最後の闘争
1789年 芽月1日 アウステルリッツ二帝一総決戦から約一年後。
サン=ベルナール・ロベスピエール視点
小高い丘と廃村。朝方だからか露が残っており、とても寝転がれそうにはない。
「変わらないな」
ちょうど馬車の通り道だったから寄ってみたが、この場所、ムラオカは何も変わっていない。僕はユーロの半分を支配する人間になったのに、この場所は何も変わっていないんだ。
「くそ、またか」
ここ一年で僕の身体はさらに劣化したと思う。耳鳴りも頭痛も恒常化しているし、思考が冴えてるんだがはたまた曇ってるんだが判断すらつかない。だから体感としてわかるんだ。今年か、来年だ。
「さて、行くか」
耳鳴りがうるさい中、こんな所に突っ立ってていても意味がない。馬車に乗ってさっさと首相官邸に帰ろうと思った時、遠くで人影が揺れていた。
「◻︎◻︎◻︎!!」
甲高い音のせいでなんて言ってるかわからない。
「誰だ!」
その人影は、彼女は僕に向けてゆっくりと歩く。そして僕の直前まで来た時、一度衛兵に止められた。
「その女を通せ。彼女は私の、大切な人だ」
3m、そこまで近づいてやっと彼女の顔がはっきりと見えた。
「シャルロ」
もう二度と会えないと思っていた僕の大切な人。
「私の声忘れたの?」
「違うんだ。ただ、耳鳴りがして何も聞こえなかったんだよ」
短い言葉、彼女はそれで僕の全てを察した。だって彼女だって医者だ。そうであれば肺から血を吐いて耳鳴りもする、それに該当する病名なんて一瞬でわかってしまう。
「笑えるよな、誤診なんて。自分でよかったよ」
「テルール、嘘でしょ」
テルール、久しぶりに呼ばれた僕の名前。
「本当だ、シャルロ。だからこんな男、ぶん殴ってさっさと忘れてくれ」
彼女は小さく拳を作り、そして僕の腹に優しくパンチした。
「あまりにも可哀想だよ」
「僕を憐れむなよシャルロ。僕はラソレイユ大統領兼ラソレイユ星王だ、この世界で一番のお偉いさんなんだぞ」
「でも貴方は限りなく不幸じゃないの」
「違う、世界一幸運だ。こんな綱渡りのような道を失敗なく、駆け抜けてきたんだから」
マリア・アントワールから始まり国王への企て、三部会、コトデーの処理、そしてアウステルリッツ。これら全てはギリギリの戦いだった。それも、風の吹き方が違っていれば失敗していたかもしれないような。だから、その点を鑑みれば僕は恐ろしいくらいに幸運だったと思う。
「でも貴方は不幸せだよ。嫌なことして、病に罹って、それで頑張っても、貴方はそのままだ」
泣いている彼女を抱きしめて、僕は僕の決意を彼女に囁いた。もう彼女にしてやれるのはこれとあと一つしかない。
「だから君を必ず幸せにしてやる。君だけでなく、ユーロ全ての人間を幸せにする」
彼女を突き放し、場所に向かう。一度振り向いた時、彼女の顔はぼやけていた。
「今度こそアデューだ、シャルロ。愛してるよ」
「…嘘つき」
馬車は走り、僕を首相官邸へと連れて行く。
「ルナ、報告を頼む」
首相官邸の執務室、僕の仕事場。そこには既にルナが居て、彼女はラパイヨーネからの報告書を持っていた。
「うん、ラパイヨーネはイベリアに入って今マドリアで戦ってるみたいだよ」
「マドリアか、そうか。なら数週間後にラパイヨーネはアルペン街道を通るから、そこの食糧を買い占めてくれ。ルーシーの遠征が延期になってくれなければ困るんだよ」
ラパイヨーネの勝利条件は僕が確固たる地位を確立する前に自分が英雄となり軍を完全に掌握することだ。だから僕のやるべきこととは、ラパイヨーネが英雄になる場であるルーシーへの遠征、それを延期する事だ。故にこうやってラパイヨーネを遅滞させる為の策を取らなければならない。
と言っても、これはサブ対抗策だ。本命はこんなお粗末な物じゃない。
「早くない?そんなに早く戻ってくるのかな?あの人」
「むしろこれでも遅いかもしれないくらいだ。ラパイヨーネの行軍速度は異常だからな」
そう語っているうちに、一つの事実に気付いてしまった。
「なぁ、ルナ。そういやラステリラ凱旋門の完成予定っていつだっけか」
「熱月の12日だよ」
ルーシーに勝利して凱旋門完成セレモニーで凱旋。それはラパイヨーネが一番やりたいことなんじゃないか?だっそれをやれば国民も彼を英雄と認識するだろうし。そうなるともう今にはルーシーに着いていないと間に合わない。
「じゃあそうだな、遅すぎたな。ルナ、さっきの食糧買い占めは撤回だ。読み負けた」
「わかった。でも珍しいね、こんなあっさり読み負けを認めるなんて」
「正直な、僕は間違えないと言える自信がなくなったんだ」
「それが普通なんじゃないかな」
「違う、そこじゃないんだ。傲慢かもしれないが、かつての僕は普通ではなかった。突出した天才だった。でもそれが能力の劣化で常人になった、それを君は普通と言ったのかもしれないが…」
あぁ、くそ。嫌になる。何でさっきまで無気力感たっぷりだったのに、急にイライラするんだ。
「震えてるよ、手」
震えている左手を正常な右手で押さえつけて、言葉を回す。
「…ともかく、ともかくだ。僕がこのまんまだったならいいだろう。でもこれ以上認知機能とか判断力が落ちたら、僕は、僕はその」
何で言葉が急に回らなくなるんだ。いつもみたいにこねくり増せよ、数少ない取り柄だろうが、それが。
「僕は果たせなくなる。最小限の責任すら全う出来なくなる。それがたまらなく怖いんだよ」
彼女は机に座り、僕を抱きしめた。
…昔、同じことをしてくれた人が居た気がする。シャルロだったのか、それともニコラだったのか。どっちだったか。
「じゃあ今のうちに頑張らないのとね。全部が無駄になってしまう前に」
「その通りだよ、本当に」
会議の予定を繰り上げよう。早くラパイヨーネを抑えなければならない。天才はそう生まれないないんだ。だから、奴さえ、奴さえ抑えればしばらくは…




