聖職者ラスアジィンニコフ
ラ・ファルトレス要塞をたって次に向かった場所は高等法院の近くにあるあの石造りの教会だ。ボロが増した扉を開き、石の十字架から5番目の長椅子の角に座った。
そして瞼を閉じて、暗い世界の、己の内省の世界に入っていく。
まず僕の最初からだ。僕はシャルロを処刑人という身分から解放する為にこんなことを始めた。何故なら僕の両親が死んだ時、僕に残っていたのがそれだけだったからだ。でもそれはシャルロ本人に否定された。だから今度はシャルロを含めた全ての人間を身分制度から解放する為に革命と戦争を始めた。それで革命と戦争で人が死に過ぎた、僕のせいでたくさん死んだ。そこで僕は感じてしまったんだ。もはや支払った代償に対して身分制度の解体だけでは足りないと悟ってしまったから、それ以上のこともしなくてはならなくなった。
でも自覚してしまった。僕の能力ではそれは出来ない。あの時、ラパイヨーネに言われてはっきりと能力の低下を自覚してしまったんだ。
つまり、僕は普通の人間になってしまった。
だから僕は僕が果たせる責任を現実的に擦り合わせる必要があった。そうしたらもう、僕にできるのはユーロの不幸をそれ以外の世界に押し付けてユーロを幸福にする、それだけだった。
「お久しぶりですね、テルールさん。いえ、今では大統領閣下でしたっけか」
男は十字架の前に立ち、僕に声をかけた。
「ラスアジィンニコフ、あんたが表面上だけでも人を敬える器用さを持っていたらあんたは未だにルーシーに居たはずだ。だから、テルールでいい」
「相変わらず、心の貧しい人だ」
彼は僕の隣に座った。老人の横顔、今にも死にそうな生物の横顔、相手からも同じ顔が見えているのかも知れない。
「たまには神父らしいこともしてみますか。さて、神と星は貴方を許しましょう、ですからどうかこの私めに貴方の悩みを告白してみませんか?」
「じゃあ教えてくれ、ラスアジィンニコフ。僕は人々が望む物を与えられているか?」
「ラソレイユの人々の立場から立てばそうでしょうね。貴方は正当なる預言者の後継に見えます。しかし、イベリアやローマニアの人々から見れば、貴方はただの卑劣な征服者だ。だからその問いに対しては視点の限定をしなければ答えられません」
「僕はそんなつまらないことを聞いてるんじゃない。僕は総合的に見て、人々に望む物を与えられているか?そういう話だ、ラスアジィンニコフ」
彼は少し間を置いてから回答した。
「功罪の話をするのならば、産まれた瞬間に自殺する方が効率的ですよ。だってこの時代から見れば大帝と呼ばれる人も、あるいは預言者だってそう、功罪を差し引きして数値として表すのならば、その辺の中年親父の方が高くなったりするでしょう。貴方の問いはそういう、無意味な問いでしょう」
やはりこの男はつくづくあの世界の人だ。だってこれは星教の考えじゃないだろう。どちらかと言うと、遥か東の世界の考え方だ。
「そうか、ならもう一つ聞かせてくれ。僕は星教的に見て善い人か?星教的に見て、僕は必要な人間か?」
「貴方は星教を信仰していないでしょうに。まぁ、いいでしょう。私が思うに、貴方は星典の観点から見れば悪人だ。何故なら敵を愛せないから。しかし星遺物に意思がある、この前提の下に考えれるのならば貴方は善き人で、そして星教的に必要な人間、と言うのは間違いないでしょうね」
「そうか、それはよかった」
一瞬、星教に入信してもいいかなと考えてしまった。しかし、僕は知ってる。前世の記憶は薄らいで、もう最後ことしか憶えていないが、その肝心の最後で人の上位に位置する存在は人を解さないと知っているんだ。だから今更、宗教を信じることはできない。
「もしかして貴方の根源は他人に必要とされたいと言う欲求なのではないですか?」
「それは間違いないだろうな。だって僕は本質的に何も持っていないんだ。だから僕には他人から必要とされることが必要なんだ、それがなければ死んでしまうような弱い人間なんだ。これは育ちとかじゃなくて、多分、魂の性質によるものだと思う」
「案外寂しい人なのですね、貴方は。それでいて人嫌いで自分も嫌いで、なのに承認欲求と責任感だけは人一倍あるから、本当にめんどくさい人だ」
「手厳しいじゃないか」
「何せ私はそのような人間が苦手でしてね。救って欲しいくせして救いを拒んで何がしたいんだか」
それが神父の言うことかよ。やっぱりあんたは最低だ。
「まぁしかし、仮にも私は神父ですので」
彼は立ち上がり、僕の前に立った。そして十字を切って語る。
「根源が自分のためとは言え、貴方は自分よりも他人を愛する人だ。それはとても立派で、かつ星教の根源たる自己犠牲に見合う物だと私は思います。ですから貴方はきっと彼方宇宙の天国に導かれますよ、ステラリス、ステラリス」
「ありがとう、少し救われた気がするよ」
たとえこの男が如何に悪意の人であったとして、僕の為に祈ってくれた。そして僕はその行為に対して尊敬を見出した。初めてだったんだ、僕が行為の裏に目を瞑ってその行為自体に尊敬をしたのは。




