閑話一旦 シャルロの潰れた休日
ここから難しくなりそうなので、おまけみたいな感じです。
シャルロ視点
今日、私の貴重な休日が潰れた。いや、潰したんだ、私が。だって私の父様との父様の夢を叶えてくれる装置が産まれようとしていたんだから。
私は屋敷の一階の一番奥の部屋に向かう。
「父様、主は貴方の細やかな願いを聞き届けました」
父様はあの日倒れた後、しばらくは意識があったし、何も問題がないように思えたがその数日後に再び倒れてしまった。それからというもの1日の殆どを寝て過ごしてはたまに覚醒して譫言のように過去の会話に返答をしている。
「テルール、駄目だよ。その捌き方じゃあ…旨味が逃げてしまう…」
あんなに鍛え上げられた巨木のような肉体も今じゃ枯れ木のように。筋骨隆々のあの姿はもはや背高痩身のミイラのようである。
そのあまりに痛ましい姿が見ていられなくて私は逃げた。血を分けた娘の癖に、いや血を分けた娘であるこそ父のそのような姿が、終わり方が見ていられなかったんだと思う。
だけど今日は違う。今日だけは父様に良い報告ができそうだから勇気を持ってその姿を見れるはずなんだ。
「一撃で首を落とせる処刑装置。ボワ・ド・ジュスティス、正義の柱だって」
「テルールとギョータンって人が造ったの。刃を高い所から落として首を断つっていう仕組み」
「…そうか。ギョータンが。ならギョータンの子供でギヨティヌだな…」
気づいたときには父の枯れ枝のような腕に抱きついていた。あぁ、なんて冷たいんだろう。まるで爬虫類を撫でているみたいだ。
「…だめだよシャルロ。あまり母さんを困らせるんじゃあないよ…」
可哀想な父様。しかしこれで良かったのかも知れない。だって父様は父様の幸せな夢の世界、私や私の母様が居て、テルールも危ない事をしない優しい世界に囚われている。そして今日、夢の中で自分の願いが叶った事を知った。ある意味それは1つの幸せの形なんじゃないのかな。それがたとえどんなに虚しくても。
「もう行くね。私も彼も、父様のこと大好きだよ」
私はまた逃げた。父様から逃げた。処刑道具の試験と言って、処刑人の外套を着て男装をして逃げた。
逃亡先でパリスのコンコード広場。そこには2本の柱の中央に刃を取り付けた処刑装置が3つ聳え立っていた。そう、これがギョータンの装置正義の柱、またの名をギヨティヌ。後にアルビオン語に翻訳され、それが訛ってギロチンと呼ばれる装置である。
「これが正義の柱ですか?ギョータン先生、いえギョータン博士」
後ろに流したパーマの男。彼が医者であり政治家のジョシュア・ギョータンである。まぁ今は機械技術ギョータン博士の方が正しい。
「うん。テルール君がオーレン公に便宜を計ってくれてね。助かったよ」
昔と変わらない笑顔。私のギターラを調律してくれたときと変わらない笑顔だ。
にしてもテルールが便宜を、か。
テルールはオーレン公に使われるだけでなくオーレン公を使うようになっていた。
私はそれについて少しだけ誇らしいと感じつつ、届かない人になっちゃったなと悲しみも感じていた。だがそれよりも危ない事しないでよという心配のほうが強いのは変わらぬ事だ。
「君もテルール君には感謝しなさい。彼はきっと君の為に頑張ってる」
嬉しい。でも頼んでないし辞めて欲しい。正直私はもう諦めてしまったのだから。だって私の子供が処刑人になってしまうのは嫌だけど仕方のないことじゃないか。社会がそうなんだから、仕方ないんだ。だからせめて、好きでもない相手の子供よりも、好きな彼との子供を産みたいそれをテルールは分かってない。だってテルールは清廉潔白であろうとするから。
…いっそ抱けと脅迫してみようか。でもテルールはとんでもない意気地無しで、なおかつ清廉潔白であろうとするからきっと抱いてくれないだろうな。
「分かってますよ。それでこれ斬れるんですか?」
正義の柱の刃は右から長方形の刃、三日月型の刃、斜め刃の刃である。
長方形の刃はギョータンの設計で三日月型が私の設計。斜め刃は誰だ?
「計算上はいけるはずだ」
処刑道具の難しい所は"計算上いけますよ"で見切り発車できないところだ。なにせ斬首は一撃のうちに伏す事ができなければ名誉な刑ではなく残酷な刑とみなされるのだから。
「では豚で実験しましょうか」
彼に協力した技師たちと屋敷の従者、各地の処刑助役達が刃の下に豚の死体を設置する。
どんな人間の首より太い豚の首を立てれば即ち全ての人間の首を断てるという算段だ。
「随分と多いギャラリーですね」
南の方角から大勢の足音。だが市民にしては音が揃いすぎている。しかもあの端、金のアヤメ…王家の者じゃないか。
「当然だ。だって斜め刃を提案してきたのは他ならぬオーギュスト王太子殿下だからな」
王太子殿下が自ら…それは驚きだ。しかし斜め刃…まぁよく考えてみれば肉を切るときに刃を斜めにいれるよね。普段料理をしないせいで失念していたな。テルールとかお父様だったら思いついたんだろうか。
「久しいな、処刑人アンサング」
オーギュストの顔はあの時よりも輝いて見える。錠前作りの職人気質だからだろう、自らが考案したものが形となりてそこにあるのだから彼がこう内心ウキウキなのも仕方ない。
「お久しぶりです王太子殿下」
大勢の兵士の前で跪いてオーギュストを王太子殿下と呼ぶ。本当は庭で会った時のようにオーギュストと呼びたかったが、不敬罪で軽くしょっぴかられるのは嫌だ。
「顔を上げよ。私は貴様という男装の女を見物しに来たのではなく処刑道具を見に来たのだ」
「わかっておりますとも。王太子殿下が見ておられる!急いで取りかかれ!」
準備を急かすして今すぐ実験を初められる状態にする。
「第一刃、落とせ!」
私の号令に合わせ、刃を吊り上げる縄は断ち切られる。
三日月型の刃が豚の首を深く裂く。しかし刃と首のすき間から血が垂れるのみで、その首は下に設置された箱の中には落ちず、刃にくっついている。。
もしも心臓が動いていたらその血は勢いよく吹き出していただろう。
「残酷だな。これでは民衆はひどく興奮するに違いない。三日月型は廃案だろう」
オーギュストは優しい心の王様であり、14世や15世など歴代のオーギュストと違って民を憚る心を持っていた。
「当然です。肉屋の肉切り包丁はこのような形をしていませんから」
普段テルールに馬鹿って言ってる癖に、その実私もあまり頭が良くなかったとは笑えるな。
「第ニ刃を落とせ!!」
再びの号令と共に刃は落ちる。しかし長方形の刃も丸型と同じく、完璧に首を断つとまでは行かなかった。
「第三刃を落とせ!!」
号令と共に斜め刃は落ちる。そしてそれは完璧に首を断ち、豚の首は籠へと落ちた。
「完璧ですね、陛下」
「あぁ、これで死刑囚は痛みなく死ねる」
陛下は慈しみ深く、罪を犯して死する者にすら慈悲を与える。
しかし私は恐ろしくてならない。だってこの正義の柱は人を苦しませずに処刑できるようになるのと同時に、処刑を簡単にしてしまう。
私はそれが恐ろしくて堪らないのだ。
この辺で一旦感想くれると次回からの話の難易度の調整ができるので嬉しいです。
ちなみにルイ16世が斜め刃を提案した説は諸説ありです。




