譫妄
サン=ベルナール・ロベスピエール視点
目を覚ました時、僕は首相官邸の仮眠室のベットで寝ていた。
「はぁ?」
自分の不甲斐なさに僕を強く非難する。なんで僕は倒れたんだ。なんでもっと頑張れなかったんだ。議会が終わるまで、それかせめて演説が終わるまで耐えて途中退室でもすればよかった。なんで、なんで頑張れなかったんだよ。
「くそ、くそ。こんなんで、こんなんで僕は大統領やってけんのかよ、間抜けが。わかってんだろ、僕は、僕は恐怖で押さえつけてきたんだぞ、僕が弱ってるってバレたら…」
星遺物の理論を相手に使われる可能性がある。だって僕の所持している星遺物、星ヴァイクの王冠やら星ヴァイクの右手やら星槍ロンギヌスやらは意思を持っていると考えられている。だから強奪すれば、星遺物の意思がその強奪者を選び、強奪されることを受け入れたというロジックが働くんだが、その反面僕が病に臥したということはこんなロジックが生まれてしまう。
星遺物の意思は僕による強奪を望んでおらず、僕を呪っている。その結果がこの病である。
「この論理でいけば全ての正当性が失われる、僕のしてきたことの全ても」
何より一番まずいのは僕の正当性が失われることにより、このラソレイユ唯一教会共和国という体制そのものの正当性も、ひいては革命の正当性も失われる。そうなれば星十字軍が結成されてアウステルリッツ前に逆戻りだ。
「ちくしょう、ちくしょう。ここまで自分で築き上げたものを自分で崩す気かよ」
立ち上がり、机の上に置いてあるマリーゴールドが生けられたガラスの花瓶を持ち上げ壁に投げつける。大きな音を立てて床に散らばりぐちゃぐちゃになる。
「くそ、くそ、クソが!!」
耳鳴りと共に動悸がやってくる。そして今度は肺ではなく心臓に違和感がある。まるで心臓を直に撫でられているような感覚で不愉快だ。
「うるさい!黙れ!!」
机を窓に投げつける。窓のガラスは割れ、窓枠にぶつかった椅子の脚は折れた。
「最後の最後で…」
僕が静かに笑った時、扉が開いた。そしてそこには黒髪で白い肌の女性が立っていた。
「その、物壊したり散らかすのはあんま良くないと思うけど」
彼女は子供を諌めるような口調で僕にそう言った。でもそれより気になるのは何故シャルロがここに居るかである。
「人に当たるよりマシだろ」
「でも先生は人に当たるじゃん」
先生?僕をそう呼ぶのは、あぁ、そういうことか。
「あぁ、ルナか。そうだな、確かに僕は人に当たるな。ごめんな、確かに君が正しい、これからは気を付けるよ」
「先生?やけに素直じゃん」
「いや…まぁそうかもな」
違うんだ、素直な訳ではないんだ。ただ、自分の脳みそが本当に信頼できなくなったんだ。
「なぁルナ、少し予定を早めなくちゃならない。死刑制度の廃止、熱月中にはやらないと。12日よりも前でもいい。たとえばそうだ、熱月9日がいいな。そうだ、その日の議会で決めてしまおう。そうと決まったら話は早いな。会議を開くから議員に通知したい、手紙を持ってきてくれ」
「いいけど、さ。明日にしといたら?今日はもう何もしない方がいいと思うけど」
「わかった、何もしないをやってやるよ」
「本当に今日先生素直だね。じゃ、私はこれで。誰かさんのせいで仕事増えちゃったから」
「あぁあと!貴方のあれ、演説は酷かったけど無事可決されたよ。賛成378票反対122票だってさ」
彼女はそう言い残して去っていった。仮眠室に取り残された僕は木片が散らばるベッドに座って天井を眺める。
「僕一人で何もしないなんてできる訳ないだろうが」
昼時、首相官邸から出て僕はある場所に向かった。国民公会議長ジョシュア・ラモーヌ邸である。
広い家だ。庭の芝も良く手入れされている。しかし敷地面積で言ったらアンサングの家の方が広いな、でもその代わりパリスの中心からはこっちの方が遥かに近い。
門の前にあるベルを鳴らす。しばらく後、ジョシュア・ラモーヌが僕を迎えた。
「だ、大統領閣下、何か急な御用でしょうでしょうか?」
