欠落
熱月の反動から三ヶ月。体調こそ優れないが頭は冴えたままだ。
「すまない、気にしないでくれ、話を続けろ」
首相官邸の会議室、内閣で今後の方針会議をしている最中、僕は血を吐いた。服が汚れるのも机が汚れるのもいつものこと。そして内閣の彼らは全員それを知っていて慣れているから、僕もこう言うだけで済んでしまう。
「かしこまりました、大統領閣下。先週のアルビオン大使の対談で取り決めによりターキー帝国をアルビオンと挟み撃ちにすることが正式に決定されました。その際の国境はアンカルを中心として東西にという形で」
外相タレイラーがそう発表しながらターキー帝国の地図に線を引く。国防大臣であるラパイヨーネはそれを眺めて、時折り指を刺しながら頭の中で作戦を立案する。
「国防大臣としてはこの戦争にローマニア海軍の力を使いたいと考えています。全ての方角から圧迫し、戦後の国境をアンカル以東に移動させたい。そう、アデンナまでです。ここまで移動させればターキーの殆どの金鉱山をこちらの勢力とすることにできます」
「わかりました、ではローマニアと交渉しておきます故。しかし私としては反対です。国境を移動させると言うよりも、金鉱山のあるアデンナを占領するべきだと考えています」
「経済大臣としては賛成で御座います。何せ金は船で運ぶのでありますから、わざわざ領土を陸続きてする必要はないと考えます」
「ラパイヨーネ、国境を動かさずアデンナを占領するだけとして条件を再設定し必要戦力の概算しろ」
話の最終決定権を持つのは僕なのでまとめ役になる。
「そうですね、12万と戦列艦10隻程です」
「では国境を動かそうとした場合は?」
「16万と戦列艦36隻程で御座います」
「ならアデンナ占領のみに留めよう」
結論が出して話をまとめる。
「少し席を外す」
会議室から出て廊下の壁にもたれて心臓を抑える。呼吸が荒くなっているが、こんなものいつものことだ。少し落ち着けばすぐに治る。
しかし本当に嫌だな。アルビオンとの世界分割政策なんて。覇権国家による直接戦闘を避けた未来永劫の代理戦争の世界、こんなもののために、僕は…
「決まったことに後悔するなんてな…間抜けのすることだ。考えても意味がないことに…」
動悸が治まって部屋に戻ろうとした時、目の前に見覚えのある男が居た。
「君は確か、あぁ。アルペンとウィンネスでは世話になった」
彼はアルペン越えの時僕と口論した将軍である。彼は名将という訳でも愚将という訳でもなく、ただ努めて命令を尽くし平均的な戦果を出す平均的な軍人である。
「その節はどうも、大統領閣下。それで閣下は何故このような場所で蹲っていたのですか?」
「ただの貧血だよ。最近寝不足だったから」
「貧血で心臓を抑えるのですか?心臓病ではなくて?」
「もう言い訳意味ないか」
「はい。大統領閣下の体調が慢性的にすぐれないのは軍内上層部では周知の事実ですからね」
僕の不調が周知の事実か。ならば毒殺には気を付けなくてはならないな。この前ラパイヨーネが出してくれた寿司だかなんだかを気にせず食ってしまったばかりであるけれど。
「それは憂慮すべき事態だ。何か対策を講じなければならないが、手立てがないな」
そういえばラパイヨーネはイベリア統治の際、イベリア人の心を掴む為にロデオをしたそうだな。僕もそれをやるのが効率的なんだが、僕の身体じゃできそうにない。
「ともかく、伝えてくれてありがとう。今後ともよろしく頼むよ」
「軍人として当然の務めで御座います」
会議室に戻り、自分の席に着く。もうさっきの話題は終わっていたようで、彼らは世間話をしている。内容としては政治的なものだったり絵画だったり、それこそ茶菓子だったりで様々だが、いずれにせよかなり高度な内容だ。なにせここは馬鹿となされれば足元見られて騙される世界、当然賢さを取り繕う為の教養は深いものが好まれる。
「少し時間を取らせてしまったな、次はこれについてだ」
資料を回す。彼らはその資料を一瞥するが反応はまちまちだ。法務大臣はいつもの面でタレイラーもそれが何を意味するのかわからないからなのか特に変わらず、しかしラパイヨーネだけは口と目を大きく開けている。この差は即ち、魔法に対する理解度だ。
