ミルフィーユとモンブラン
さて、情報整理だ。往々にしてこういうのは事実のみを箇条書きにして並べてみると見えざるが見えてくるものであるので、事実を箇条書きしていこう。
サン・レミが"貴方の愛する人に関するお話がある"と枢機卿に書簡を送った。
枢機卿の愛する人はアントワール様。
枢機卿はアントワール様に気色の悪い恋文を送りまくっている。
サン・レミは筆跡偽造を行っている。
まぁこんな所か。
さて、ここから僕はどう見るか。
「まだ難しい顔してる」
対面に座る彼女の口にはティラミスの生クリームがついていた。
「クリームついてるぞ」
彼女はハンカチでそのクリームを拭いそして水を飲む。ガラスのコップの縁には彼女の口紅の赤が残っていた。そしてその紅は鮮やかで微かに煌めいている。
「どこみてんの?」
「いや、コチニールだけじゃなくて辰砂入った奴使ってんだなって」
これは驕りかも知れないが僕の為にこうやって高い化粧品を使ってくれてると考えると、さすがに嬉しいものがあるな。
「テルールって女の人と付き合ったことないくせにそういう所なんか詳しいよね」
「絵画と化粧品は切っても切り離せない関係だからな」
「絵画…そういや印象派とかいうの?最近話題らしいけどあれなに」
印象派、最近出来た言葉だから彼女が知らないのも仕方ない。なんなら僕もその表現技法と名前しかしらない。
「この前の9区のとこで展覧やってた奴らだな。貴族のサロン内での公開じゃないからって理由で非古典主義的な絵画を描いたやつがいて」
「んでそいつらをアカデミアの連中を皮肉って印象だけの絵じゃんかって印象派って名付けた」
やっぱりこういう話をするのは好きだ。宮廷での陰謀を考察するよりもずっと好きだ。本当はこうやって誰かとモンブランでも食べながら絵画とか動物の話をしていたいな。
後日
用意された朝食は目玉焼きとパンとベーコン、そしてスープ。別にいつもの朝食だがなんか、パンが小さくないか。いつもの8割くらいの大きさしかないな。
こういう時は召使いに聞いてみて対応を考えないといけない。だってこの屋敷には40人近くの人間がいて、その40人を飢えさせないのが僕の仕事の一つだからな。
「パン屋変えたのか?」
「いえ、不作で小さくしてると」
宝石商の倒産に不作、今年は厄年だな。
「値段、上がってたりするか?」
「前月比の1.5倍にございます」
1.5倍、1.5倍ですか…パンが1.5倍ね。ということは卵もベーコンもそんくらい値上げしてるとみていいな。だって麦の値段が上がってんだから。
…そういや昨日、250万ソレイユは僕が500年質素倹約を貫いてやっと買えるとかほざいてた奴が居たが、そいつは算術が出来ないらしいな。
この食料価格じゃ800年質素倹約してても買えやしねぇよ。
「やってられんな、まったく」
「えぇ、本当ですね。巷では1日働いて安酒1杯って歌も流行ってますし」
それで方や貴族は250万の首飾りってなると、本当に世界が違うと感じてくるな。まぁ、でも一般人からみた僕らも大分違う世界なんだろうがな。
「あぁ、そういえばテルール様この手紙を見てください」
天秤と蛇、それと剣だと?法務省の封蝋じゃない。どこの家の封蝋だこれ。
「開けてくれ」
召使いはいつものようにレターオープナーで手紙を開け、僕に渡す。
「ダールトン…これ秘密警察の封蝋なのか」
「すまん、朝食どころではなくなってしまったな。後で食べるから残しておいてくれ」
僕はそう言い残して食卓を離れ、書斎へ向かった。樫の椅子に深く座り、その手紙を読む。
宝石商へのダイヤモンド売却明細。それも20店舗分。これ、正体不明のダイヤモンドの大量放棄の正体じゃんか。
しかも売却明細のサイン、全部同じ筆跡だ。あのドレス購入証明書の筆跡と同じだ。
でもダイヤモンド大量放棄犯がサン・レミだと仮定して、その出処はどこだ?
