EPISODE:8 デジャ・ヴュ
「本当に大丈夫?」
「ああ、どのくらい寝てたんだ」
「1時間くらいね」
完全に遅刻だった。
「学校には電話しておいたわよ」
「は?えっ?誰が」
「私に決まってるじゃない」
『当然でしょ』と、いや『そんなことも分からないの?』という表情をされた。
「まぁいいや」
俺はもう朔夜の斜め上の対応は、諦めることにした。
「それで朔夜、昨日のアレは何だったんだ」
ようやく聞けた。
あの気味の悪いバケモノ。
闇の中から湧き出て来たような異形。
あれが『俺たち』に関係があるだなんて、俺はまだ信じられなかった。
「ああ、妖魔ね」
『ああ、犬ね』の言い方だ。
「あのね、朔夜さん」
俺は丁寧にお話した。
「私の知る世界ではそんなにメジャーな生物じゃないのですよ、妖魔って」
「これからメジャーになるわよ」
俺の嫌味な物言いに眉ひとつ動かさずに、朔夜はそう答えた。
「妖魔は様々な姿で現れるわ。昨日のようなモノもあれば、更に醜悪なモノも……」
朔夜は更に続けた。
声が低くなる。
「でも闇から染み出た最も危険な奴は、最も無害な姿をしているわ」
そう言って朔夜はテーブルの上に白い紙束を置いた。
黒と朱の筆書きで紋様と読めない文字が書かれていた。
「梵字?」
俺がそう聞くと「神代文字。太古に失われた文字よ」と言った。
「え?」
見間違いかと思って目をこすった。
文字が光っている。
「言霊って聞いたことはある?」
「ああ、あるよ」
「言霊はこの神代文字——神々の文字にこそ宿るのよ」
そう言って一枚を俺に差し出した。
「護符よ。息を吹きかけて手から放ってみて。投げても、吹き飛ばしても良いわ」
言われるままに息を吹きかけて放ってみる。
俺の手から離れた護符は人の姿に変わった。
人と言っても人型の紙だ。
「上手よ」
朔夜は満足そうに頷いた。
「その時は決して焦らないで」
真剣な眼差しを俺にむけた。
「護符が発動すれば必ず見つける」
「だから——信じて」
「分かった」
気圧されるように俺は答えた。
「でも、朔夜。キミは何者なんだ」
俺の問いに瞳を伏せると、朔夜は悲しげに首を振った。
胸の奥がキュッと締まった気がした。
こんな表情をさせたいんじゃない。
何故だろう——
昨日会ったばかりの朔夜に、既視感のような感情の芽生えを感じた。




