玉折
さて、ルーシー遠征を延期にできるかどうか、それが僕とラパイヨーネの勝負なんだが、これは簡単に解決できる。それも、とても単純に。
そもそもなぜラソレイユがルーシーに攻め入らなければならないのか。それはアルビオンを貿易の面から干からびさせる為である。ユーロ全域の市場からアルビオンを閉ざすことでアルビオンを弱体化させようという話だ。
だから、そもそもアルビオンが敵でなくなってしまえばこの話はそれで終わりだ。そうなってしまえば早急にルーシーに攻め入る口実は消えてしまうのだから。
「皆様、お集まりいただき誠に感謝申し上げます」
首相官邸ではアルビオン、ラソレイユの重鎮を集めてとある会議が開かれていた。題目こそはイベリアにおける無政府状態についての報告会とあるが、その実は全く異なる。
「ではかねてより検討を重ねて参りました、世界のかくあるべき姿について、最終調整を行なって参りましょう」
アルビオンの外交官及び首相と僕と信頼のおける政治家達のみが集められた秘密の会議。それがこの度の会議である。
「ではまず、ルーシーのバルト、白ルシー、ウクライーネにつきましてはラソレイユの支配域、カウコザークとクリナム半島につきましてはアルビオンの支配域とさせてもらいますが、アルビオンとしては何か申し出すことはございませんか?」
世界地図を指差しながらそう語る。自分でも嫌になるよ。本来、僕はユーロの全てを踏み潰してでも身分制度を解体するべきだった。でも、今の僕にはとてもできそうにない。だから、折衷案に出ることにした。ラソレイユとアルビオン、二つの覇権国家による世界分割という折衷案に。
「意義ありません。では、次に私から、北アメリア地域はアルビオンで一括管理を考えており、こちらとしてはラソレイユのアメリア地域をアルビオンに売却していただきたいというのが内閣の総意で御座います」
アルビオン首相ロース・マキシマは落ち着いた声色で語っている。
当然だ。これらの決議については全て事前に決定されており、この会議はもはや既定路線の確認に過ぎない。
「承りました。ラソレイユ領アメリアをアルビオンに売却すると約束いたします。また、建設中のパーン運河ですが、こちらに関しては両国間で特許会社を設立し管理運営するということでお間違いありませんか?」
会議は筒がなく進行し、最後の協議に進む。おそらく相手がルーシーやオルストリカならこうはならなかっただろう。相手がアルビオンという利益第一主義の国だからこんなにも円滑に進んだのだ。
「…最後に、新世界秩序に向けて設立する機関名についてですがウィンネス監査機関ということで決定いたします」
本当に自分が嫌になる。だって本来この会議でここまで決めてしまう予定はなかった。しかし、僕はここまで、つまり世界に対してをユーロとそれ以外という身分を作ってしまう所まで決めるつもりはなかったんだ。でもそうせざるを得なくなった。何故ならここ一年で僕の能力が致命的な点まで落ちてしまったからである。
後日、僕はとある人間に会いに行くためにラ・ファルトレス要塞へ向かった。
罪人105番、罪状国家反逆罪、ロイス=フィリップ・ヴァロワ・オルレアン。彼らはこの薄暗い牢屋内であっても何故かいつもと変わらず、ただ不敵な笑みを浮かべながら僕を見ている。
「お久しぶりですね、オーレン公」
「調子はどうかな、テルール君」
調子はと聞かれたので、先程の会議の内容を纏めた紙をこの男に渡した。
「なるほど。ユーロから不幸を無くす代わりに全ての不幸をユーロ以外に押し付けるという訳か。この現実との擦り合わせ方、今の君はまるでかつての国王陛下のようだ」
アルビオンとラソレイユによる世界分割と勢力均衡。それは二国の覇権大国による際限ない経済戦争と国境紛争の未来だ。だから、彼の言っている、ユーロ全ての不幸をユーロ以外に押し付けるというのは言い得て妙なのだ。
「それは皮肉ですか?」
「いや、大人になったと言ったんだ」
国王が大人?奴は家族を守る為に多くの人間を捨てて責任から逃れた自己中心的な人間だ。それを大人で、何より僕がそのような人間だと言いたいのか?
