聖審問会
「その顔、了承と受け取らせて貰うよ」
「構いません。しかし貴方と僕の"最終到達点"が違うということは留意していただきたい」
「そうだな。でも君はそれについて話そうとはしないだろう。こんなものを用意しておいた」
「こんなもの、とは?」
「コメディ・ソレイユズが演じる聖審問会」
聖審問会、か。初版の書籍の方は地の文が明確な星教批判と反去勢主義を説いているんだが、演劇版となると別だな。地の文がない分解釈が大きく別れる難解な話となってしまう。
「そりゃ、いいですね」
舞台に灯りが付き演目が始まる。
「時は星歴1317年、ユーロを大飢饉が襲った」
物語の案内人たるナレーターは世界を理解するに必要な前提を語る。
「にも関わらずアナトリウス公王は酒池肉林に耽っていたのである」
まぁこんなもんだろう。更に加えるとすればこの飢饉がユーロの人口15%を死に至らしめた大飢饉であることくらいか。
さて、幕が開く頃か。
「注げ!」
全体覆う青のマントを纏い、女を侍らせ酒を浴びる男。この男こそがこの物語の主人公アナトリウス公王である。
「公王様!城の外では民衆が飢え苦しんでいる!にも関わらずなぜ!」
老人の声。書籍だとこの国の食料大臣って設定だった男だ。
「なぜ?逆に問う、どうしてそれが余の欲を捨てる理由となろうか?」
分からんでもない。結局苦しんでいるのは他人であり、それに釣られて自らまで苦しむ必要はない。
「ならせめて民にお慈悲を!」
「雀の涙を配って喉を潤せるものか」
王の慈悲は有限であり、全ての民に分配することはできない。かといって民を選べば、今度は民と民の間に亀裂が産まれる。そして争いとなるのだ。
「ではせめてご命令ください!我が国が野蛮となれるご命令を!」
「くだらん!去ね!」
王は思慮深くで慈悲深い人間だった。故に王は王の器ではなかったのだ。
「あぁくだらん、全てがくだらん」
去ろうとする老人の足が止まった。そして老人は懐より短刀を取り出し、叫んだ。
「お覚悟なされ!!公王陛下!!!」
侍る女も彼を守護する衛兵も誰も王を守らなかった。
王は全てに失望していたと同時に、全てに失望されていた。
「い、医者を呼べ!」
それがアナトリウス公王の最後の言葉だった。
ここで一旦幕を閉じる。書籍の方だとここからこの国の転落が描かれるのだが、蛇足と判断したんだろうな、演目ではここから聖審問に入る。
「ここはどこだ?」
ただ、黒いだけの空間。そこにいたのは王と、そして星教の預言者ア=ステラであった。
「公王アナトリウス、ユーゲン・フォン・ハインケル・バルトラ=スザンナ・アナトリウス、汝に審判を」
「汝は隣人を愛せず女と酒に溺れ欲の限りを尽くし…」
「まて!ア=ステラよ、まるで余が罪人のようではないか?」
「汝堕落の罪人なり。人を愛せず、神に背き、色欲の内に溺死せし者である」
その言葉に王は大笑いした。
「余が!?余が罪人か!?」
「然り、汝色欲と怠惰の罪人なり」
「なら貴様はどうなのだ。なぜ民が飢え苦しむ時に来てくれなんだ、なぜ助けもしない癖に希望をお与えになられたのだ。お前とて怠惰だろう!貴様とて色欲者であろう!どうして罪深い女を許しのだ!」
「あぁ神よ!我を裁くというのならば、このペテン師をも裁くべきであろう!」
その時、暗黒の中に光あった。それは、神であった。
「あぁ神よ!そこにいらしたのか!!では余と共にこの男も裁くのだ!」
神は語る
「不可なり。我は全ての人間に自由意志を与えた。故に、その罪も苦しみも自由なり」
「自由!?自由だと!?食に縛られ人に縛られ、それで自由だと!?」
「然り、即ち世界なり」
「ならばこの男はどうなのだ!」
「預言者は救い導く者。与えるものではない」
「あぁそうか、最初から貴様らは…あぁクソ、貴様らなぞ最初からいなければ…」
ア=ステラは語る。
「神がおられなくては、全ての罪が許される」
「自らが道徳と驕るのか?」
「神こそが道徳であり、善なり」
王は嘯いた。
「ならば自由などいらなかった。お前が土をパンにすれば、お前が川をワインに変えれば、自由なんて無くとも人間は幸せだった」
王は地獄に落ち、そして幕は閉じる
これが聖審問会の全容である。書籍においてはこの後、地獄の描写がなされ現世でもあの世でも試練と言いながら苦しみを与える神というの存在はさながら悪魔であると続くのだが、演劇ではそれがない分星教的な正しさを強調して解釈したり、はたまた色欲や怠惰の罪深さを説く為に使われたりする。
「制作資金不足が原因で描写不足になってしまい、結果的に難解になった作品を手放しに褒め称える気はありませんよ」
そう、何故この物語がこんなに難解なのか。それは当時の劇団が脚本家に報酬として提示した金額があまりに僅かだったせいである。それで脚本家は憤慨し、中途半端な脚本を描いた。その結果がこれである。
「そうだろうな、でも私が聞きたいのはそこじゃない。私は君に感想ではなく解釈を聞いている」
「…王は罪人です。怠惰であり、不埒であり、傲慢でありました」
「それは星教的尺度によるものか?それとも君の尺度によるものか?」
「僕の尺度によるものです。彼は己が死すと、国が滅ぶと分かっていても王たる責務を果たすべきでした」
「神はそれを許さないだろう」
「ならば男は神になるべきでした。神であれば全てが許されるのですから」
オーレン公は僕の答えに満足したようで、そうかそうかと笑っている。
「傲慢だが、面白い答えだな」
「君は神という存在に対して人格を求めていない。一種の基準として神をみている。神という言葉を物差しと同義に置いているんだ」
「オーレン公、貴方の解釈をお聞きしても?」
彼は顎に手をあてて、目を瞑る。
「王は罪人ではない。なぜなら王は王たる時点で神の代理人だからな」
王権神授的思考だ。僕には1ミリ足りともわからない。
「では酒池肉林に耽けて放蕩することも悪ではないと?」
「あぁ、悪ではない。故に何者も彼を裁けない」
「同じく王たる資格を持つ者以外はな」
要は自分のことだな。オーレン公は王位継承権第二位の地位を持っている。つまりこの国においてただ一人、オーギュスト王太子を玉座から引きずり下ろす権利を持っていると言いたい訳だ。
「そうですか、なら僕らは協力者にはなれど盟友にはなれませんね」
「そうだな。過程は一致しているが、目的が大きく異なっている」
僕は席を立ち上がり、劇場から、パリス・ロイヤルから去った。
演劇版聖審問会は難しいと言われている作品を鑑賞することで通振りたい人がよく見る作品って設定もあります。
いつか全文を書いてみたいです




