作戦会議
これは月初めの暑い夏の夜のことだ。
パリス18区、サクレール寺院から北に500m。貧民街のある場所、そこには安酒酒場がある。そこは個人店にしてはやけに広く、貸し切りにすれば30名が酒の席に座れ、座席さえ考慮しなければ40名は入れた。
そして今夜、安酒酒場こと酒場モンターニュはとある一団によって貸し切られていた。
その一団の名前こそ隔たり無き治癒魔法医師団である。
「今日は僕の奢りだ!存分に飲んで騒げ!」
僕は今夜、フェルゼンとしてではなくサン=ベルナール・ロベスピエールとして振る舞っていた。
「いいの?ロベスピエール先生、安酒っても結構たかいだよ?」
ルナ=ジヮスティカは僕に心配の瞳を向ける。やはりというべきか、かわいいと思うが、シャルロやマリア・アントワールほど感じるものがない。
何故だろうな。見た目、ではないだろうな。ルナは普通に美人だ。なんならマリアに並ぶ程を美しい。それに僕は胸という部位に特別興味があるわけでは無い、はず。現にシャルロはそんなに大きくないし。
ならどこだ?
…マゾヒズム。まさか、な。そんな訳が無いだろう。僕に限って、決してないはずだ。
「いい。というか騒いでもらわなければ困る」
そもそも今日ここで急に宴会をやったのは秘密裏な会議をしたかったからだ。ではなぜここなのか。それは家でやったらシャルロに心配をかけてしまうだろうなという配慮故だ。だから彼らに騒いでもらって、僕らのコソコソ話を遮ってもらう。
「というわけで始めようか。まずはダールトン、資料を」
この会議は僕とジョナサン・ポール、ルナ=ジャスティカ、そしてオーレン公が寄越してきた秘密警察長官ゲオルグ・ダールトンによって行われる。
そして議題はサン・レミという女についてだ。
「まずはこれだ」
様々な代筆屋の利用明細。さすがに代筆した内容については分からないが、依頼者のサイン、その部分の筆跡が全て同一人物の者だと分かる。
「あ、この人ケーニヒ・アルダンって人知ってる」
ルナが続けて何かを発言しようとするが、一旦ストップだ。まずは既存情報の整理から始めよう
「次にこれ。サン・レミのドレス購入証明書とローレン・ストラブール枢機卿に当てた手紙だ」
購入明細のサインを軽く一見した後、ローレン・ストラブール枢機卿へ送った手紙を読む。
地上最も敬虔なる信徒、ローレン・ストラブール枢機卿様へ
貴方の愛する人について、お話するべき事があります。
サン・レミ・ヴァロワ・ラモットより
…普通こんな手紙本気でやっても手に入らない。秘密警察の力あってこそか?いや、正しいが間違っている。これもおそらくオーレン公だ。どうやら彼は何が何でもサン・レミについて僕らに突き止めて欲しいらしい。
自分が招き入れて返って邪魔になったのか、あるいは最初から切り捨てる前提なのか。
「ポール。この筆跡についてどう思う?」
「俺は全て同じ筆跡だと思います。でも鑑定士に頼んだほうが確実でしょうね」
「頼めるか?」
「はい。経費から落としてくれれば」
「分かった。次ルナ、さっきの続きを」
「うん。さっきのこの人、ケーニヒ・アルダン。巷じゃ有名な筆跡偽造屋だよ。私も昔使ったことあるし」
このようにルナは不用心だ。極貧困の中で育ったからというのもあるだろうが、何も考えていない。言った後に言ってはいけない事を言ったなと気付くタイプの浅ましさを持っている。
「そうかじゃあコンタクトを取ってくれ。そっちの費用もオーレン公に強請って経費から払うから」
僕はダールトンが何かを言う前に発言した。まぁないとは思うが、一応あとでダールトンに口止め量を払っておこう。こっちは自腹だ。くそが。
「うん。やっとくよ」
しかし、見えてこないな。ローレン・ストラブール枢機卿に筆跡偽造。悪い事をしてるし、なんなら法外なんだが具体的な手法が見えてこない。
「ダールトン、この手紙に描かれた愛しい人って誰かわかるか?」
「本人にきいてみねぇとわからん」
アントワールをヴァルサイエーズに輸送した時は気付かなかったが、あんた意外と粗暴な喋り方するんだな。
しかし本人か、枢機卿にお会いしたいなんてお願いしてもできるもんじゃないしな。オーレン公に頼んでみてもいいが…それは怖いな。トレードオフの関係だからこそ信用はできるが信頼はできない。
「なんとか…なるかもな」
畜生1人だけトレードオフにならずに助けてくれそうな奴がいる。マリア・アントワールだ。
「だが本当に何とかなるかわ僕にも分からない。だから3人には自分が出来る範囲で色々と探ってくれ」
結局今日の会議はそれで終わり。ほぼ進展なしだが、やることが決まった分マシだ。というわけで僕は全員の料金をオーギュスト金貨2枚で支払い、帰路に着く。
そして屋敷に戻り自分の部屋で自分の頭の世界に入る。
さて、どうしたものか。マリア・アントワールなら僕と枢機卿を引き合わせてくれるかも知れないが、そもそもの話僕はヴァルサイエーズに入れない。さすがのマリア・アントワールもここだけは解決できないだろうし。
入れさえすればあとはマリア・アントワールに事前に手紙でも送って、偶然出会って会話したってことで何とかなるんだがな。
その時、僕の思考を破るように扉の軋む音が部屋に響いた。
「ごめん、テルール。謁見願い書いて欲しいんだけど」
シャルロはいつものようにネグリジェのまま僕の部屋にズケズケと入ってくる。慣れはするが、正直辞めて欲しい。だって暑い夜に身体が熱くなるのは嫌だから。
「謁見?」
「うん。」
「えっと、残虐刑の禁止と斬首刑における正義の柱の使用許可を求める、って内容でオーギュスト15世陛下に謁見したいんだけど」
正義の柱…あぁギョータンの処刑装置か。まてよ謁見なら僕もヴァルサイエーズに入れる。入ったらあとは手紙で約束しておいたマリア・アントワールに出会う。完璧だな。
「分かった。でもその謁見僕もついていっていいか?」
「いいよ。大まかな装置の構造自体は貴方のやつだしね」
謁見書を書いてその後にアントワールに当てて手紙を書こう。
よし、あとはマリア・アントワールに土下座して枢機卿に繋いでもらうだけだ!




