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【第一部完】プレリュードの終わり

テルール視点


 気づいたら僕は屋敷の医務室にいた。そして隣にはシャルロが寝ている。

 何があったのか。

 あぁ、そうだそうだ!俺は母親を殺したんだ!


 「うっ…」


 口の中で何とも言えない不快な味を感じる。それはとても熱くて、今すぐ吐き出してしまいたい。


 「この中に吐くといい。」


 バチストは紙袋を僕の横に広げ、僕はその中に自分の口の中の熱いものを吐いた。


 「バチスト様、先程のこと、申し訳御座いません。」


 全ての記憶が蘇る。あぁ、そういやとんでもないことをしたんだな、僕。


 「いや、いいんだ。」


 彼は大きく溜め息を吐いてから語った。


 「引退だな、私も。」


 ムッシュ・ド・ソレイユ及びテルル・ド・ヴァルサイエーズの引退。それはつまり両地位にシャルロが立つということの裏返しだ。


 「あぁそうだ。偽名を考えておいた方がいい。君の名前、覚えられたかも知れない。」


 偽名、か。そういやテルール・マクシミリアムって言っちゃったもんな。


 「偽名、ですか。名付けてくれませんか?良い感じの、普通の名前。」


 父親から与えられた名前を気に入っていない訳では無い。でも、それはそれとしてもしまた名前が貰えるのならバチストからがよかった。だって僕にとってもう貴方は父親と同じくらい大きな存在なのだから。


 「って言われてもな…」


 「貴方になら、僕は名付けられても構いませんし、むしろ貴方から名前を頂きたいのです。」


 しばしの時間の後に彼は僕に名前を付けた。


 「サン=ベルナール・ロベスピエール。外ではそう名乗るといい。」


 ロベスピエール、僕の記憶の中の歴史に居た人。でももう何をした人なのかも忘れている。


 「分かりました、バチスト様。サン=ベルナール・ロベスピエールの名、ありがたく頂戴いたします。」


 でもいいんだ、僕の一番尊敬する人から戴いた名前なのだから。


 「…少し席を外す。君は強情でタフな男だから一人じゃないと泣けないだろう。」


 この部屋にはまだ寝ているシャルロと僕だけが残された。

 ベッドから静かに出ようとしたその時、彼女に袖を捕まれた。


 「テルール、行かないで。危ない事、しないで…」


 悪い夢でも見ているんだろう。いや、この世の全てが悪い夢だ。


 「さっき言ったじゃないか、僕がついてると。」


 母の頭の感触、まだ覚えてる。そしてそれを自覚すると再び熱いものが胃から飛び出そうになる。

 口で押さえ、それを我慢する。

 だが口と胃に集中していたからなのか、目からも熱いものが滲み出ていることに気付かなかった。


 泣いているのか、僕は。


 両親が死んだんだ、そりゃ泣くよ。だけど違うな、あれ、なんで僕は泣いているんだ?

 母や父が死んだのは悲しい。でもそれはもう踏ん切りつけただろうが。なら、なんで…


 「あぁくそう、かわいいな…」


 隣で眠る彼女は美しくそして儚い。まるで一つの絵画のように思えて、触れることすら憚れる。

 あぁ、こんな少女に処刑をさせて、そしてこの少女の子供にもその子供にも残酷な運命を強いるのか?

 そんなの、許せるものか。


 「んっ…テルール。」


 彼女はゆっくり目を開けて、現実で僕を呼んだ。

 

 「テルール!!わたしっわたしあなたのお母様のことを…」


 彼女は起きるやいなや感情を爆発させて僕の胸の中に飛び込んできた。そしてこの胸の中で泣いて僕の服を汚す。


 「いいんだ、全部もういいんだ。君は頑張ったんだ。」


 その言葉と泣きじゃくった姿、僕はそれに打たれて自分の感情を失ってしまった。男という性はかくも機械的なんだろう、今はただ、目の前の少女を護らねばと思っている。


 「やめて!やめてよ…!だって一番辛いのは私じゃなくて貴方なのに…」


 「最低だよ、私は。」


 「違う。君は何も悪くない。高等法院の決定に則って正式に…」


 あぁ嫌になる。僕は人の慰め方なんて知らないんだ。自分の慰め方すら知らないんだから…


 「違う!私は理論の話をしてるんじゃないの、貴方の気持ちの話をしてるの!」


 僕の気持ち、か。残念だが僕には僕の気持ちすら分からない。君の泣きじゃくった顔をみて分からなくなったんだ。悲しいのか、怒っているのか。今の僕はまさしく無色なんだろう。

 だから僕は彼女を強く抱きしめた。


 「苦しいよ、テルール。」


 「僕は自分の気持ちがわからない。」


 「だから論理的に考えてみたんだ。そしたら最後に残ってたものは君だった。」


 僕が全てを失った以上、君には僕の理由になってもらう。


 「シャルロ、13歳の約束憶えてる?」


 その言葉に彼女は顔を見上げる。彼女の薄い唇が目の前にある。心臓がうるさいのは、バレているんだろうな。


 「私は白馬に乗った王子様なんて望んでないよ…」


 7年後、僕はその言葉の意味を知ることとなる。



 ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる。


 日暮れよ、鐘よ鳴れ。


 月日は行きて、僕はそのまま。


 ミラボー橋 ギヨーム・アポリネール

 

 


第一部完です。ここで一旦評価感想いただけると嬉しいです。今後に活かして参考にさせていただきます。



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