その男、悪辣放埒につき
馬車がヴァルサイエーズに向かう最中、僕は新聞を読んでいた。酷い揺れで目が滑るが、この新聞に書かれている内容に比べればおとなしいものだ。なにせこの新聞には宝石店が軒並み経営不振で一部は一部は倒産、しかも原因はダイヤモンドの短期間大量放棄ときた。
「テルール、なんか難しい顔してる」
対面のシャルロはいつものように優しく笑いかけてくれた。やっぱり僕はその優しい微笑みが大好きなんだな。だってまるで向日葵なのだから。
「ダイヤモンドの価格が暴落して沢山の宝石店が倒産してるらしくてさ。しかも原因が分からないときたもんだからさ」
こういう暴落の仕方の場合は大抵超がつくほどの有名人が死ぬかそいつの墓が暴かれたとかが付き物なんだけどな。
「んじゃ指輪とかアクセ買うなら今ってことだね。テルールはそういうの興味ないの?」
アクセサリーか。ないな、興味。指輪も結婚する予定はないし。そもそも僕はああいうキラキラしたヤツが嫌いなんだ。
「無いな。結婚とかしたら欲しくなったりするのかな、わからないや」
そうこう話している内に馬車はヴァルサイエーズに辿り着く。
やはりというべきか美しいな。でも美しい以外の感想がない。だって3回も来ればさすがに飽きるしね。
「アンサング様であられられますね?」
宮殿付きの衛兵は僕らが馬車から降りる前に馬車を四人で取り囲みそう質問した。
「あぁ。余裕を持ってきたんだが早すぎたか?」
「いえ!問題ありません、しかし今宝石商の奴がごねてて、終わり次第ご案内致します故、しばらくここにてお待ちを」
「なんと?」
「ですから…」
「いや宝石商の方だ、なんて言ってるかわかるか?」
新聞で読んだ不審な価格暴落のせいだろうふと気になってしまった。
「確か首飾りの代金の請求だとか、それで250万ソレイユ…」
「250万ソレイユ!?たかが首飾りでか?!」
あまりの値段に空いた口が塞がらなかった。だって250万ソレイユだ。だって250万ソレイユというと僕が質素倹約を心がけて500年働いたらやっと払える額だし、なにより国家予算の0.5%に相当する金額だ。
「わからんなぁ、宮廷の考えることは…」
その後、しばらくして僕らは宮殿の中に通される。
謁見の間に向かう長い廊下、そのさなか僕らを待ち受けるような一団あり。
「シャルロ・アンリ・アンサング、名前に似合わず随分お可愛らしい顔をしていらして」
「あ、ありがとうございます、アントワール様」
僕ら2人は跪く。しかしそうだな、この2人を会わせたらどうなるんだろうなと思っていたが、立場が違いすぎる為さすがのシャルロも一歩引いている。
「もはや男装が意味をなしてませんわね。アイシャドウと口紅を薄くして…いや無理ですわね。元々の顔が女性らしいからどうしてもカバーはできませんね」
しかしマリア・アントワールは引き下がらない。嗜虐心故なのか、はたまた。
「普段は口紅以外しませんよ」
「あら、やはりそういう訳ですか」
「ではあまり意地悪するのはいけませんね」
「でも約束は約束なのでテルールという男はしばらく私が借りますわ」
少しシャルロの目線が痛い。またなんか危ない事してるねって言いたげな目だ。
「…ごめんなシャルロ、でもすぐ戻るから」
「いいよ。謁見は一人でやるから、その代わり帰りなんか奢ってね」
僕はそれに了承し、彼女はただ1人金鏡の部屋に入っていく。
「さ、立ち話もなんですしアンドレル庭園の方でお茶にしましょ」
彼女の一団につれられ、アンドレル庭園の離れにあるプチトリストス宮殿に入る。
宮殿の見た目はプチがついているようにさながら小さなヴァルサイエーズだ。よって小さなアンドレル庭園こと香りの庭だ。
「いい香りですね」
バラとヒヤシンス、これはムスクと月下香?いい香りですねと言った手前だがあまり好きな香りじゃないな。香りが混ざりすぎて鼻が痛くなる。僕はあの甘酸っぱいチェリーブロッサムの香りが好きなんだ。
「そこに座りなさいアクセル、いえテルール」
彼女は白のガゼボを指差した。これもうちの屋敷にあるあの東屋とは違ってパルテノン神殿よろしくルネサンス絵画に出てきそうな造りをしていた。
僕と彼女はそこに座り、彼女の従者が茶を淹れる。
「貴方を誂うのはいいんですけど、シャルロさんを誂うのはできませんね」
「なぜです?」
「だって可哀想でしょう。貴方が煮え切らないせいで…」
「私が月下老人になってもいいのですよ」
「よく彼女の好意を読み取りましたね」
彼女は1つため息をしてから茶を飲み答えた
「意識的か無意識的かはわかりませんが、ああいうタイプの女性が普段メイクに力入れないのに今日だけは気合を入れてきたというのはそういうことでしょう」
「それで、今回の要件に付いてなのですが…お応えできかねます。たとえ貴方が土下座して靴を舐めるとしても、今回だけは承服しかねます」
意外だ。でも土下座して靴を舐めてもできないと言われると、そこまでできない理由を知りたくなる。そんなに僕を枢機卿に会わせたくないのか?
「…理由をお聞きしても?」
「聞きたいですか?」
「是非とも」
「…あのデブオヤジキモいんですの」
デブオヤジ?キモい?とても君のような湾曲表現好みの捻くれ者から出るとは思えない言葉だ。
「何通も何通も手紙を送ってきて、その中身なんて書いたと思います?」
「私の愛しい人へ、とかですか?」
「それだけならまだよかったのです!匂いを嗅ぎたいだとか専属男娼にしてほしいとか、私が娼婦嫌いなのを知ってもなおそんな気持ち悪い手紙を送ってくる。本当に身の程知らずのキモデブオヤジですわ。あれが枢機卿として擁立されているのは本当におかしい。神はあのキモデブを背信者として断罪するべきですわ」
「はぁ…」
「ほんっと、正直貴方も貴方で意気地無しすぎてどうかと思いますけど、あのキモデブより数百、いえ数億倍マシですわ」
「ですから貴方を枢機卿に紹介することはできません。関わりたくないので」
まぁでも正直、今ので僕が枢機卿に会う理由が消えたな。だって枢機卿の愛しい人が誰を指すのか知りたくて枢機卿に会おうとしていたのだから。
「…枢機卿から送られてきた手紙って残ってたりします?」
「そんなの全部暖炉の中ですわ」
「もしよろしければ、その手紙を僕宛に送っていただけませんか?」
「何に使うかは知りませんが、まぁいいでしょうどうせ燃やすものですし」
「感謝致します」
「じゃあそろそろ戻ってあげなさいな」
僕は席を立ち、香りの庭を去ろうとする。
「17区のワグラースでしたっけ、確かあそこのミルフィーユがとても美味だった記憶があります」
案外嘲るだけじゃないんだな、僕はそう思った。
一般の説よりもちょっと高めに見積もっています
1ソレイユ1リーブルです




