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テルール=テルミドールの傲慢革命  作者: らのあお
天上なるヴァルサイエーズ
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我欲のヴァルサイエーズ


 ヴァルサイエーズ、王の住まう所、ラソレイユの心臓。あるいはこの世において最も清く最も気高い場所。


 しかし実態はそうではない。このヴァルサイエーズは王家によって造られた諸貴族に対する柔らかい牢獄だ。

 そして貴族も王族もそれを知っている。

 蠱毒なのだ。自らは気高いと僭称しながら生き残ることに必死になって他者を喰らう。

 それがこの麗しきヴァルサイエーズと尊き貴族達の正体である。


 だがそんなことはどうでもいい。最も重大なのはこのヴァルサイエーズという牢獄が50年分の血税、つまりラソレイユ全ての民の魂をすり潰して建てられたものであるということだ。


 そして僕はその監獄に囚人擬き、フェルゼンの仮面を被り潜伏していた。


 「大蔵大臣マルティン・ド・カルゼン。あるいはジョン・ジャック。J.J.は貴方ですね?」


 舞踏会の会場である金鏡の部屋。それはまさに天界である。375枚の鏡と金色の装飾、八体の銅像の天井の絵画。特に最奥の1枚は最も偉大なる太陽王オーギュスト14世のシンボルが飾られている。


 だが今いるのはそんな金鏡の部屋の外である。この国の重鎮であるにも関わらず、金鏡の部屋の外の廊下で1人待機している老人がいるのだから。

 それが彼、大蔵大臣マルティン・ド・カルゼン、またの名を危険思想のジャン=ジャック。


 「フェルゼン、いやロベスピエール、あるいはテルールとかいう奴か。どうかね?その暗いガラス越しに見るヴァルサイエーズは」


 「暗澹としています」


 「では君はヴァルサイエーズを何と見る?」


 齢82にして杖を着くことも腰を曲げることもなく、ただ大木のように己の足腰でそこに立っている。

 これがどんなに凄まじいことなのかわかるだろうか?


 「まさに"リヴァイアサン"そのもので御座います」


 リヴァイアサン、それは全ての悪書の原点の著書である。

 内容としてはこうだ。

 人々は自然状態において利己的であり、万人が万人に対して闘争をする状態になる。

 そこで人々はリヴァイアサン(主権者)に権利を移譲し社会と契約を結んだ。


 そう、つまりは王権神授の否定である。


 だから僕は父の最期にリヴァイアサンと伝えたのだ。

 本心としては"お前の考えは理解できるけど、僕はお前みたいにはならないぞ"であるが、たとえ曲解してしまってもあの人にとっては救いだろうから僕は最期にそう伝えたんだ。


 「そうか、それで私のような老人になんのようだ?」


 「貴方は確か一般意志が共同体の利益を優先する徳を持つべきだとおっしゃいました」


 「加えて自然に即した教育によって一般意志の徳は芽生える、ともおっしゃいました」


 老人の目は鋭くなる。まるで30、いや20代前半の青年の眼をしている。


 「ですが矛盾があります。自然に即した教育がなければ徳のある一般意志は無い。にも関わらず自然に即した教育には徳のある一般意志が必死不可欠で御座います」


 要は卵が先か鶏が先かとと言うわけだな。いい土壌からしか良き麦は取れないとも言える。


 「そうだ。だから徳を持った超法規的立法者が教育制度にのみ変革を齎す」


 「…徳治政治。いや、徳血政治」


 僕の呟きに老人は年甲斐もなく僕の肩を強く掴んだ。

 

 「恐怖無き徳など、無意味で御座います」


 そうだ、無意味だ。如何に徳によって社会が変わろうと僕にとっては全て無意味だ。だって僕の目的はシャルロを処刑人という呪われた運命から突き放つことだ。それが果たせないのなら、社会なぞ変える意味もない。