「こんなの大人ではない。自分の能力が低下して、それで楽な道を選んだ。それを大人だとは言えないでしょう」
「そうかな?私には昔の君の方が、使命に燃えて自分も他人も革命の火に焚べてきた、かつての君の方が子供に見えるよ」
「現実に打ちひしがれて諦観することを大人と言うなら、あまりに夢がなさ過ぎます」
「全てを諦めたのならそうだろう。でもこれは違う。確かにこの計画は君の長年目指してきたものに対して諦めが含まれていることは否定できない。現にこれは身分制度の解体と言いながら、その実ユーロの人々とそれ以外の人々で、ある種身分制度的な物を作ってしまう。だかユーロのみに絞ってみれば身分制度は解体される。だから全てを諦めている訳じゃない、つまり自分にできる最大限の範囲で自分が負った責任を全うしているんだ。
だからこそ、己の責任を己で請け請け負い最大限自分にできる範囲で全うすること、それを大人と定義するのならば、今の君も国王陛下も大人だろうと私は考えるよ」
所詮慰めの言葉だ。だってこの結末はあまりにも見合ってきない。今まで支払った対価に対してあまりにも不釣り合いだ。これを責任を全うしたと言うのは違うだろう。
「不服ですよ、本当に。貴方は夢を叶えた、負けて、それで処刑されることを代償として、平和なユーロを手に入れた。でも僕は貴方に勝って、病に臥して、最後の最後で夢を諦めるしかなくなった。僕は貴方に勝って、それで負けた。どこにあったんだ、教えてくれ。僕は何を間違えたんです?」
石造りの建築という性質上、水滴の音がよく響く。ぽつん、ぽつん、ぽつんと3回ほど鳴った後に、彼は語った。
「間違いを論じるのならば、全ての身分制度を解体しよう、そうやって神の真似事をして傲慢な革命を思い立った、そこだろうな」
「僕はそうするしかなかったのに?」
「当然だ。だって分不相応だろう。如何にかつての君が天才だったとして、君は人間だ。人間であるにも関わらず、世界を変えようとした。世界は変える物ではなく、変わる物なのにな」
「違う、僕は大勢の人間を殺して数多の星遺物の強奪を果たして、名実共に預言者と、神となった。だから決して分不相応じゃない筈なんだ。だから、何か手があった筈なんです。それかどこかで僕が致命的な間違いを犯していた筈なんだ。僕は僕の行為とか目的の間違いじゃなくて、僕の施策の間違いを知りたい」
彼は顎に手を当てて考える。また、水滴が3回落ちた。
「それを決めるのは私ではないだろう。だがあえて私が言うのならば、君が病に罹ったこと、それそのものだと思う」
「運が無かったって、言いたいのか?」
「でも君が病を患わなければ君はこんな急進的な手を取らなかっただろうし、君は君ではなかったな。だからそう思うと運が悪かった、と言うよりもテルールという人間はそのようにしかなれなかったと言う方が正しいだろう」
「じゃあ僕の命はただ無意に人を殺めて不幸を振り撒くだけの人生だったと、そう言うわけか?僕の人生の意味がそんなものだとしたら、僕は…」
あの時に自殺しておけばよかったと本気で思ってしまう。
「そう悲観的になることはないだろう。君の人生も私の人生も、一つの時間を共有する僅かな力に過ぎない。つまり君の言っている、個人が持つ人生の意味なんてものは、世界から見たらオルガンの部品の一つに過ぎないんだ。だから君がその意味について、思い悩むことそれそのものが烏滸がましいんだ」
僕はもう何も言えなかった。
だから彼に背を向けて、去ることにした。
「あぁ、これは年長者としてのアドバイスなんだがね。自分は何にもならない、自分は意味がない、それはとても普通の事だと私は思うよ」
普通、普通。僕は普通ではいけなかったのに。