「少し暇ができてね、せっかくだから君の家で夕飯を済ませようかと。あとあいつ居るんだろ?生きのいい若手議員。あいつと話がしたい」
ジョシュア・ラモーヌはポケットからハンカチを取り出し額の脂汗を拭く。
「ドラクロワ・ド・タレイラーですか。貴賓室に通しておきます…」
「感謝するよ、議長」
彼は国王の時代から議会にいた狸親父、というよりもただの親父だ。平均的な議員だったがコネと年の功と運で出世した男である。だからこそ、彼は政治家として僕よりも優れていると僕は考えている。だって本来政治や変革というものはより良い未来のために行うものであるし、その過程で大量の死人が出るのなんて間違ってる。でも彼は違う。確かに彼によって齎せる変革は鈍重だが、僕のやり方よりもその過程における失業者や死人は少ない。
つまり血と死を支払うことでしか皆の為にしかなれない僕よりも、汚い金を支払って皆の為に何かをしてくれる彼の方が余程マシだし優れている。
「ご案内します」
彼に案内され、貴賓室に通される。部屋は陶器や絵画などの美術品が飾られており、さながら小さな美術館だ。しかもその品々もかなりの美しさで、先に座っていたタレイラーを隠してしまうほどである。
「では私は席を外させていただきます、その方がいいでしょうし、私もその、書類が…」
「かまわん、議長」
着席し、目の前に置かれている茶菓子を取る。その時、奴とその手が重なった。
「気が合うじゃないか、タレイラー」
「そうですね大統領閣下」
お互いに茶菓子を四つほど食べ、紅茶を啜る。
「大統領閣下、それでこの度はどういうご要件で?私を逮捕しにきたんではないですか?」
「まさか。私は君のことを個人的に好いているからね。まるで自分の昔みたいで面白くてな」
「そうですか、つまり大統領閣下は私のような男が好きだという訳ですか。ジョシュア・ラモーヌや貴方の支持者より」
自分だけ一つ少なくなるのが嫌なので、茶菓子を食らう。そして紅茶を啜り、ハンカチで口を拭く。
「それは正確ではないな。僕は僕の支持者は嫌いだ。僕を信仰している、それはつまり自分じゃないものに自分の一部を他人に預けている訳で。でもジョシュア・ラモーヌは違うだろう?奴は生真面目な男で自分の才覚を自覚しているから、僕を利用しているし僕に利用されている。それを醜いというほど僕は浅ましくない。むしろ謙虚で素晴らしいじゃないか」
「私も同感ですよ、大統領閣下。しかし謙虚さを美徳とするならば、貴方は私を嫌うべきだ」
「確かに君は謙虚ではない。自分を天才であると信じて疑っていない。謙虚さの面で見れば僕は君を嫌うべきだ。しかしは僕とて、その性根から理論や理性の人ではない。つまり、そうだな」
「案外突っかかってこられると面白く感じるものなんだ」
僕を軽蔑する瞳だ。昔僕もオーレン公に同じ目を向けた事がある。だから今のこの男が考えている事が手に取るようにわかる。僕を傲慢だと、余裕ぶっこきやがってと思っているんだろう。
「しょうもない。大統領閣下、貴方は今の状況がお分かりですか?貴方があの時倒れたからどうなるのか、それも察せないのですか?」
「まさか。星遺物の理論のことだろ。確かに僕はわかっているし、君がそれを駆使して僕を下そうとしていることも理解している。だから、僕はやらなくてはならない。君が自身の派閥を作って君の力と影響力が大きくなる前にね。そのて初めが死刑制度の廃止だ」
「貴方は本当に何も…いえ、なんでもありません。それで死刑制度の廃止ですか」
彼は茶菓子を一つ食ったあと、顎に手を当てて考える。そして数秒後、解を出した。
「全面的に賛成いたします。だって身分制度の解体はギロチンによる死刑の平等化から始まったと言っても過言ではありませんからね。それで、いつ議会で決めるんですか?」
「熱月9日だ」
彼は何故か少しニヤリと笑った。
「いいですね、熱月の9日。最高です。ぜひ私にも手伝わせてください」
一ヶ月と半月後、熱月9日、あるいは熱月の反動が訪れる。
実は三十万字ぴったしか三十一万字で終わらせようか迷ってて。脳内プロットは最後しか教えてくれない




