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合わせ鏡


 いつものように樫の椅子に深く座り思考する。


 終わってみればつまらぬ話だ。

 サン・レミはニコラという娼婦をマリア・アントワールに変装させ、ローレン・ストラブール枢機卿を騙して首飾りの代理購入を行った。そしてサン・レミは首飾りをバラして約20の宝石商に売った。

 それだけのつまらぬ話。ただの語り詐欺。この間に250万ソレイユの大金が動いている所と被害者が王太子妃殿下様であること以外はな。


 これをそのままオーレン公に報告するか。そしたらきっとオーレン公はどうするんだろう。

 これニコラの存在を隠蔽したら王太子妃殿下が全て悪いという流れに持っていけるな。

 そうだとしたらこれはオーレン公ではなく高等法院に報告するべきだな。


 さて、結論が出たところでメリットとデメリットを確認しよう


 メリット

 高等法院はヴァルサイエーズそのものと敵対関係にあるから高等法院にパイプを作れる。



 デメリット

 オーレン公ではなく高等法院に報告した場合、オーレン公に対する敵対行為だとみられる可能性がある。なぜならオーレン公は僕に対して探って欲しいとしか言ってないからな。


 ぶっちゃけデメリットの方がでかいな。なにせ高等法院が保つ力よりもオーレン公個人の持つ力の方が大きい。

 ならやはりこの結論は取りやめて…


 いや1つだけ冴えた方法がある。高等法院とオーレン公をくっつけるんだ。

 オーレン公の方にはサン・レミがニコラという女が枢機卿を騙していたと伝え、高等法院の方にはサン・レミが枢機卿騙して入手した首飾りをバラして売ったと伝える。

 これでヴァルサイエーズ全体の評判を落としたい高等法院はオーレン公に情報提供を頼むしかなくなり、オーレン公はマリア・アントワールの評判を落とす為に高等法院から情報提供を頼むしかなくなる。


 文字通り悪魔みたいな一手だな。この国に存在する2つの悪意をくっつけようと言うのだからな。

 そして僕は双方から利用され双方を利用する立場に着く。最小の情報で最大限の便宜を引き出すのだ。


 そうと決まったなら高等法院に書簡を送ろう。

 それでオーレン公には今日直接ということにしようか。


 外套を羽織り、シルクハットを被る。屋敷を出て馬車に乗る。

 屋敷からパリス・ロイヤル宮殿までは案外遠く四時間ほど馬車を走らせる必要があった。だからこの揺れの中で船を漕ぐこともできたしこうやって小説を読むこともできた。

 ちなみに今読んでいるのはマリボの愛と戯れという本だ。世間的に絶賛されている作家というわけではないが、女性目線の恋愛描写が凄まじく上手い。作家が男だとは信じられない程に。

