等身大の世界
ヴァルサイエーズのアンドレル庭園の土を踏まずして馬車に乗り屋敷に帰る。
そして対面に座るのはあの麗しの淑女ではなく、女子のように背丈の低いまるで少年のような軍人である。
「…ブオナパルテ・ナポレオーネ君、だったか。」
まだ拙いコルテ語だが十分伝わるだろう。その証拠に彼だって再び目を丸くして驚いている。
「何処でその言葉を?フェルゼン伯爵閣下。」
さぁ、ここからだテルール。欲張らず、焦らず、そして追っていく。ウサギ狩りの時と同じだ。今日は少し、仲良くなれればそれで十分だ。
「元カノがコルテ人でね。」
「教えてもらったのですか?」
「いや、その前に死んでしまった。3年前の殲滅戦でね。」
コルテ人である奴には十分同情を引く材料になるはずだ。
「自業自得です。何もビジョンもないまま放棄して、それで死んで、馬鹿ですよコルテの奴らは。」
少し想像とは違うが、むしろこの返答のほうがやりやすい。なにせそんなに熱く批判できるってことは何か思うことがあるってことだからな。
「私もそう思うよ。結果的にラソレイユの圧倒的な武力の前に嬲り殺しにあった。」
「弱いのは罪ですからね。強くなくてはなりませんから。」
次の質問だ。これでナポレオーネという男の行動理念が分かる。
「ラソレイユも更に強くあるべきだと思うか?」
「勿論。今のラソレイユは腑抜けています。時代遅れの奴らが時代遅れの軍隊を作っている。このような事態は決して看過できません。」
即答、随分思い切った回答をしたな。
これで彼という人間がだいぶわかった。彼にはもはやコルテ島への帰属意識がない。なんならラソレイユという国に愛着があるわけでもない。
彼は根っからの戦争屋だ。戦争をしたくてたまらないタイプの戦争屋だ。
故にわかりやすい。
こいつは使えるぞ…
「そろそろ着くな。」
「ナポレオーネ、もしこの先個人的に会うときがあれば僕のことをフェルゼンではなくロベスピエールと呼ぶといい。」
再会を願って固く握手をする。
やはり男は楽だ。僕から熱する事はあっても僕が熱される事は滅多にない。
もし、ナポレオーネがシャルロやマリア・アントワールのような女だったらまた面倒なことになっていたんだろうな。
屋敷に着く頃には太陽が茜になっていて、軍隊の装飾は赤金となる。オーレン公のサロンで固有色など存在しないと大仰に語った画家がいたが、こう暁の中の雑草を見ていると真実と思えてしまう。
まぁ、僕はあの印象の絵が結構好きだからその感覚を僕が持てているのは嬉しいことだ。
「おかえりなさいませテルール様。」
この子は…行きの時に僕に軍服を着せてくれた子か。
「済まない、お針子に縫ってもらってくれ。」
軍服を渡し、第2ボタンまで開ける。
「今日はそうだな、ロールキャベツが食べたいな。」
給仕達の料理は一級品だから普段食に対して特に言うことはないが、今日だけは別だ。お貴族様の世話に疲れたというのもあるし、何よりお貴族様の出す肉は硬い。だから今日は柔らかくて疲れないものを食べたいんだ。
「かしこまりました、直ぐに用意させます。」
「風呂はそうだな、少し眠るからご飯を食べている途中にでも沸かしてくれ。」
「そちらも承知致しました。」
僕は召使に全てを任せた。自分の尻くらい自分で拭けと言うのはそうだが、僕の尻を拭いて飯を食べている人がいることを忘れてはならない。
あの3階の一室に入り、上着をきたままベッドに飛び込む。
まるで死体だ。もう動けん。少しどころかもう朝まで熟睡してしまいそうだ。
だけどそれはそれとしていいだろう、でもロールキャベツは食べたいなぁ…
「起きな、テルール。」
誰よりも聞いた彼女の声、僕はその声で深い眠りを終えた。
「ロールキャベツ作れって頼んだの貴方でしょ。」
「ん、あぁ。できたのか?」
「うん、1週間ぶりに返ってきたからって皆張り切ってたよ。」
そうか、愛されてるな、僕は。
