最終勝利者
牧月14日
オーレン公が処刑された。彼の最後について、特に記すことはない。ただ、黙ってギロチンを受け入れた。王やマリア・アントワールと同じく、眼前の死に怯えることもなく、自らの首を預けてギロチンの露と消えた。
サン=ベルナール・ロベスピエール視点
新しい太陽が昇る。朝日が執務室を照らす。
さて、僕はラパイヨーネを下した。これでやっとこの国を、そしてこの国に跪くユーロの国々を僕の意のままにできる。ここまで本当に長かった。
「まずは、そうだな」
それまではラパイヨーネの影響で内側向けの急進的な政策を打ち出せずにいた。だって彼の目はいつでも外を向いていたから。でもこれからは違う。僕のやりたいようにできる。だから、やりたくてもやれなかった事をやろう。
「これを進める時が来た」
本棚の裏に隠しておいた"予言書"を取り出す。僕がやるのはこの予言書に書かれている世界を作るための政策だ。
さて、この予言書がなんなのかについて語るにはラスアジィンニコフについて語る必要がある。
ラスアジィンニコフ、彼は僕と同じで違う世界の知識を持っている。しかし僕と異なり、彼は違う世界の、極度に文明が発展した世界の経験と記憶を完璧に保持している。だから僕はその世界が知りたくて、参考にしたくて彼にその世界のユーロに相当する地域、ヨーロッパのフランスと呼ばれる場所について書かせた。それがこの予言書である。
そして僕はその予言書と今現在のラソレイユを擦り合わせて、必要な政策を考えた。それがこの、千年後を見越した三位一体のユーロ改造論だ。加えてこれについての大まか内容が以下である。
1.国内関税の撤廃。
2ラソレイユ支配域内での関税緩和。
3.ユーロ連合の設立。
普通なら却下されるであろう急進的な政策。今の僕ならばこれが可能だ。
「ここまで辛い思いをさせてしまったな、ごめんね」
そしてこの政策が通れば、身分制度は解体される。処刑人という職も消える。最初の動機がやっと達成させられるんだ。
後日、国会議事堂たるソレイユ宮殿にて国会が開かれる。題材は三位一体のユーロ改革論についてである。
「であり、私はこれを宣言します」
国会に向かう馬車の中で演説の最終確認をする。彼女はいつものように美しい微笑みと濁った瞳で僕を見ている。
「いいじゃん、完璧だよ」
国王の時代、国会議事堂は国王と大臣の決めた政策を肉付けする、一種の官僚的機関だった。だが革命に際して国会議事堂は議会としての役割を取り戻し、革命政府の議員が日夜議論を執り行う場所となった。
でも僕はこれが疎ましかったんだ。だから粛清によって議会を私有化した。
「ありがとう、でも万が一がないようにしたい。もう一度練習させてくれ」
しかし近頃、僕の体調の悪化に伴って議会も制御を失いかけている。恐怖による支配に綻びが生じ始めたんだ。
「いいよ、そういう真面目な所好きだから」
演説の練習が三度目に差し掛かる頃、目的地たるソレイユ宮殿に到着する。また僕たち以外の議員も当然出席する為、宮殿の前にはたくさんの馬車が並んでいた。
「行くか」
ソレイユ宮殿、かつて王の時代ではふんだんに金を使用した装飾がなされていた立派な建物だった。でも僕はそれが気に食わなかったので、金を取り去ってとても質素な石造りの建築に変えたのだ。自分でもわかっていた、これはヴァルサイエーズと変わらない。
僕はヴァルサイエーズを50年分の血税を使って建てられた装飾のうるさい下品な建築と称したが、このソレイユ宮殿も同じだ。誰もソレイユ宮殿の本来の美しさを取り去ろうなんて思っていなかった。でも僕は、気に食わないからという身勝手な感性で金を取り払った。そしてヴァルサイエーズの豪華絢爛さが貴族と王権と呼ばれるように、この質素なソレイユ宮殿も革命の象徴の一つと呼ばれるようになったのだ。だから本質的には、僕も王も変わらないのかもしれない。
心底胸糞悪いよ。
「お会いできて光栄です、大統領閣下」
議事堂入る前、若い青年の議員が握手を求めてきた。僕もそれに応じて手を握る。
「君はマルセイエーズの方面出身かな」
彼の話す音はラソレイユ語の一音が繋がった言葉というよりもローマニア語の一音をしっかり発音する音だった。
「えぇ、その通りでございます。生まれも育ちもマルセイエーズです」
「いいじゃないか。正直私もそっち方面の人間の方が好きだぞ。はっきりしてていい」
青年は僕の側に一歩踏み出し、こう言った。
「大統領閣下ははっきりしていいとおっしゃいました。でははっきりと言っても構いませんよね」
「構わない。はっきりとしていて気持ちいい男は私も好きだ」
彼は恐れ多くもこの僕に向かって啖呵を切った。
「でははっきりと言わせていただきます、大統領閣下。三週間前、私の事務所に郵送していただいたあの政策についてです。私はね、あれをみて恐ろしくなったんですよ。だって貴方は大粛清と戦争をやって、このラソレイユに恐怖をばら撒いたんです。そんな貴方が今更ラソレイユとユーロをまとめて救うような建前、これを信用できるわけがありません。つまり、です。私はこの政策は貴方の権力と影響力を広げるための政策であり、その果てにさらに恐ろしいことがあると考えているのです」
大仰に手を振りながら演劇のように語る姿に自然と熱くさせられる。そして極め付けにこの気持ちよさ、僕が粛清と戦争をやるような恐ろしい男と認識しつつも恐れずそれを真正面から否定できる気持ちよさ。まるで昔の自分を見ているようだった。
「なるほどな。では私を否定する君は星遺物の意思を否定する訳であるし、星教を否定する訳だ」
僕に逆らう者に対して悪なる異教徒とレッテルを貼れる。星遺物の収集が必要だった主たる理由はこれだ。
「私は星教的倫理に従い断固として貴方にこう言います、それはこじつけだと。だって貴方の行動は他人を愛し他人を愛する事ではないですから」
「ではそう考えているのであれば、君はもう少し聡くあるべきだった」
「何が言いたいんです?」
「もう少し自分の状況を冷えた視点で俯瞰的に見てみるといい。今の君の状況は君の気持ちよさを要因に君自身を損なってしまうかもしれないものだ」
「それを貴方が言うんですか!?」
僕は気持ちいい彼を置いて議会に入場する。先ほど、僕に似ていると思ったがそれは見当違いだったかもしれない。僕ならばもっと、狡い手を取る。それをしなかった彼は僕と違って高潔な騎士道精神を持っている男なんだろう。本当に気持ちいい奴だ。




