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誕生日プレゼント


 屋敷から少し離れた場所にはある村がある。年々の不作によって寂れて廃村になってしまった村だ。そんな村の小高い丘、ムラオカ。僕らは燦々と煌めく太陽の下、寝っ転がって"何もしていない"をやっていた。


 「誕生日なのに何もしないってなんか不思議な気分だよな」


 もう7年も前になるか、幼き日に寝っ転がったこの場所も少し狭いと感じてしまう。


 「いいじゃん、普段忙しいんだからさ」


 隣で寝っ転がっている彼女の口には僅かな輝き。あの辰砂の高級口紅、僕と外に出る時はいつもしてるんだな。あの時マリア・アントワールに言われてやっと意識できるようになった。


 「そうだな。最近はもっぱら稼働しっぱなしだったしな、お互い」


 近年の不作に伴い強盗や殺人などの凶悪犯が増加したせいで処刑の回数そのものが増えてた。それによって準備を行う僕も処刑を行う彼女の疲労も限界に達していたのである。

 なにより他の諸々の調整もあったしね。


 「そうだね。私も地方回んなきゃならなかったし」


 「正義の柱と、あと残虐刑の禁止ね」


 「うん。どっちもこのままいけば実行に移せそうだから各地の処刑人に説明にいかないとならなかったの」


 「別にパリスに集めりゃよかったのに」


 「それだと旅費が不公平でしょ。こっちから出向かなきゃ」


 「それに向こうの稼ぎでこっち越させるのは可哀想でしょ」


 処刑人は稼げない。首領ドンである僕らすらギリギリなんだ。地方の処刑人は稼げない通り越してもはやボランティアである。


 「それもそうか」


 「ねぇ、今日で17だよね」


 「そうだな、不思議な感覚だよ。17年も生きたんだなって感じだ」

 

 「ねぇ、結婚しないの?」


 目的を達するまで婚姻などしない。でもそれはそれとして人を愛して子を成して、そして老後には孫を愛でて死ぬ、それはとても幸せなことだと思っている。でも不器用な僕にはそれができないだろう。


 「僕にはまだやりたい事もやるべき事も沢山残ってる」


 「それが幸せを諦める理由にはならないと思うけど」


 「それは、君だってそうじゃないか。君は結婚しないのか?」


 「私?私か、そうだね。私もあと一ヶ月で18だしね」


 「頼み込んで婿でも貰わないとかな」


 「それは嫌だ」


 自分の口からでた言葉に驚いた。だって彼女が幸せならそこに自分がいなくてもいいと思っていたはずだ。なによりそれが本当に好きってことで、正しく好きってことだと分かってる。なのに僕は僕の知らない奴の隣で幸せになっている彼女を想像した時心底嫌な気持ちになったんだ。


 「アハハハッ!」


 僕が自責を引き裂いたのは彼女の笑い声だった


 「卑怯だね、そこまで言えるのにどうして私の気持ちも察せないの」


 「分かってる。君はこの国の、星教の義務として、あるいは世間体として…」


 「機械的過ぎるよ」


 「テルール、貴方が私のことを大好きなのはさ、自分を徹底的に罰してくれる存在だからなんじゃないの?」


 「そんなことはない、断じて」


 「じゃあ私の好きな食べ物言える?好きな花は?好きな曲は?好きな本は?」


 僕の息が止まった。僕は彼女について何も知らなかったのだ。


 「君は教えてくれなかったじゃないか」


 「だって教えてって言ってくれなかったじゃん」


 「ねぇ、本当に私のこと好きなの?」

 

 彼女の瞳が濡れている。泣かせてしまったのか、僕は。


 「あぁ、勿論」


 「じゃあ抱いてよ。私をこの場所で」


 抱く?シャルロを?僕が抱くのか。この場所で?処刑人から解放してと言ってくれたこの場所で僕が彼女を抱くのか?


