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春夏秋冬の窃盗犯


 

 この村には小高い丘がある。僕はそこをムラオカと呼んでいる。

 ともかく僕は家にあった魔導書とやらを持ち出した。

 そう、魔法の練習だ。

 家でやってもいいが、魔法の詠唱なんて小っ恥ずかしいし。


 「燃えよ(feu)」


 指先から火はでない。当然だ、だって口に出して言っただけだしな。

 だが俺に問題があるわけでは無いはずだ。

 なーにが神を信じて火と念じれば魔法が使えるだ。

 最初の頁で"魔法とは科学である"って描いてる癖によ。


 「…もしかして」


 火の原理の理解というプロセスを信仰に任せている?


 火は酸素と熱源と可燃物という燃焼の三元素があって始めて生まれるもの。

 それを心に留めて唱えよう。


 「燃えよ(feu)」


 10センチほどの小さな火球が生まれ、直ぐに消えた。

 これが火の魔法か。だが魔導書の内容と異なっている。この魔法はごく僅かな、それこそ火種にしかならない火を起こす魔法だ。

 才能?いや違う。


 "魔法はその魔法に対する理解度と威力が比例する?"


 過程を確信に変える為に魔導書の理論部分を読み漁る。


 あった!


 "賢き者の魔法は砲弾1発と同威力である。故に優れた魔法使いを賢者と呼ぶのだ。"


 砲弾1発。砲弾1発、ですか。

 人にもてる力ではないとは思うが、その道に何千時間を費やしても砲弾1発か。こう村とか国とかを吹き飛ばすヤバい威力ってわけじゃないのね。

 最強魔法無双なんてものは本当に無いんだな。


 だが文句を言うのはお門違いだな。むしろ超科学文明現代日本に住んでたんだから魔法の仕組みは僕にドンピシャだろうが。

 大学は文系とは言えど一応高校のコース選択は理系だ。化学も科学も割と頑張ってやったんだぞ。


 「誰だ?」


 近づく人の気配に僕は咄嗟に言葉を吐いた。

 そこに居たのは黒装束を纏ったシャルロ・アンリ・アンサングであった。


 「君はシャルロ、だっけか」


 あぁ、本当に美しい。小さな顔に長い髪、百合の花弁のように白い肌。女は花と似るというが、彼女こそまさしく解語の花である。


 「うん。」


 こんなにもアルストロメリア、艶やかで鮮やかな春の花があるとは僕は知らなかった。


 「魔法って使える?」


 「どういうの魔法?」


 僕の質問に対して彼女は質問で返した。


 「どういう魔法が使えるのかって」


 だが昨日今日で魔法に興味を持った僕には生憎魔法の知識がない。だからまた質問を返した。


 「縛ったり燃やしたりその辺かな」


 うへぇ怖えな。処刑人の娘、その肩書きのせいで余計恐ろしく感じる。


 ゆっくり彼女が近づいてくる。近くでみて始めて分かったが、右側の眼に涙袋があった。


 「…逃げないの?」


 「どうして君のような少女から逃げる必要があるだ?」


 「私処刑人の娘なんだけど」


 職業差別ってやつか。

 処刑人、首刈り役、つまり死神。彼らに近づくと不幸になるぞ。

 目の前で見たことがないからその実態はしらないが、僕が彼女を差別することはできないだろう。

 前世の僕は無職だったしな。


 「それは君自身じゃないだろ」


 「そう、だね。ねぇ、名前聞いてもいい?忘れちゃったの」

 

 「テルール=テルミドール・マクシミリアム」


 彼女は少し顎に手を当てる。

 その所作の一つ一つがあまりに上品で気高く感じた。処刑人の娘、やはり貴族の娘という訳だ。


 「偉大なる恐怖の熱月、人に付ける名前じゃないね」


 僕の名前そういう意味だったのかよ。名前の由来聞かれた時どう答えれば良いんだ。


 「なんかかっこいいしいいんじゃないかな」


 「普通子供の名前にテルール(恐怖)なんてつけないと思うんだけど」


 そりゃそうだよな。困ってないからいいんだけど。


 「そろそろいこうかな」


 「アデュー、テルール」


 手を降って微笑む彼女が僕には向日葵に見えた。


 「さようなら、シャルロ。また会えそうだからアデューとは言わないよ」


 去っていく後ろ姿、黒装束はまさに死神である。

 しばし魔法の練習をしてから僕は夕陽と一緒に家に帰った。


 「頂きます」


 父と母と僕、家族3人で食卓を囲む。

 不思議な感覚だ。ここに来るまで僕は家族と食卓を囲んだことがなかったからな。


 「ねぇ、テルール、魔導書持ち出したでしょ」


 家族と共に飯を食う、これがこんなにも価値があると感じてしまうのはこの世界にスマホが無いからなんだろうな。


 「あ、バレてましたか。僕も魔法を使えたら便利かなと。無断で持ち出してしまったのは申し訳ないと思っています」


 「いいのよ。魔法は覚えておくだけ便利だから。料理の幅は広がるし洗濯物もすぐ洗って乾かせるし何処でも暖を取れる。ゴミだって捨てる時燃やして終わりだし」


 主婦の便利道具かよ。僕がゲームとかアニメでかっこいい、使ってみたいなーとか思ってた魔法がこの姿かい。


 「あぁそうだ、父さんあとでお話したいことがあるのですが宜しいでしょうか?」


 「あぁもちろん、勉強のことか?」


 微笑ましい一家団欒は終わり、僕は父の書斎の扉を開けた。


 沢山の本といつも散らばっている紙。その紙にはすべてこう書いてある。

 死刑制度の改訂嘆願書。

 もう、読めるようになったぞ。


 「話ってのは何だ?テルール」


 「ある人に言われたのです。僕の名前、偉大なる恐怖の熱月テルミドールって。どうしてなんです?」


 父は沈黙し、窓の外を見た。


 「明日それについて教えてあげよう」


 「どうして明日なのですか?」


 「お前の名前を知る為には死神に会って貰ったほうが早いからだ」


 アデュー、そう言わなくてよかった。

 こんなにも再開が早いとは思いもしなかったのだから



 

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