 「どうやら貴様には自らを評論する自分が居ないと見える」


 「そんな自分を惑わすだけのモノ、とうの昔に捨てましたよ」


 老人は乾いた笑いを零す。僕はそれに憐れみを覚えた。

 こんなにも立派に立つ老木もいつかは朽ちて倒れる、僕はそれが憐れでならない。


 「お前は必ず大物になる。なにせ自らが啓蒙者であると確信しているからな」


 僕が奴に言いたいことはこれだったか?違うだろ。


 「貴方は臆病者だ。貴方は自らの思想に対して責任を持つべきだった」


 そうだ、僕は奴にこう言ってやりたかったんだ。

 だって父や母を教唆したのはお前の本だ。だからお前は教唆犯なんだ。それも法で裁けない悪質な教唆犯なんだ。


 「臆病者だと?私は老兵、ただ去るのみだろう」


 僕は去った。僕の思想も全て投げ捨てて、奴を罵って去ったのだ。

 だが後悔はない。少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなったからな。

 再び金鏡の部屋に入り使用人からワインを頂く。

 血のようなワインが僕の喉を洗う。あの汚い言葉を吐いたこの忌々しい喉を。

 不味い。

 何一つ美味しくない。この酸味も渋みも甘みも全て蛇足だ。水でいいんだ、水でいいのに、ここの人達は死にたくない一心で見栄を張って贅沢の中に溺死している。

 農民を税金で縛り付けてその末がこれか。綺麗なダンスも麗しのドレスも白い艶肌も全ては義務、貴族も貴族としての義務に縛られている。

 かくも愚かな者達だ。

 やはり身分はその存在そのものが、その言葉そのものが悪なんだろうな。

 そして僕自身ですらその言葉に縛られている。


 「もう一杯いただきたい」


 突然神様の堪忍袋の緒が切れて、この堕落した都ヴァルサイエーズを神の炎で灰にしてくれれば楽なんだけどな。きっとそうしたらシャルロは処刑人にならなくて済む。あぁでもそしたら他国が攻めてきて戦犯の処刑にシャルロが抜擢されるか。


 「もう一杯いただけるかな?」


 わかりきってたことだろうが。身分制度を破壊するにはラソレイユを内側から変えるかラソレイユそれ自体を焼き尽くすしかない。

 だから出てくるな、自分を評論しようとするな。正しい事をしてるだろ。あの臆病者のクソジジイ唆されんなよ。


 「もう一杯いただこう」


 「フェルゼン伯爵閣下、申し訳御座いませんがそんなに飲まれると…」


 そんなに心配されるほど僕は酔って見えるだろうか?

 いや、見えるだろうな。僕はあの日から酔ったまんまだ。


 「では水をいただきたいのだが」


 この黄金の部屋に照らされて無色透明の水は金色となる。

 美しくない。

 ただ無色の液体が僕の喉を洗っていく。甘いブドウの味も全て押し流して無垢になる。

 やはり水はいい。何ものにも染まらないから何よりも自由だ。叶うことなら僕もこうなりたいし、全ての人もできるだけこうあってほしい。

 そうだ、人とはそうなんだ。本来最初は水のように無色であり、成長につれてワインにもコーヒーにもなる。それを否定してしまうのが身分制度なのか。

 なら僕は何だ?水なのか?それとも劇毒なのか?父と同じような毒薬なのか?

 なら嫌だなぁ。僕はあんなふうにはなりたくないんだ。でも、シャルロを救うにはあの思想を持たなくてはならない。

 本当にないのか?誰も犠牲にせず、誰も悲しませずシャルロをこの運命から解き放つ方法は。

 …思いつかない。何も思いつかない。だってシャルロは役割を放棄することも僕に押し付けることも望まない。あいつは優しくて賢くて生真面目だから。

 やっぱ全部壊れちまえよ。全部の国の首都に神の炎が堕ちて焼き尽くされちまえ。そしたらあいつも処刑人を辞めてくれるからさ。

 んでどうしようかその後。一緒に旅にでも出ようか。そうだ、ニーダーランデのアンスターダム、あそこ行ってみたかったんだ。水の都のカヌー体験、楽しそうだな。

 あぁでもアンスターダムはニーダーランデの首都だったな。


 「あら、お一人ですの?」


 温かいあの指の感覚が頬にある。僕はそれにひどく驚いて素っ頓狂な声を漏らしてコップを揺らして後退りする。


 「やっぱり面白い御方ですわ。そんな端正なお顔をしていて尚無垢であろうなんて」


 淡い青のドレスとダイヤの装飾、広く開いた胸元に男を誘惑するあの豊満な乳房。

 マリア・アントワール、また僕を嘲るつもりか?

 

 

教育に関する所はルソー著のエミールからです。でもモデルにしてるだけで適当こいてるのであんま信じないでください。


金鏡の部屋は言わずと知れたベルサイユの鏡の間のことです


追記


この辺で鍵括弧の最後に句点つけなくていいこと知りました。

治すの面倒くさいです助けてください

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