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テルール・テルミドールの傲慢革命



 テルール=テルミドール・マクシミリアム視点


 サン=ベルナール・ロベスピエールが完全に死んでから三ヶ月が経った。


 「短い間だったけど、お世話になったよ。ありがとう」


 監視の使用人の三人は本日付けで辞めるそうなので、彼らに感謝をして握手をする。


 「こちらこそ、貴方のお世話ができて光栄でした。偉大なる星サン=ベルナール・ロベスピエール様」


 「辞めてくれよ。君は俺の正体を知っているはずだ。俺はそんな大層な男ではない」


 「知っていますよ。知って尚、私は貴方を偉大なる人だと思っているのです」


 「その言葉、ありがたく受け取っておくよ」


 こう言われると、サン=ベルナール・ロベスピエールという男の存在も案外悪いものではなかったのではないかと思う。実際、今にしてみれば最後まで果たす事はできなかったけれどやるべき事はやれていたと思う。だからもう、サン=ベルナール・ロベスピエールの話はこれで終わりだ。


 「それとロベスピエール様、替えの者はもう着いておりますから、すぐに挨拶させますね。お二人にとって馴染み深いお方だと思いますので、よくしてやってください」


 三人はこのコテージから出ていき、そして新たな使用人として彼女が入ってきた。シャルロは彼女の姿を見るや否や彼女に抱きつき抱擁を交わした。


 「久しぶり、クロエさん」


 懐かしいな、アンザングの家に居たあの召使いだ


 「お久しぶりです。シャルロ様、テルール様」


 クロエはシャルロを抱擁しながら空いた片手で僕と握手をする。


 「久しぶりだね、俺も会いたかった」


 クロエは僕の顔をポカンと口を開けながら見つめている。


 「なんか、爽やかですね。憑き物が落ちたようなそんな感じがします」


 「憑き物か、そうだね。そうかもしれない」


 俺はクロエにコテージの部屋を案内した後、彼女を書斎へと招いた。この書斎もここ三ヶ月で散らかったもので画材やらなんやらが散らかっている。


 「絵を描かれるんですか?」


 「うん、新しい趣味だよ」


 彼女は下手くそな海岸の絵を見て首を傾げる。


 「あんま上手くないですね。なんというか、絵の具そのまま使ってませんか?だからこそ、鮮やか過ぎるというか、例えるなら5歳くらいの女の子の服って感じですかね」


 これは事実だ。俺はこの海岸を描くとき、ほとんどの色をチューブから出した色そのままで使った。では何故そうしたのか、それは混色によって明るさが落ちてしまう事を避けたかったからである。


 「印象派って人たちの真似をしてみたんだ。でも上手くはいかないね、基本からやらないとダメみたいだ」


 理論は合っていた、でも失敗した。じゃあ失敗の原因となるものは、となると僕が基礎を知らないことであると考えられる。俺は今までの人生のほとんどを陰謀と謀略に費やしてきたから、このような教養的なものを学ぶことは多くても教養的なものを俺のこの手で体験するという事は殆ど無かったのだ。


 「ん、じゃあそうですね。今度買い出し行った時に絵の本を買っておきましょうか?」


 「あぁ、頼むよ」


 一度画材を片付けて、机の上を書類だけにする。この書類が今回彼女を書斎に呼んだ理由である。


 「それでその買い出しの時にさ、これを郵便に届けて欲しいんだ」


 紙の束を一纏めにして封筒に入れる。そしてそれを閉じて丁寧に棚に置いた。


 「なんです?これは?」


 「僕の回顧録の執筆をニコラという人に頼んでいるから、それにあたって必要なものをここに入れた」


 大戦争の少し前、俺はニコラにとある事を頼んでいた。それがこれ、サン=ベルナール・ロベスピエールではなくテルール=テルミドール・マクシミリアムの回顧録だ。


 「それはわかりましたけど、どうして回顧録を?」


 「後世の奴らが俺のことを馬鹿だとか間抜けだとか愚か者だとか言うことについて、俺は気にしない。でもさ、俺が馬鹿で間抜けで愚か者であったから、俺についてきて死んだ人達が馬鹿とか間抜けだとか言われるのは違うと思うんだ。

 だから俺、テルールの回想録という形でサン=ベルナール・ロベスピエールという人格を私人レベルに堕とす必要があるんだ。だってそうなれば、後世で俺が偉大な人と評されるなら俺についてきた人は見る目があったとなるし、逆に俺が世紀の悪人であったならば、俺についてきた人達は俺に騙された可哀想な人達という評価になるからね」


 長々と彼女に話してみたが、要はエゴだ。だって世界のことを考えるのであれば、悪人を信じた人は間抜けと嘲笑われて反省の材料になるべきだ。でも僕はそれを良しとしなかった訳だ。これをエゴと言わずしてなんと言うか。


 「そう言うことですか、でしたら私も是非その回顧録を購入したいものです。タイトルとかもう決まってるんですか?」


 「テルール=テルミドールの傲慢革命でいこうかなって思ってるよ。多分それがいいかなって」


 大戦争もその後の世界も、その始まりはあの革命だ。だから革命そのものをテルールという個人の傲慢さによって引き起こされたものと、革命を私物化することで大戦争とその後の世界の責任をテルールという個人に押し付ける。それがこのタイトルの意味だ。


 「なんでマクシミリアムまで入れないんですか?」


 「マクシミリアムまで入れたら長いだろ」


 マクシミリアムまで入れたら世界のマクシミリアムさんに迷惑がかかるし、何より父さんと母さん、そして親戚があらぬ不利益を被ってしまうかもしれない。だから入れる訳にはいかないんだ。


 「で、これの話は済んだから次はこっち。なんならこっちが本命なんだ」


 机の引き出しから小さな木箱を取り出す。本当に小さな、手乗りサイズの小さな木箱だ。


 「え、私にですか?」


 「い、いや違うんだ。その、シャルロにさ、これをあげたくって。それでシャルロはどう思うかなって」


 彼女は少し軽蔑するような瞳を向けた後、大きなため息を吐いて答えた。


 「意っ気地なしですね。そんなん普通に渡しちゃえばいいでしょ」


 「いやその、怖いんだよ」


 「はぁ!?えっ、革命とか戦争やっておいてこの程度が怖いんですか?」


 今まで人に何かを渡すとき互いの利益を考えるだけで良かったから、こういう完全な善意で人に物を渡す時、何を考えればいいのかわからない。だから怖いんだ。


 「怖いよ。絶対にないと分かっていても、シャルロに嫌だって言われたらって思うとさ」


 彼女は再びため息を大きく吐いた。そして両手を使って呆れたという感情を体で表す。


 「よくそんなんで革命とか戦争とかやれましたね。とにかくですね、とにかくです。そんなん受け取ってくれで終わる話でしょ?」


 「それが出来ないから…」


 彼女は俺の話を遮って話を続けた。


 「出来ないじゃなくてやるんです。それも無理なら独り身で死んでください」


 それは困る。これは約束なんだ、昔に約束。だから俺はやらなくちゃならない。


 「…やってやるよ」

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