 揺れの中で目が滑りつつ、僕がそれを読破する頃にはパリス・ロイヤルについていた。


 「降ろしてくれ」


 太陽が丁度真上と来る頃、僕はあのパリス・ロイヤルに辿り着いた。

 門を潜り宮殿に入る。すると宮殿付きの使用人が僕の案内についた。


 「ロベスピエール様ですね、ロイス・フィリップ様が劇場にてお待ちです」


 書斎でもサロンでもなく劇場?僕は疑問に思いながらその案内に従った。

 ヴァルサイエーズ程ではないが豪華で長い廊下を進み、劇場の2階、よく貴族様やら金持ちが会食しながら演劇を観ている場所に着いた。

 そしてそこではただ一人、オーレン公が僕は待っていた。

 勘当でもされるんじゃないかとも思いながら恐る恐る対面に座る。


 「サン・レミの件はどうなった」


 「彼女はニコラという娼婦を使い、ローレン・ストラブール枢機卿に対して語り詐欺を行って居ました。詳細につきましては高等法院と情報を"照合"して頂きますよう」


 照合、その一言で彼の口角が上がったのがわかった。


 「よくある手口だが、悪魔的だな。明確にヴァルサイエーズに弓を引こうというのだから」


 「さて、その根幹にあるのはなんだろうか。熱心な国粋主義か、はたまた君の父親のような…」


 「恋と言ったら貴方は笑いますか?」


 本心から出た言葉だった思う。そう言ったほうがいいかなとか、そういう打算はなかった。もはや打算など必要無いと分かっていたからだ。

 なにせ高等法院に書簡を送り、オーレン公に照合と言った時点で明確にヴァルサイエーズと敵対します、つまり現行の制度そのものと敵対します宣言したような物であり、行き着く所には既に辿り着いていたのだ。


 「いや、むしろその方がおもしろい、とても人間的だからな」


 人間賛美するのか?己が人の上に立つために人を利用して切り捨てるような人間が?


 「あれを持ってきてくれ」


 オーレン公は使用人に声をかけ、何かを持ってこさせる。

 しばらくして使用人はその何かを持ってくるのだが、僕にはその何かがなんだがよくわからなかった。

 カレーとなんかデカいパン、人が食える量ではなさそうな謎のデカいパンである。


 「アルビオンの植民地のムガルってとこあるだろ?そこの料理だよ」


 「どう食べるんです?これ」


 唐突に出された料理に困惑しているのもあるし、そのパンのでかさに困惑していたのもある。だからこんな間抜けな質問をしてしまった。


 「ナンはちぎってカレーにつけて食べるんだ。案外全部食っても腹八分目だぞ」


 オーレン公は僕の目の前でナンというパンを千切り、その茶色のスープ、カレーとやらをつけて食べる。

 ナンの方はあれだが、不思議とカレーの方にはなぜか馴染みがある。


 「その、どうしてこれを?」


 「ささやかなお礼さ。食べ給え」


 僕はそのナンを千切り、まずはカレーなしで食べてみる。

 ほんのり甘い。バターつけて焼いているのか。

 次にカレーにつけてそれを食べる。辛いがバターのほんのりとした甘さがそれを中和してくれる。


 「マトンカレーさ、結構辛いだろ」


 「なるほど、羊肉ですか」


 次々と千切ってはカレーにつけて食べる。最初はこんな大きさのパン食べられる訳がないと考えていたが、意外と腹には溜まらない。釜で結構薄くして広げてるんだろうか。


 「昔、国王陛下やヴァルサイエーズの貴族に振る舞った事があってね。こんな不浄のものを食べれるかと言われたよ」


 「勿体ないですね、こんなに美味しいのに」


 「彼らは宮廷料理以外の料理を食べないのさ」


 「彼らにとってはヴァルサイエーズこそが世界であり、それ以外は不浄の場所なのさ。生れつきの超国粋主義者と言ってもいい」


 「かつては私もそうだったんだが、思い付きに食べたこれがとても美味でね」


 「旅行事業者がよく、この国に行ったら世界が変わるだとか謳うが、私は異国の料理を食べて世界が変わってしまった。何とも間抜けな話だよ」


 美談のように言ってるが、あんたの驕りの正体じゃないか。だってこのナンもカレーもこの地で、ラソレイユで食べたものだ。貴方は異国の食文化によって世界が広がったと言ったが、それだけだ。まだ視界が広がっただけで貴方は土を踏んでいない。

 なのに貴方はこちらの大地も向こうの大地も素晴らしいとほざいている。

 知識のない直感など思想ではなくただの妄言だ。

 だがこれを面と向かって彼に言える人はこの世に存在しないだろうな。

 

 「つまり、貴方は何が言いたいのですか?」


 「ロベスピエール、いや、テルール。その名に恐怖を持つ君にこそ相応しい」


 「私と共にあの忌まわしきヴァルサイエーズを地上に叩き落とさないか?」


 不敵に笑うオーレン公。多分、これは鏡なんだろう。だって僕は今、彼と同じ顔をしている。


 

 

マトンカレーを3辛にしてバターチキンカレーの辛さを1くらいにするとちょうどいいです

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