵の人員削減、ヴァルサイエーズの工事終了、新造艦建造一時停止、小作人法の改正、正義の柱による斬首の一律化。


 では次に却下された政策は?


 身分一律税、ギルドの完全廃止、地租単税の導入、国内交易の自由化、奴隷市の国営化、地主法の改正、その他諸々。


 一見、オーレン公が気に入った政策だけを選んでいるように見えるが、対外拡張を狙っているオーレン公は海軍力を落とそうなどと思わない。

 ならオーレン公を除けば誰になる?貴族か?いや貴族ならば小作人法の改正に反対するはずだ。

 ならば陸軍か?いや、陸軍の長は大領地を持つ貴族、国内交易よ自由化で関税が無くなり、自領地の生産物を保護できなくなるのは避けたいはず。

 ならば誰だ?領地を持たない貴族、となると法服貴族になるが、高等法院の法服貴族は地主法の改正には反対しない。

 法服貴族でなくて領地を持たない貴族…処刑人?


 いやまさか、アンサングが政治に関わるなんてことはあり得るのか?だって当代のムッシュ・ド・ソレイユ兼テルル・ド・ヴァルサイエーズはシャルロ・アンリ・アンサングだ。敬虔でよい人である彼女に政治をやれるとは思えない。

 ならばなんだ、彼女でないのなら彼女に近しい処刑人か?だがアンサングの親戚如きが政治的影響力を持てるわけがない。だってムッシュ・ド・ソレイユにすら届き得ない奴らだぞ。

 ならば奴か?サン=ベルナール・ロベスピエール、つまりテルール=テルミドール・マクシミリアムとかいう奴か?

 そうだとしたら嫌だな。だってテルールはほぼ平民の出だ。にも関わらず貴族社会の中心に介入して王権の封じ込めを果たした。そんな怪物を敵にした時点でもう詰んでいる気がする。


 彼を黒幕だと仮定したら、私に残された手は怪物を説得する他ないだろうな。

 でもどうやって彼を説得する?彼は何を望んでいる?


 考えても仕方がない、私はあまりに彼を知らなすぎる。

 知っていることとすれば彼の、ロベスピエールとしての功績と戴冠式のあの言葉だけだ。


 だから彼を知ろう。彼が食いつきそうな餌を撒くんだ。そう例えば…死刑における残虐刑の禁止、とかどうだろう。

 傾向的にこれは通る筈だ。そしてこれが通ったら呼び出そう、理由はそうだな、平民救済の星として勲章をとかでいいんじゃないか。


 さて、今後の目処が立った所で書類仕事をしなければならないのだが、この量なら夜の部で終わるだろう。だから少し、私のやりたいことをやろうか。


 「すまない、馬車を出してくれ」


 部下に馬車を用意させ、ヴァルサイエーズからパリスに下る。そして目指す場所は高等法院、ではなくその近場にある小さな教会だ。


 人払いをさせて一人で教会に入る。

 そして石の十字架から5番目の長椅子の角に座った。

 石積みの壁と暗い黒松の床。この教会の歴史は長く、遡ればオーギュスト3世時代まで遡れる。

 さて、私は何もここに祈りに来たわけではない。ある人会いに来たのだ。


 「これは、これはら国王陛下」


 長い髭を携えた、今にも枯れそうな声の老人。腰は曲がり、左眼は眼瞼下垂により光を見ず、垂れ下がるしわくちゃの肌は今にも剥がれてしまえそうである。

 されど彼は己の足で立っている。齢87にして己の足で立っているのだ。


 「辞めてくださいよ、老師様」


 彼の中はラスアジィンニコフ。星教でありながら星教を批判する書籍、聖審問会を執筆しルーシーを追放され、ラソレイユに流れ着いた異色の経歴を持っている。


 「いつものように坊やと、それかオーギュストとお呼びください」


 「では坊や今日はどうなさったのです?」


 「私は王となりて一年が経ちました。しかし何も成せていません。徒然に時間を浪費しただけでございます」


 「私には敵が多すぎる。政治的な理由で私を憎む人、或いは悪意を持って私を憎む人」


 「私はどうすればいいのでしょうか、悪意を持つ人に対して、私はどうすれば」


 老人は私の隣に座り、一度十字架を眺めてから私の顔を見上げる。


 「悪意を持つ人が浅ましいのであれば、愛を持って接しなさい。悪意を持つ人が賢いのならば、悪意を偽って接しなさい。彼らはいずれ貴方の愛に気付きますから」


 「まるで恋愛の教科書のようですね」


 「当然でしょう、この世には快と不快と愛しかないのですから」


 老師からの教えは私の仕事には何一つ役立たない。

 されど、私にとって老師は聖人だ。彼と話いる間でだけ、私は国王ではなく人で居られる。

後書き何書くか分からんくて日記にしてるんですけど、ここ本来何書く所なんすか?

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