テルミドールの反動
茶色のコートを羽織り、帽子を被る。いつものあの黒いサングラスを掛けて準備は終わりだ。
「行ってきます、バチスト様」
首相官邸から国会議事堂へ向かう。いつものように多数の馬車と多くの人間がいる。
「おはよう御座います、大統領閣下」
あの青年は今日も声をかけてくる。まったく、生意気な面をしていると思う。
「おはよう、タレイラー君」
「私の同期の議員やジョシュア・ラモーヌ先生の周りの議員は賛成に投票すると。まぁ、必要ないでしょうが」
必要ない。それは事実だ。だって半分が僕の勢力圏なら法案は通る。何より今の僕の議会内での勢力圏は一月と半分前に行われた投票の賛成反対票の割合を元として五分の四ほどだ。だから彼の努力は無駄だが、それはそれとしてこのような男とは友好関係を築いておきたいと考えている。
何せ彼が僕の見立て通り、昔の僕にそっくりであると仮定すれば、彼が僕を裏切ってくるのはだいぶ先になるだろうから。それまでは僕も彼を利用させてもらうし、僕も彼に利用されてやる。
「いいじゃないか。僕は君に力を付けて欲しいと思っている。君を味方につけた時のためにね」
「貴方は知っているはずだ、私がどれほど驕った男なのかを」
「だからだ。君は僕を直接下そうと考えているだろう。その時になれば僕は容赦をしないが、その時になるまでは僕も君のその天才性を利用したいからね」
自分で言ってても笑えてくる。これではまるで昔の僕とオーレン公のようじゃないか。
「そうですか。でも私の力なぞどこで必要とするんです?だって貴方は私の上位互換的な存在だ」
「君は僕の下位互換ではない。君は僕の忘れたものを持っている。僕が権力闘争の頂点に立って忘れてしまった、アグレッシブさと表現するべきだろうか。それは外交で強力な武器になるはずだ」
「なるほど、それで私がですか」
「そうだ、だから今後とも協力頼むよ」
彼と握手を交わした後、国会に入場する。いつものように最上段である議長席の左側にある大臣席に各大臣と僕が着席する。議長が席を立ち、開式の口上をする。いつもと変わらない。
「諸君、第25回国会は本日集会されました。議会を開式いたします。では第一位、議席の指定を行います。国民公会規則第14条より、諸君らの議席は議長において指定させていただきます」
「では第二位、議決に入らせていただきます。題材は死刑制度の廃止についてです。議決前演説、サン=ベルナール・ロベスピエール氏、お願いします」
立ち上がり息を整える。肺も痛くはないし、耳鳴りもしない。だから今日は大丈夫なはずだ。
「皆様、先々月のことです。千年後を見越した《ミレニアム》三位一体のユーロ改造論が可決されました。つまり関税緩和によって経済による身分制度解体へのアプローチを行なった訳で御座います。ですから次は直接的なアプローチを行う必要があるのです。その一つが死刑制度の廃止です」
まだ耳鳴りもしない。肺も痛くない。目の前の彼らもきちんと僕を見てくれている。
「処刑人、つまりアンサングの人々は身分制度に従い処刑人の子は処刑人と、命の重さに震える我が子に対して処刑人の剣を預けて参りました。しかもその断ち切る命は敵兵ではなく、かつてのラソレイユの友でありましたし、時には哀れな貧民でありました。私はこれが許せないのです」
肺に力を入れてさっきよりよく大きな声を出す。
「皆様、想像してみてください。貴方の息子が、あるいは貴方の娘が戦場ではなくパリスの市内でパリスの貧民を殺すのです!人を殺す覚悟も殺される覚悟も出来ていない貴方の子が哀れな命を殺さなくてはならなくなる!こんな不条理を許していいのでしょうか!」
「以上、演説を終わらせていただきます。あぁ、最後に一つ。処刑台に送られる人の多くは哀れであったり、気狂いでありますが、それとは別に理性や自分の持つ正義を理由に処刑台に送られる人々が居るということをお忘れなきように」
コートを整えて席に座る。肉体に異常はない。拍手も自然的な物だし、何もおかしな事にはなっていない。
「では投票に入らせていただきます」
投票が開始される。議員達が列を作って投票紙箱に入れていく。
「開票させて頂きます。賛成399票、反対101票。死刑制度の廃止案は可決されましたことを国会議長ジョシュア・ラモーヌの名において宣告致します」
議長の宣告に拍手をする。さて、今日の国会はこれにて終了だ。
「では第三位」
議長の声に議会が混乱する。その混乱の中には僕やラパイヨーネ、ルナも含まれる。何故なら第三位の予定なんて無かったからである。
「まずは今からお配りする資料をご覧ください」
奴の派閥の議員が立ち上がる。どれもこれも名前を覚えるような価値すらない凡人達であった。そして彼らは全ての議員に対して一枚の紙を配る。そしてその紙にはこうあった。
反革命的危険分子のリスト ルイ・イトワール・ルナ=ジャスティカ
その紙には処刑してきた人物と共に"ここにいる議員の名前"が記されていた。
「な!?でっちあげだ!!」
僕はそう主張するが、議会のざわつきがそれを隠す。
そして議長はここ一番の大きな声を出して叫ぶようにして主張した。
「死刑制度は廃止される!しかし!その前にこの男を!この悪魔のような男を排さなければならない!皆わかっているだろう!この男はこれからの平和な時代に相応しくはないと!」
ジョシュア・ラモーヌ、まさかお前が私を裏切るとは!?お前にそんな度胸は無かったはずだ!何がそうさせた!?まさか…
タイレラーは静かに笑っている。読み違えたのか!?奴は直接僕を下すと思っていたのに、だってそうしなきゃタレイラーは大統領にはなれないじゃないか。
「待て!これはでっちあげだ!」
しかしこれはまずい。だって僕は先々月こいつらの前で大量の吐血をした。僕の先が長くないとバレている。奴らの天秤が先の短い僕ではなく新たな主人に傾いている。
どうする!?
「さぁ皆様!私は議長ではなく、一政治家として、ラソレイユを憂いる物として皆様に提案致します!私たちは平和の時代に、新しきラソレイユのためにこの男を逮捕すると!」
僕を恐れていた議員が立ち上がり、大臣席を包囲する。こうなったら…
「待て!」
大臣らの前に出て叫ぶ。
「第一この資料について正式に保証す…」
高い音が鳴り、僕の左の太腿を貫いた。一瞬の冷たさと焼きつくような熱。血が吹き出して止まらない。演説ができなければ僕は何も出来ないのに、それも出来ないなら…
「ぐっ…くそ…」
ふと後ろを見た時、ラパイヨーネはルナを拘束していた。
「奴らを拘束しろ!!」
かつて僕を恐れていた彼らが僕の腕を掴む。僕はジョシュア・ラモーヌに完敗したのだ。




