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何もしない日/太陽の御子



 「シャルロ、狩猟いかないか?」


 「やだ。」


 まさか断られるとは思ってもなかった。いつも誘ったら来てくれるんだが、どうして今日だけ…


 「昨日車裂き3人。」


 そりゃ断るよな。車裂きは結構体力と精神がいる処刑法だからな。斬首は一発斬って終わりだし、絞首は括ったあとに引っ張って首の骨を折ればいい。

 でも車裂きだけは違う。あれはできるだけ悲痛な叫びをさせるようにしなければならない(ラソレイユ法典より)。要は処刑人の人間性が削れていく刑なのだ。


 「だから今日は何もしない日。私もテルールも。いいね?」


 「わかった。」


 何もしない休みか。無理だな。常に手と頭を動かさないと落ち着いてられない。かといってこれていった趣味もないので、仕事か勉強をするしかない。

 図書室にでも行って言語学習でもしようか。


 「何する気?」


 彼女は僕の肩を掴む。少女の力だとは思えない程強かった。


 「コルテ語の勉強。」


 コルテ語、主にコルテ島で話されている言語だ。ローマニアのコスタリーナ地方の方言に近く、ムガル・ユーロ語族ローマニック語派に属する言語。

 前世の記憶で言うとコルシカ島のコルシカ語だろう。あの島からは世界を変える英雄が産まれる気がするので勉強をしている。名前はなんだったか、ナポリタンだったかナポレオーネとかだったと思う。


 ……まずいな、前世の記憶の殆どが消えかかっている。


 「趣味ならいいんだけどさ、そうじゃないなら行かせないよ。」


 「今日は、何も、しない日。だから貴方は何もしない。」


 何もしないって何するんだよ。そう言ってやりたかったが、ここまで本気の彼女を止めることは不可能だ。


 「わかった。天使がラッパを吹いたり墓から死体が蘇っても何もしない。約束する。」


 「おっけ。んじゃ私庭で寝るけどどうする?」


 僕には何もしないができそうにないので、とりあえず彼女について行ってみるとした。

 燦々の太陽、囀る小鳥、雲1つない快晴、心地良い初夏の微風、あの稲穂の海は金色になっているんだろうか。

 彼女は己の上着を脱ぎ捨て、それをシート代わりにする。そしてそこに横たわった。


 「寝なよ。」


 何もしないのプロの指示通り、僕も彼女の上着の上に横たわった。

 ただ横になり、草を眺める。息を吸って吐いている。鳥の声だけを聞いている。

 あれ、息ってどうやって吸ってるんだっけか。心臓のリズムって気持ち悪いんだな。

 まずい、頭がおかしくなりそうだ!呼吸が気持ち悪い!心臓が煩い!目がチカチカする!

 ポケットからメモ帳を取り出してペンを持ち、明日やるべきことをメモする。

 そうしようとしたとき、虚しくもその2つは奪われた。


 「何も、しない。」


 悪魔だ!シャルロは悪魔だ!くそう、やっぱり何かをしよう。そうだ、頭の中でも今後の予定を立てるくらいはできるはずだ!


 「何かをするくらいなら寝て。」


 僕の瞼はあの冷たい手で覆われた。そしてその手は僕の頭に移動する。


 「馬鹿は何もせず寝てな。」


 櫛を入れるような感触に安心を感じ眠気に襲われる。

 馬鹿は何もせずか。君にとってずっと僕は弟のようなものなんだろうな。

 それは、少し悲しいな。


 僕は陽光の照る中に眠った。

 夢は、見なかったと思う。


 「…何時間寝てた?」


 僕が起きた時、まだシャルロは隣にいた。そして、何もしていなかった。


 「1時間。」


 どうりでまったく日が傾いていない訳だ。


 「まだ1時間?」


 シャルロの隣に人がいる?誰?本当に誰だ?

 金色のパーマに仕立ての良すぎる服。日焼けを知らない肌に傷跡1つすらない華奢な手。もはや女だか男だがわからんな。

 しかし、何処かで見たことあるような…


 「えっ、誰?」


 当然の疑問だ。寝て起きたら知らん人が隣にいたら全ての感情すっとばして疑問だろう。


 「知らない人。」


 知らない、人?なんでそんなに冷静なんだ?えっ、怖…


 「えっと、この屋敷がムッシュ・ド・ソレイユの所有地であり、この方がシャルロ・アンリ・アンサングと知っての無礼か?」


 「ここでなら余であっても"何もしない"ができるからな。」


 余?シャルロより上の爵位ということか?伯爵か辺境伯?ひょっとして侯爵だったりするのか?そうだとしたら結構な失礼をした可能性があるな…


 「失礼ですがお名前をお聞きしても?」


 彼は呟くようにして静かに答えた。


 「オーギュスト。」


 オーギュスト。つまり太陽の子オーギュスト・ブルボン=ラソレイユ。


 「なっ…!しっ失礼致しました、王太子殿下。先程のご無礼どうかご容赦致します。」


 僕は跪き、頭を垂れて許しを請うた。なにせ王太子殿下であらせられるお方、無礼をしたら文字通り首が飛びかねない。


 「テルール、何もしない。」


 何もしないと?この状況で?


 「テルール…あぁ。フェルゼンか。」


 「オーレン公もなかなか賤しいな。こんな貴人を余が妻に寄越そうとはな。」


 「いえ、私には貴方のほうが気高く思えます。私は…」


 「よい、フェルゼン。何もするな。」


 流石に王太子殿下に言われたら何もしないをせざる終えないが…しかし何もしないを意識していてもなぜ王太子殿下がここにいらっしゃるのかを考えずには居られないな。


 「その、どうして殿下はこちらに?」


 彼はただ聖審問会という本を読みながら答えた。


 「平民の貴様にはわかるまい。」


 その拒絶の前に僕は何もいえなかった。

 それからは誰も喋らず、時だけがすぎて太陽はただ西に傾いた。


 しかし太陽が茜にならないうちにその沈黙は破られる。


 「良き休日であった。」


 「フェルゼンよ、我が妻を頼んだぞ。」

 

 彼は去っていく。一度も振り向かずただ門を抜けて去っていった。


 しかし、これは夢だ、夢に違いない。王太子殿下が護衛もつれずに歩くなどと。たとえこれが現実でも夢と言い張るぞ。

 だがそれはそれとしてだ。

 平民の僕にはわからない。これが何を指しているのかわからない。

 シャルロにならわかるのだろうか?

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