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11歳おめでとう!!!(1)


 1779年7月28日、きっかけはずっと前だったが、僕の人生が明確に変わった場所を定義しろと言われたらここだろう。


 アンサング家回顧録より抜粋




 シャルロ視点


 とうとうこの日がやってきた。7月28日テルールの誕生日にして彼の両親の命日となる日。


 「テルール、本当に行くの?」


 給仕のお爺さんが住んでいたこの部屋は3週間経ってもその時のままだった。

 彼がミニマリストなのか、家具を買う余裕がないのかは分からない。だけれどもベッドと机しかない部屋に埃1つもないというのは不気味に感じる。


 「何を今さら。もう決めたことだ。」


 正直、私にとって彼という人間は親友に当たる人だし、なんなら唯一の友人だ。だから彼がどのような人だか誰よりも理解している自負がある。故にわかるんだ、彼はこうやって気丈に振る舞うべき人じゃない。だって貴方はそんなに強くないじゃない。


 私たちは馬車に乗り込み処刑場であるパリス七区のシャン・デ・マール公園に向かう。

 柵と処刑台は昨日のうちに彼の指示で建てられており、あとは囚人をサンタントワーヌ牢獄から輸送するだけである。


 「テルール君、囚人の輸送に関しては私達に任せてくれ。」


 父はムッシュ・ド・ソレイユとしての金の刺繍を施した黒装束を纏い、背中には処刑人の剣を背負った。その姿はさながら死神であり、道行く人々を恐怖させた。


  "アンサングに近寄ると不幸になるぞ"


 人々の声は悲しいが、必要なこととはいえ人を殺して晒し者にしているのだ。こう言われてしまうのも無理もない。


 「いえ、僕も行きます。行かせてください。」


 「最期に少し、話したいんです。覚悟はとっくのとっくにできていますから。」


 成長期によって喉仏が発達し始めているのか、その声はいつもよりも大分低かった。

 だからだろうか、少し怖かったんだ。


 「毅然に振る舞えると約束できるか?」


 「はい。僕は例え両親の前であろうと、アンサングの家に従事する者として罪人に対して冷徹でありましょう。」


 「ならいいだろう。石には気を付けろよ。」


 私達はサンタントワーヌ牢獄に向かう。パリス中心は私達の故郷であるアンス=イブリアとは大きく異なり臭いしうるさい。

 人が多すぎるんだ。だからモニュメントだって大きく豪華だし声もうるさい。そして窓から投げ捨てられる糞尿の量も多いとなれば当然である。


 馬車はサンタントワーヌ牢獄を正面に捉える。

 この牢獄は昔要塞であった為、とても巨大で重々しい雰囲気を醸し出している。

 まさに石レンガの巨城である。

 その巨城から出て行くあまりに身なりのいい男とその従者数十人。彼らが私達の横を通り過ぎる時、テルールが荷馬車から降りて跪き、その中心に居た男に声を掛けた。


 「オーレン公、減刑の件まことに感謝申し上げます。」


 オーレン公、その名もロイス=フィリップ・ヴァロワ・オルレアン。もしくはオーレン・エガリテ(平等公)。

 だがエガリテを名乗るには服装が荘厳華麗過ぎるし、従者が多すぎるんじゃないかと思う。


 「私、バチストからも感謝を申し上げます、オーレン公閣下。」


 オーレン公はただ慈悲深い笑顔を浮かべて、こう言った。


 「エガリテの名において当然のことをしたまでさ。」


 何がエガリテだ。この国の5%を所有してる癖に。

 と思ったがそれは口にはだせない。たまにいるのだ、本心から正しいと思って矛盾する人は。確信犯というやつである。本来的な意味での。


 「そうだ、ここからは独り言なんだが…」


 「困ったらオーレン大学の門を叩くといい。」


 オーレン公はそう言い残して去っていった。

 誰に対して言ったのかは明白だ。しかしなぜテルールに?

 テルールとオーレン公はテルールの両親絡みで交友があった?となると例のパリス・ロイヤル宮殿での彼のサロン?

 テルールは危険思想を知っている?


 いや、辞めておこう。いま考えてもなんにもならないし仮に知っててもそこまでの度胸はないし、彼がそれに命を賭す理由が1つを除いてない。


 「ムッシュ・ド・ソレイユの名において囚人を譲渡していただきたい。」


 父は牢獄の最高責任者であるローネリア氏に命令し罪人を馬車の荷台に詰め込ませた。

 彼はその光景に眉1つ動かさなかった。

 やがて荷馬車は処刑場へと向かう。行きよりもゆっくり進む。手足を縛り椅子に座らせた罪人を晒し者にすることによって。


 「テルール、お母さん達が悪くないことわかってるわよね?」


 長く艶めいていた美しい金髪は斬首の為に短く切られ、牢獄の栄養不足と衛生状態のせいでその艶を失っていた。


 「あなた方はパリス高等法院の名において死刑を宣告された極悪人にございます。」


 テルールはさっきのような低い声でそう言い放ち、自らの親を拒絶した。


 「テルール、お前もわかっているだろ。オーレン公、あいつは権力中毒者だ!」


 無精髭は伸びきって髪は禿げている。全身に痣があり歯も欠けていた。

 あの聡く高潔な平民の為の弁護士であったこの男の姿がこれか。全く、拷問官の仕事は恐ろしい。


 「醜いです。危険思想に手をだすばかりか、あのオーレン公まで侮辱して。」

 

 「テルール、お前をそう育てた記憶は無い。」


 「それはあんたの、貴方の想像力不足でしょう。」


 荷馬車が進む最中、彼の父が愛した貧しい人々は彼の父を罵倒しながら石を投げつける。

 処刑は"体制のもつ力を民衆に誇示する"為に行うが、肝心の民衆にとっては単なる"ストレス発散用のイベント"に過ぎないのだ。


 「父さん、貴方達は"リヴァイアサン"によって砕かれ散るのです。」


 私は彼のその発言で彼の父の口角が少し上がっていたことを見逃さなかった。

 …リヴァイアサン、伝承の怪物。巨大な海の魔物。いやそれを指している訳では無い。"それに準えた何か"を指してリヴァイアサンと呼んでいるのか?


 「そうか、お前は…旧体制の犬に成り下がったのか。我が子ながら残念だ。」


 「何がアンシャン・レジームだ。国王(太陽)の沈んだ世界なんて誰も想像はできませんよ。」


 荷馬車は処刑場に辿り着き、罪人を処刑場に跪かせる。

 そしてあの処刑場の上、つまりムッシュ・ド・ソレイユの神聖なる仕事場には父と彼の両親のみが残された。


 ムッシュ・ド・ソレイユの名において、国王陛下と国民に仇なす極悪人を処刑するのだ。


 

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