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完全敗北



 「何を言っている?気でも狂ったのか?」


 「いえ、正気です。私は正気で貴方を誘拐しようとしている」


 ラパイヨーネは冗談を言うような性格ではない。にも関わらずこんな馬鹿げたことを言うなんて…ありえない話だ。


 「状況を理解しているのか?例え今君が僕を誘拐、あるいは殺したとして君がこの国の長になることはできない。よく考えてみろ、僕が誘拐されたらすぐに僕に熱心な人達が君かあるいはタレイラーの仕業だと疑うだろう。そうなれば軍も政治も二分される。それを分かっているのか?」


 「貴方こそ理解しているのか?貴方に熱心な人は、特に軍にいる貴方の信奉者は私が貴方を誘拐したとしても本気で貴方に殉ずることはしません。むしろ私の誘拐に納得いく筈だ」


 「話が見えてこないな、それは希望的観測だろう」


 こいつが僕に勝つルート、僕はその全てを封じた筈だ。だからこの男はここしばらく大人しかったし僕に反抗的な態度を見せなかった。今頃になって全てを捨てて一か八かの賭けに出たのか?でもそれにしてはなんだそのニヤケ面は。なんで勝利を確信している?この状況で勝利を確信できる材料はどこにあるんだ?


 「違います。覚えてないのですか?私は言った筈です、貴方は貴方自身に負けたと、そして再び、貴方は貴方に負けるのです」


 「意味がわからない。冗談のつもりなら今すぐやめろ」


 「まだわからないのですか?あんたは負けたんです。貴方の肉体の病によって負けたのです。そして完全に詰んだんだ、あんたは」


 「いい加減にしろ」


 「まったく馬鹿な人だ。簡単に説明してやる、サン=ベルナール・ロベスピエール」


 彼は僕の胸を指差しながら語った。


 「我らの偉大なる大統領閣下は会議中に体調を崩され、執務も儘ならぬほどに衰弱なされた。暫くマルサイエーズ郊外に構えた別荘にて療養を図ると。そう言う訳です」


 「そんなでまかせ…」


 冷や汗が止まらない、手が震える。僕は気付いてしまった。このでまかせは成立する。あぁそうだ!さっきあの将軍は言っていた、僕の体調がすぐれないのは軍上層部では周知の事実だと。であれば軍上層部においてこのデマは成立してしまう。では政治の方はと言うと議会を解体しているから力を持てない、ならば民衆は?


 「民衆は認めない」


 「認めますよ。だって今の彼らは豊かで平和を享受している。だから貴方のために命を賭す気力なんて持ってない。食を奪われる訳でもないですしね。何より私はジョシュア・ラモーヌらと違って表立って貴方と対立することはなかった。むしろ民衆から見てしまえば私は貴方の信頼できる右腕ですから、彼らは貴方に対して祈りを捧げて、それで終わりです」


 詰んだのか、いや、何か他に手がある筈だ。さぁ、考えろ僕。あの処刑を乗り切った時のように思考を巡らせて逆転の一手を思い付け、そうしなければ…


 「何より皆薄々気付いているんです。確かに貴方と言う存在は偉大であるが、もたれかかるには脆過ぎると。だからもう、貴方は終わりなんです。貴方一人が如何に強かろうと、貴方の先が短いのなら意味がない。もう、辞めにしましょう」


椅子から立ち上がり、彼の胸元を掴んだ。


 「違う!僕の終わりがこんな静けさのあるものではあってはならない筈だ。僕は沢山殺した、だから僕の終わりは果たすか、それか無惨に死ぬかどちらかだけだ、それ以外は許されない、だからこれは違う」


 「それをできなくしたのは貴方自身だ。貴方が宿願を果たせなくなったのも貴方の肉体故であるし、貴方が無惨に死ねなくなったのも、貴方の行動によるものだ。だからこれは正しい結末だ。順当で正当な、こうにしかならなかった結果だ」


 彼は僕の後ろに立って僕の手を縛った。僕はただ、打つ手なしという状況に唖然とするしかなかった。


 「さぁ行こうか、サン=ベルナールいや、テルール・テルミドール・マクシミリアム」


 僕は彼に背中を押され、首相官邸の外に泊まっていた馬車に連れられる。そして馬車に乗った時、そこには帰ったはずのタレイラーが居た。


 「流石の大統領閣下もこれではもう何もできないでしょう」


 二人は対面に座り、僕は車窓を眺める。


 「何も?それはまだわからないだろ、まだ何かあるはずだ」


 タレイラーは溜息をついてから答えた。


 「貴方は三部会に革命に大戦争に、そして熱月(テルミドール)の奇跡にと、大きな場面を経験し過ぎた。そしてそれらを己の才覚と技量てろ無理やり切り抜けてきた。だから貴方は驕ったんだ。きっと自分が倒されるのならとても巨大な舞台で手強い敵で、何より尋常ならざる策であると、その結果がこれだ。貴方は自分自身によって、こんな小さくて静かで、呆気ない敗北を迎えた」


 面と向かって言われると嫌でも理解させられる。自分の驕りと現在の詰み状況を。


 「僕が一声かければ、奇跡は起きる。あの時のように。だから僕はまだ完全には敗北していない」


 ラパイヨーネは刺すような厳しい口調で答える。


 「確かに奇跡は起きる。しかしだ、貴方の肉体は奇跡の責任を果たすのに耐えれるのですか?だって現に貴方は身分制度の解体とユーロの平和こそ果たしたものの、それは不完全なものだったではないですか。かたや世界にユーロとそれ以外と隔たりを作って、ユーロの平和の代わりに各地での紛争を作って、そんな結末になってしまったのはひとえに貴方の病状悪化によるものでしょう?」


 「しかし、僕は…ちくしょう」


 タレイラーは意気消沈する僕に畳み掛けるように追撃を加えた。


 「やはり貴方はジョシュア・ラモーヌと同じクラバットを巻いた糞だ。だから奴と同じく、お前は変わりゆく世界をマルサイエーズの郊外から指を咥えて見ていろ。それが私達から与えられる、貴方に対する最大の報いだ」



 馬車は10日程走り続けマルサイエーズを目指した。僕が彼らと会話することは二度となかった。

脳内プロットの最後の部分までようやく辿り着きました

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