なぜここであのクズ親父の顔が浮かぶ。あいつは理念こそ称賛に値するが家族を省みなかった。俺はあいつとは違うだろ。
「聞いたよ、王太子妃殿下様と会ったんでしょ。」
「どんな人だったの?」
意外だな、どうせまた馬鹿なことはやめてねって言うと思ったんだが、不思議なこともあるもんだな。
「すごく綺麗な人だった。それはもう、ビクトドールのような。」
「…3点。ビクトドールに例えられてもあんまり嬉しくないかな。」
こりゃまた手厳しいな。
「じゃあサンティの聖母のような…」
「わかりにくい、2点。もっと直接的に言えばいいのに。」
「高貴なお方にそんな下品なことできるかよ。」
「飾らない方が嬉しいんだよそういうのは。私も含めてね。」
「赤裸々に本音を言うなんてできっこない。」
僕はそう言い残して去ることにした。腹が減ったのである。
「意気地無し。」
後ろから小さな声で聞こえたが、言い返してもこれもまた負け惜しみ。だから何言わず食卓に向かう。
廊下にいてもわかる微かなトマトスープの匂い。
「お待ちしておりました、テルール様。冷めないうちにお食べください。」
二人の使用人が扉を開ける。
その瞬間、微かだったトマトスープの匂いが確かなものとなる。
椅子に座り、ナイフを持ってメスを入れるようにロールキャベツに刃を入れる。
切り分けた一辺を口に運び咀嚼する。噛む度に肉汁と染み込んだトマトスープの味が溢れ出して止まらない。
やはりいいな。これだよこれ、お貴族様の嗜む硬い肉なんてゴミだ。そんなに硬いのが食べたいなら神聖帝国のレンガみたいなパンでも食ってればいい。
再び同じ味を味わう為、口の中をリセット。勿論飲むのは葡萄酒ではなく水だ。なにせ味のついた飲料は食本来の味を乱す。
故に水だ。色の着いた飲料なぞクソ喰らえ。僕はコーヒーもビールもティーも嫌いなんだ。
「テルール様、こちらを。」
人が楽しんで食事している時に何用だ。
「法務省とオーレン公様からでございます。」
「法務省の方から頼む。」
天秤と蛇の紋章が封蝋となっている封筒。天秤は平等を、蛇は目得ざるを見る力を表すらしい。
「開けてくれ。」
召使はレターオープナーを使い封筒を開ける。
「どうぞ。」
シャルロ・アンリ・アンサング様
テルール=テルミドール・マクシミリアム様
処刑に関する通達書
オーギュスト・ブルボン=ラソレイユ王太子殿下とマリア・アントワール王太子妃殿下の婚姻に伴い、刑罰者の全てを恩赦とする故、現在予定されている処刑の一切を中止とします。
また処刑予定費用につきましてはラソレイユ法典刑罰法規定第43条の2に則り、その三分の一をお支払致します。
法務省 法務大臣
アナベル・ド・アルバレス
1784年 6月1日
「なるほどね。オーレン公の方も頼むよ。」
「承知致しました。」
アヤメの花を模した紋章。間違いなくこの封蝋はオーレン公か国王陛下の物だ。
「開けてくれ。」
僕は再び水を飲んでからロールキャベツの一辺を口に放り込み、次にパンをトマトスープにつけて食べる。
「テルール様。」
渡されたそれを読む。
先の依頼の完済大変御苦労である。
よって君の先だっての願いであるJ.J.氏との面会を約束する。
また隔たり無き治癒魔法医師の件については必要経費を一年毎に請求する形とする。
また同封されている書類につては必ず目を通しておくように。
「もう一枚あるらしいけどあるか?」
もう一枚の紙はひどく豪華でまるで結婚祝いのようだった。
invitation
ヴァルサイエーズ舞踏会
に招待致します。
1784年 6月22日
ロイス=ヴァロワ・フィリップ・オルレアン
マリア・アントワール=ロレーヌ・ドートリシュ
「はぁ!?」
前言撤回。お貴族様の中でも最も気高い人達にとっては理など合ってないようなものなのである。
ブオナパルテは洗礼名なのですが、ナポレオンじゃなくて兄の洗礼名という説もあります