「ブランデンブルク公国のカイザー・ヴォルフ魔法研究所から発表されたものだ。魔法の素たる魔素に魔素をぶつけた結果、魔素がさらに小さく分裂することを発見した。つまりだ、魔素の濃度が高濃度あれば、魔素と衝突して作られた小さな魔素が他の魔素と衝突、それが連鎖的に反応する事になる。で、これを彼らは魔素分裂と命名したそうだが。さて、じゃあこれを見て僕とそしてこの国の科学者が思いついた事、もうわかるだろ?爆弾だ」
魔法に明るい者ならば、この言葉の意味がよく理解できるはずだ。その証拠にラパイヨーネは口で手を押さえている。
ラパイヨーネ、彼とて科学者隊を扱う為に科学を勉強した身、そうであるのならば魔法の分野に明るいのも当然である。
「大統領閣下、つまり爆弾を作るとして、高濃度の魔素とそれを作る為の濃縮法の確率、そして起爆剤となる魔素を臨海させて分裂する側の魔素に打ち込む機構の開発、何よりプラント建設と魔素固着化施設の建設、どれほどの予算が必要なのか計算すら叶いません」
「そうだ、僕もそう思っている。だからこの兵器はアルビオンと共同研究するべきであると思うんだ。アルビオンだけがこれを持つという状況は避けなくてはならないからね」
「それはだけはなりません、大統領閣下。国防大臣としては共同研究には断固反対でございます。この爆弾をこちらが先行配備する事ができれば、今後の世界分割において予め決められた規定を大いに逸脱する事ができる。それはこの爆弾に投げ入れた利益よりも大きくなると考えます」
「しかしだ、ラパイヨーネ。実際この爆弾の開発にどれほどの資金が掛かる?何よりこちらが先行配備をと徹底して目指すのであれば、この爆弾の開発は徹底して隠蔽される必要がある。そうした場合、さらに資金が嵩むぞ。それこそ、植民地の砂漠に一都市を作って科学者を疎開させるなんてことも必要になるかもしれない。そんな金が一体どこに?」
「それをこれからターキーとヤーパンで確保するんです。多数の金鉱山をこちらが独占するのです、無理やりにも」
あまりにもリスクが高すぎる。爆弾が完成する前にアルビオンとの協力が破談になってしまうんじゃないか?
「その不躾なのですが、魔法に明るくない私には事の重大さがわかりません、ですからその爆弾の具体的な効果をご教授ください」
タレイラーは話に置いてかれまいと、あるいは国家にとって重大な決定を僕達二人に任せたくないとそう質問した。
「正直ここも未知数なのです。今までの爆弾とは仕組みから何まで違うのですから。ですが最低でも一都市を灰にする威力はある筈です。また最大では、世界を焼き尽くす事になるかもしれません」
「世界を焼き尽くすというと?どういう事です?」
「はい。この爆弾の仕組みは魔素を魔素にぶつけて連鎖的に分裂させてそれをエネルギーとする仕組みで御座います。ですから大気中、あるいは海中に存在する自然の魔素に爆弾で分裂した魔素が衝突し…つまりです、魔素分裂がエンドレスに続く可能性があるのです」
「そうなるとどうなるのですか?ラパイヨーネ国防大臣」
「大気全体で魔素分裂反応が発生するという事、即ち大気が、もしくは海洋が発火し続けるというわけです。これは自然界に存在する魔素が完全に消失するまで終わりません」
彼の言葉にここにいる全員が戦慄した。この爆弾、世界を焼き尽くす破壊者に対して、というよりも我々がその破壊者の魅力に逆らえない事に対して戦慄したのだ。
「いいですね、私はラパイヨーネ国防大臣に賛成です」
「…法務大臣としては反対で御座います。アルビオンと共同研究をやるべきだ。いざ作ってはい使えませんではそこに投じた金が意味がなくなる」
国防大臣と外相が賛成、僕と法務大臣が反対の立場を取って会議は割れた。その後科学者を呼んでの検証や計算を行ったが、意見は割れたままだった。
「無理だな、今回はまとまりそうにない。科学連での検討を待つという事で手を打とうか」
昼の一時から始まった会議は十時を回って終わりになる。前半のターキー進行の件はまとまったが、後半の魔素分裂反応を利用した爆弾についての結論は保留のままである。
「では私達は退室させていただきます、お疲れ様でした」
法務大臣とタレイラーが退室し、部屋には僕とラパイヨーネが残された。
「何か話でもあるのか?ラパイヨーネ」
彼は黙ったまま扉に向かい、そして鍵を掛けた。
「残念ながらこれで詰みだ。サン=ベルナール・ロベスピエール。お前を誘拐させてもらう」
彼は僕の目の前に立ち、座ったままの僕を見下ろした。




