初恋、処刑人の家
朝霜が消えた時、僕と父は家を出る。
「いつか来るとは思っていた。」
今日の三日月は朝帰り。曇り空の穴を残月は未だに飛んでいる。
「息子にテルールなんて名付けた事がバレて悲しいんですか?僕は気にしてませんけど、ね。」
「悲しい?なわけないだろ。」
「私は息子が自分の背中に収まらなくなる日が来て嬉しいと言ったんだ。」
父はいつもこう言う表現する。それについて僕が何かを思うというわけではないが、正直自分の気持ちくらい素直に伝えたらどうだとは思う。
「すくすくと育ってくれて嬉しいよってくらい普通に言って欲しいものです。」
「お前が"妙に大人びた子供"だからこうやって婉曲な表現をしてるんだ。」
「自分の子に舐められる親なんて最悪だからな。」
僕は親になったことがないし、妹や弟がいたわけでもない。
だから父の気持ちなんて一欠片も理解できないし、理解できると驕る気すらない。
でも父には結構な心労を掛けているだろうな。本当に申し訳なく思う。
「僕はお父さんを尊敬していますよ。親としても人としても。」
「恥ずかしげも無くよく言うぜ」
隣を歩く父の背中は狭いが、僕がどんなに成長しても父の背は高いままなんだろう。
「この屋敷だ。」
曇天の空にカラスが二羽。手入れのなされた庭に黒い屋敷。
貴族の家なんだろうがあまりにも異様だった。
「一度会っただろう?バチスト・ジョン・アンサングの屋敷だ。」
あの人、男の俺からしても見惚れるくらい美形なのだが如何せん纏っている雰囲気が恐ろしい。
「何も恐れることはないよ、テルール。」
庭を抜け、屋敷の戸を叩く。
扉にはアンサング家の紋章、壊れた鐘と2匹の犬が刻まれている。
扉が開けられる。中から出てきたのは2mを超す大男。死神、バチスト・ジョン・アンサングである。
「相変わらず時間ぴったりだな、ロベス。それとテルール君か。」
バチストの身長が高すぎる為、目線がかなり上にあがってしまった。そのせいでバチストの隣にいたシャルロ・アンリ・アンサングに気付かなかった。
「こんにちは、バチスト様、シャルロ様。」
右手を回して頭を下げる。貴族に対する挨拶だ。
「本当にしっかりとしているな。シャルロ、挨拶なさい。」
「こんにちは、ムシューロベス、ムシューテルール。」
完璧な所作、僕とは生まれ持った気品が違うのだろうか。
「バチスト、結論はでてるのか?」
「あぁ、結論はだした。上がれよ。」
屋敷の中は外と打って変わってよく手入れされていた。
本当に貴族の家である。
「バチスト、お前の屋敷はお貴族様にしちゃ質素だよなほんとに。」
「羊皮紙一枚の貴族がなに言ってるんだか。」
僕の家は貴族らしいが、凋落し過ぎて僕の家を貴族と証明できるものは羊皮紙一枚の貴族証明書しかないのだ。
「ヴァルサイエーズと比べてくれるなよ、あそこは格別だからな。」
長い廊下を歩き、客間の前に着く。
「シャルロ、テルール君と庭か図書室で遊んできなさい。」
「私達は大人の話をするから。」
なら最初からここまで歩かせるなよ。
二人の大人は扉の向こうに消えて、子供2人だけが残された。
「何の話をしてるんだろうな。シャルロは分かるか?」
「お父様は確か、死刑制度の改正案について具体的に話し会おうだとか言ってたね。」
「というと?」
「第一身分と第二身分は死刑になる時は必ず斬首刑なんだけど、第三身分は絞首刑とか車裂きなんだ。」
「それをどれかに統一しようって話だね。」
「でどれになるんだ?」
「絞首刑になるんじゃないかな、楽だし。」
絞首刑が一番楽だから絞首刑になる、か。
てっきり斬首刑になるかなとは思っていたから意外だ。
「斬首刑じゃいけないのか?」
「…斬首刑のこと何もわかってないね。ちょっと図書館いこうか。」
再び長い廊下を歩いて図書室に辿り着く。
図書室はまるで大学の図書館のようだった。汎ゆるジャンルの本が配架されておりさながら本の王国。彼女はその中の一冊を迷いなくとって俺に見せた。
「解剖学か。」
表紙はウィトルウィウス的人体図。タイトルは人間解体図。
「そう、これちゃんと憶えると中級治癒魔法を使えるようになるからね。」
人体をきちんと理解した結果使えるのが止血するのが関の山の魔法。
この世界の魔法は本当に夢がない。
「斬首刑だっけか。ここ見てほしいんだけど。」
彼女が開いたのは首に関するページだ。
「ここわかる?」
彼女の白い指はC1、つまり第一頚椎を指差している。
「首の骨にはこの第一頚椎と第二頸椎の間にだけ隙間があるの。」
「斬首刑を成功させるにはこの数ミリの隙間、アトラスの足を砕かなきゃならない。」
たしかにこんな小さい所に剣をいれるのは難しいな。加えて罪人の首は震えで動いているしな。
「色々難しいこと言ったけど、つまりは…」
彼女は俺の後ろに周り僕にこう告げる。
「私は貴方の最期に於いて一切の苦しみを与えないと誓いましょう。ですから跪き、首を差し出してください。」
その囁きに僕は死が見えた。自分が処刑台に立っているように思えたんだ。
僕は自然と跪き、彼女に僕の最期を託していた。
彼女は手刀を掲げて、その手刀を振り下ろす。
冷たい手刀が僕のアトラスの足は砕かれた。砕かれたように感じたのだ。
「どう?わかってくれた?」
これが死神の魔法、いや魅力だろう。
僕は首を抑えながら立ち上がる。
「こりゃ、難しいな…」
「その点絞首刑はほら縄で括って体重をかけるだけだから。」
「…やったことがあるのか?」
不躾な質問だったと思う。本当に反省しなければならない。
「貴方さ、相当趣味が悪いよ。」
彼女の両手が僕の首に触れる。とても冷たくて、でもなぜか心地良い。
「アリアナ夫人は私の処女処刑だった。罪状は実子殺し。」
2つの親指が僕の成長過程の喉仏を押し潰した。
気道が狭まり、呼吸が苦しくなる。
「縄で括るまではよかったんだけど、私の体重が軽すぎて酸欠で気絶しては起きてまた気絶を繰り返してさ、苦しんで死んだよ、私のせいで。」
僕はなぜかそのなかで確かな興奮を覚えた。これは死への恐怖を脳が勘違いしたせいだ。絶対そうだ、そうなはずだ。決してこの行為自体に興奮しているわけじゃない、そんな訳が無い筈なんだ。
「あ…あぁ…っはぁ!」
絶え絶えになった息を整える。
「処刑人の関係者ってね、街中を歩くと石とか糞尿を投げられるんだよ。だから処刑人の娘だからってそうやって理不尽にしてくる人は嫌い。」
「何も知らないで情け面してくる奴はもっと嫌い。」
独りよがりだな、僕は…
「だからこの話は終わり。魔法の話のほうが楽しいからさ。」
彼女はいくつかの魔法の本を机に置きながらそう言った。
そしてその本の中には世界を変える"気付き"があったのだ
斬首の難易度は本当に高く、打ち損じも多くありました