 「後悔するなよ」


 彼女の上に覆いかぶさり、その華奢な手を恋人繋に握る。


 「じゃあ早くキスしてみなよ」


 3時の太陽が地に降り注ぎ、辰砂の口紅がと白い肌が輝きを増す。

 心臓がこんなに早く動いたことかつてあっただろうか。


 「急かさないでくれ」


 どうしてだ、どうしてキスもできないんだ。テルール、目の前にいるのは一緒に風呂に入ったこともある女だぞ。


 「クソ…なんでだ」


 自分の唇を彼女の唇に近づけた。目を瞑っているからだろう、明確にお互いの吐息が混じり合っているのがわかる。

 息を止めて、唇を重ね合わそうとしたその時、そこには高い壁があった。それに僕は尻込みして、後退りしてしまった


 「やっぱそうだよね。だって私の裸を知っていても貴方は私の本心を知らないもの」


 「貴方は清廉潔白な人だから知らない人なんて抱けないよね」


 「僕は男だぞ、その本能に従えば俺だって…!」


 あぁクソ!情けねぇな、テルール。情欲を嫌ってるくせに情欲に頼るのか?


 「無理だよ、貴方には絶対にそれができない」


 「何故言い切れる。君は僕じゃない、ましてや男じゃないだろ」


 「だって私は貴方のこと何でも知ってるから」


 以前より僕には彼女を抱く権利も愛す権利も無いと自覚していた。でもいざそれを現実として目の当たりしてしまうとなると中々に酷なものである。だからもう僕は動けなかった


 「俺はどうすればよかったんだ」


 「私のことを理解して、他人に自罰を求めないで」


 「最初は私からあげるからさ」


 彼女は唇を近付け、僕の唇に接吻をする。だがその時、僕の右手が反射的に動いて、その接吻を拒んだ。


 「ち、違うんだこれは。なんか勝手に…」


 「そう、やっぱりそうなんだ」


 「意気地無しで甲斐性無しなだけで本当は優しい人だと思ったけど、思い違いみたいだったね」


 「違う!俺は!」


 「どいて」


 その一言は恐ろしく冷たかった。彼女は僕を明確に拒絶したんだ。


 「損得でしか人を見れないなら政治か商売でもやってたら?」


 彼女の背中は途方も無く遠かった。


 「まってくれ!俺は誰の…」


 誰のせいで、そう言いかけた。

 あぁ、腐ってるな僕は。だって誰のせいでなんて言ったら、僕の中での彼女の存在は罰を与えてくれるだけの自傷装置になってしまう。そしたら、終わってしまう。この長い関係も僕が生きる理由も。


 「シャルロ!待ってくれ!」 


 去りゆく彼女を僕は追いかけた。彼女の足音は僕が近づくほど大きくなる。


 「ついてこないでよ」


 肩をつかんだ時、その泣き腫らした顔が顕になる。彼女の幸せを願って色々とやってきた結果がこれか。僕は人一人すら慮れず、不幸を振りまくだけだったのか。


 「8月26日、君の誕生日。パリスに行こう。証明してみせる」


 「…わかった」


 小さく力なく呟いた後、彼女は去っていた。

 残された僕はただ立ち尽くして小さくなるその背中を眺めている。

 自分に失望するなんて日常茶飯事だが、これほど己の不甲斐なさを憎んだ日は無い。


 「燃えよ(Feu)」


 掌サイズの石を握り、火の魔法で燃やす。


 「人は草、栄は花」


 「息吹の前にて等しく枯れ、雨の前にて等しく咲く」


 「燦々として燃えよ(Fleurs inutiles)」


 その滾る砲弾のかつての家に、僕の生まれた家に投げた。

 砲弾は美しい放物線を描き、庭に着弾する。爆炎と噴煙を撒き散らし、鈍く大きな音でこの寂寥を破壊する。

 やがて炎は廃屋の木材に焼け移り、その家の全てを火葬した。


 全てが燃えて消えてしまった時、自分の肺に微かな違和感があったことを自覚する。

 全ての汚濁と不愉快を吐き出すように大きく咳をする。


 「なっ…」


 口元を覆った手に僅かに血があった

 


 

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