無意味な禁欲者
パリス・ロイヤルの質素の庭はその名の通り質素な庭だ。もはやその辺の山の畦道にしか見えない。
そしてその中央に設置されたガゼボは香りの庭とは打って変わって本当に東屋のようだった。ちょっとした山の登山道にあるような、休憩用の場所のような感じだ。
「で、これが捜査結果か」
謁見の後、僕はその日うちに考察を纏めてゲオルグ・ダールトンへ書簡を渡した。するとダールトンは秘密警察を動員して案内所と売春館を調べ上げ、そしてニコラという女に辿り着いたのだ。
そしてこの資料が調査結果というわけである。
「15歳か、若いな」
近年の度重なる不作と不況によって仕方なしに風俗をやるパリスの娘はあとを絶えなかった、彼女もその一人なんだろう。
「あんたとて人に若い若いいえる齢じゃないだろ」
「僕が?言うて僕だってあと2週間もしたら17だぞ」
「いや若けぇよ。俺なんてもう今年で25だぜ?そりに比べちゃ大分若い」
「そうか、実感なかったな。背丈ばかり高くなるものだから…」
今思えば僕は幼少期の頃から大人の世界というものに多く触れ過ぎていた気がする。まぁそれもこれも全て、今は消えかかっている前世の記憶によるものなんだろうが。
だがかといって前世の記憶がなかったとして、この道を歩んで居なかったと言われるとそうは思えないな。
となると僕がこう育ってしまったのも一種の必然とも言えるな。
「ってどうでもいいな。でどうするだ?捕まえるのかその女」
「犯罪幇助容疑で逮捕する予定だ」
「僕がその役を買って出ようか?そういうプレイだと思ってやったという線が残っているから」
普通犯罪幇助とか窃盗程度じゃ警察は動かない。だから市民が私刑を加えるのが通だが、今回は違う。宮廷が絡んでいる為、逮捕からの拷問という可能性がある。15歳の少女が拷問されるのを黙って見ていられるほど僕は腐ってはいない。
「いいんじゃねぇか」
その日は何事もなく解散した。
後日
パリス15区のとあるアパートの前。僕らはここの2階の"休憩所"に用があって赴いた。
「んじゃ行ってくる。なんかあったらすぐに叫んで伝えるよ」
僕はゲオルグ・ダールトンにそう伝えてからアパートに入り、階段を上がる。1つ踏むごとに悲鳴を上げる階段はこの建物の年月を感じさせられる。
「賢しい愚か者はやがてデュラハンに」
ニコラの部屋の前で合言葉を唱える。
高級娼婦は案内所に金を積んで合言葉を教えてもらい、そしてやっと彼女らの時間を買う事ができるのだ。
「は〜い!あたしがニコラだよ」
下着のまま扉を開ける彼女に僕は驚いた。勿論彼女が下着のままに驚いたのはあるが、それ以上に驚くべき事があった。
額の広さや瞳の大きさ、口の小ささや肌の色、体格から声まで全てマリア・アントワールと瓜二つだった。
「あ、済まない」
驚きつつも反射的に目を逸らした僕を彼女は訝しむ。
「別にこのあとあたしとするんだから下着くらい関係ないじゃん」
「あい入った入った、そこのベッドに座って、料金は前払いだよ!」
矢継ぎ早に彼女は喋る。しかし口調だけは似ても似つかない。まるで街娘になったマリア・アントワールという感じだな。
僕は指示通りベッドに座る。腰を下ろしただけで軋むベッド、きっとこの木には多くの人の汗や精液が染み込んでいるんだろう。不潔だ。
「僕はそのような不埒な事をしにきたんじゃない」
「はぁ?冷やかしなら帰りな」
彼女は変わらず下着のまま。不純だがあのマリア・アントワールが脱いだらと…あぁクソ考えるな。
「オーギュスト金貨だ。懐に入れ給え」
僕は綺羅びやかに輝く金貨を彼女の手に渡すと、彼女の表情は怒りから困惑に変わった。
「えなんで?あたしになんの用があんの?身請けなら帰ってほしいんだけど」
「5月23日の夜、何をしていた」
彼女は机の引き出しから小さなメモ帳を取り出し、それを読み上げた。
「えっとミラベルって女の人からの指名だね」
「なにをした?」
「プレイの内容は守秘義務なんだけど…まぁいっか変なプレイだったし」
「王太子妃殿下のコスプレだったね。それで教会に行ってなんか偉そうな人が気持ち悪いこと言ってた」
「それでなにもやらずに帰らされたかな。一言も喋るなって」
なるほどな。本当に替え玉をさせられてたわけだ。それで当初の予定通りその件について彼女は頭おかしなプレイとしか思ってなかったって訳で。
「そうか、それを聞けたら十分だ」
立ち上がろうとしたその時、彼女は僕の両肩に手を置いて立ち上がれなくした。正面に見えるあの柔らかい肌、あの日の、馬車から飛び降りる時に不可抗力によって感じてしまったあの感覚が蘇る。
「なんかあんたに興味湧いてきた。一オーギュスト金貨をこんな軽々払えて、それでえっちなことすると思ったら話を聞いただけ」
「あんた一体何者?」
「…処刑人と言ったらどいてくれるか?」
アクセル・フェルゼンの名はこんな所じゃ使えない。サン=ベルナール・ロベスピエールの名に変な噂がつくのも嫌だ。ならここで使えるのはテルール=テルミドール・マクシミリアムだ。
「益々興味が湧いた」
「死にたくないのか?」
「長生きしたいなら、もう誰かの所に身請けに行ってるよ」
彼女はそのまま僕を押し倒す。
初めてだ、女性の瞳に対して恐怖を抱いたのは。
「結構かっこいい顔してるね、劇役者みたい。身長も高いし、さぞ女の人をとっかえひっかえしていたんでしょうね」
「でもベッドの上では人は嘘をつけないから」
「それはまやかしだ」
顔から胸板をフェザータッチで触られる。こそばゆくて少し不愉快だが、それに対して僕がなんら本能的な何かを感じていないと言うと嘘になる。
「ほんとかな?」
彼女は僕のその手を掴み自分の胸に当てた。
「うわっ!」
僕の肉体にはない重くて柔らかい感覚、まるで違う生き物を触っているように思えて僕は情けない声を漏らして驚き上体を起こしてしまった。
彼女はそれに驚き、僕の上から逃げた。
「え、嘘でしょその顔で?」
彼女のその驚きの表情に正直傷付いた。だが、同時にそれ以上進まなくてよかったと僕は安堵している。だって僕はまだ何もしていない。何も果たせていない。にも関わらず気持ちよくなろうとするなんて許されない。
「そうだよ、だから嫌なんだ。んじゃ僕はこれで…」
僕は逃げるようにしてそこから去り、急ぎ足で階段を駆け下りてゲオルグ・ダールトンの元に向かった。
「は、お前なんか早すぎねぇか?」
「早い?なにが?」
「いや、そりゃアレのことだよ」
気のいい兄ちゃんのように思えていたダールトンが今だけは不愉快に見える。
「そんな不埒なことするわけないだろ」
「えっ、まじで?」
今日はいいことがひとつ足りともなかった。