…宝石商…250万の首飾りか?
いや、だとしたらその首飾りをどうやって入手したって言うんだ。だって首飾りの値段を請求されているのは王家であってサン・レミじゃない。
ならどうやって?
「代理購入?」
そうだ、それなら可能だ。見えてきたぞ!ことの顛末が!!
マリア・アントワールの筆跡を偽装してローレン・ストラブール枢機卿に首飾りの代理購入を依頼、サン・レミは首飾りを入手後、バラして宝石として宝石商に売却。
こういうことか!なんだよくある騙り詐欺じゃないか。首飾りの値段が250万ソレイユって所を除けば。
だが1つ分からないことがある。どうやってローレン・ストラブール枢機卿に代理購入を信じさせた?
だって250万ソレイユだぜ?枢機卿がどんなに間抜けでも迂闊にその金額は出せないはずだ。
ちくしょう、それさえわかればな…あと1ピース、1ピースが足りないんだ。
「テルール様、よろしいでしょうか?」
ノックの音と共に召使の声。いいぞと言って入室を許す。
「ヴァルサイエーズからで御座います」
「ヴァルサイエーズから?拝見させてもらおう」
この時期にヴァルサイエーズから送られてくる書簡、それは2通りしかない。
1つは宮廷処刑人としての宮廷犯罪者への処刑通達、もう1つは僕がマリア・アントワールに頼んで置いたあの気色悪い手紙だ。
「2枚目入ってるな…」
1枚目
アクセル・フェルゼン、あるいはテルール=テルミドール・マクシミリアム様へ
同封する2枚目の手紙、枢機卿が如何にも私に会ったように書いていますが、私は一度たりとも彼とお会いしたことがありません
マリア・アントワール
2枚目
我が愛しのマリア・アントワール王太子妃殿下様へ
先日の我が教会への訪問、まことに感謝つかまつります。貴方の微笑み、貴方のその乳房、私は見惚れてしまいました。あぁ、貴方が本心より私を愛していらすこと、お伝わりしました。ですからこの私、必ず首飾りを貴方にプレゼント致す所存でございます。
待ち遠しい!貴方のその白銀の柔肌の上に3600カラットのダイヤモンドが輝くのです!今すぐその光景を見たい!そして舞踏会ではその首飾りを引き下げて、鶯のように美しく舞うのです。そして私は貴方の周りを月のよいに回り、そして常に見つめる。
愛しのマリア、今すぐ逢いたい。
貴方の愛するローレン・ストラブール枢機卿
「うっっっわぁ…まじかこれ」
怪文書、まさに怪文書だ。だがなんだが既視感はあるな、いや無いわ。だってこれあまりにも気持ち悪過ぎる。
「テルール様?なにか重大なことでも?」
「いや、重大ちゃ重大だが、こりゃ、なんというか、気持ち悪いな」
「あぁ下がってくれて構わない。僕らには何も関係ない手紙だった」
「はぁ、了解致しました」
召使を書斎から退出させ、再び樫の椅子に深く座る。
怪文書、本当に怪文書だったな。まぁでも収穫はある。
おそらくだが、ローレン・ストラブール枢機卿はマリア・アントワールの替え玉に会っている。それか頭がイカれちまってるかのどっちかだな。
まぁ替え玉という線で考えてみようか。そしたら全てに辻褄が会う。
で、ここで問題なのはその肝心な替え玉がどこにいるかだな。というわけで替え玉に必要な最低限の条件を箇条書きしてみよう。
建物内で出会っても見破られないほどアントワールに似ている。
有名ではない。
死罪のリスクを負ってでも大金を求めている。
で次にこの3つを満たす存在がどこに存在するかという点を考えよう。
まず1つ目、これは国中に数十人は居るだろう。
で2つ目、この時点で貴族や女優は除外される。
次に3つ、ここで除外されるのは一般的な町娘や農村の娘だ。
つまり、この3つを満たす人物が居る可能性が一番高い場所は…売春街だな。
よし、この線で捜索をしてみよう。
印象派の誕生はもっと先です。
首飾りの総カラット数はだいぶ盛ってます




