EPISODE:73 夕陽
土埃というにはあまりに激しい、噴煙のような土煙が上がった。
無数の木々がなぎ倒され、五芒星の光も消えた。
直後、大きな音が聞こえ、光芒が見えた。
鳥たちが逃げ出した樹海の上を、一羽の鴉が旋回していた。
「あれは——まさか」
そう思った刹那、短い破裂音が幾つも聞こえ、再び木々が爆ぜるように倒れた。
あの中に朔夜様たちが居るのは間違いない。
私は弓に鏑矢を引き絞ると空へ放った。
ヒューと甲高い音が、樹海の空を裂くように飛んだ。
「夜刀、来て」
犬神人の末裔が放った鏑矢。
貴方が神となったのなら、祓われる事はない。
刹那、轟音に崖が揺れた。
その一部が崩れる程の激しい衝撃。
眼下の樹海は直線で木々が消えていた。
そこは地面が抉れるように無くなり、その先に夜刀が居た。
夜刀はゆっくりと、こちらへ歩き始めた。
「その三叉槍は誰の喉元に立てるのかしら」
燃えるような夕陽を映した槍が、冷たく輝いていた。
「綺麗な夕陽ね」
ルリ子さんが目を細めて言った。
陽子さんは運転席のバイザーを下ろして「前が見にくいわ」と手をかざした。
式神は、真っ直ぐ夕陽に向かって飛んでいた。
「昔の青春ドラマみたいだわ」
ルリ子さんが呑気に笑った。
「夕陽に向かって走れってやつですか?」
「よく知ってるわね、文乃さん」
「以前、動画のオススメに謎に出て来たんですよ」
そう答えたけど、ルリ子さんにはイマイチ通じなかったようだ。
「大丈夫よ。青春ドラマの最後はみんな仲良くバカヤローで終わるから」
ルリ子さんの言葉に笑ってしまった。
たしかに動画で叫んでいたのを思い出した。
「私ね、楽しみで仕方ないのよ。九十年振りに友達に会えるんだもの」
ルリ子さんは両手を合わせて再び目を細めた。
それは眩しさのせいではなかった。
夜刀への反撃を試みようとしたところに鏑矢が飛んだ。
攻撃を踏みとどまった刹那、閃光に木々が消えた。
放たれた閃光は、大地を抉り取りながら木々をなぎ倒し、崖の中腹までを削り取って止まった。
夜刀は閃光で整地した道を、悠然と歩き始めた。
「仕掛ける!」
私は再び攻撃の姿勢を取って踊りかかった。
それに呼応して八咫烏が背後から急降下した。
夜刀が反応して三叉槍を繰り出した。
右から襲撃にも関わらず、夜刀の槍捌きは正確に私を薙ぎに来た。
私は三叉槍の柄を踏み付けると跳んだ。
槍先は踏み付けた勢いで地面に埋まった。
私は身体をひねり、その勢いで腕を振り太刀を首に叩き付けた。
夜刀は三叉槍を手放して大きく身体を逸らした。
捉えたはずの太刀が空を切った。
私は反らした身体に二連撃の蹴りを入れた。
だが、浅い。
夜刀の纏う筋肉の鎧にはあまりに軽い当たりだった。
そこを八咫烏の鉤爪が襲った。
鉤爪は肉を深く穿ち、裂いた。
鮮血が散った。
胸元から噴き出すようにほとばしった血液が、八咫烏の翼を濡らした。
夜刀はそのまま八咫烏を蹴り上げて、自らはその勢いで立ち上がった。
その足元を狙って、私が滑り込みながら足払いを掛けた。
夜刀はそれを躱すと、滑り込んだ姿勢の私に膝を落として来た。
躱せない。
私はその膝を両腕を交差させて受けた。
ミシッと嫌な音がした。
一瞬の痛みの隙に、夜刀の手が槍を引き抜いた。
その間は私の好機だった。
そのまま夜刀の膝を掴んで、太刀を突き刺した。
斬り落とす事は叶わなかったが、靭帯は切断した。
これで片脚は使えない。
もっとも、私の右腕も良くて亀裂が入ったはずだ。
太刀を勢いよく引き抜いて転がりながら離れた。
八咫烏も蹴りの勢いを殺して上空に逃れたようだ。
刃を天に向け、剣先を左手で支えて構えた。
右脚を伸ばしたまま、三肢で這いつくばる夜刀の眉間に切っ先の照準を向けた。
「どうする?」
脅しでもハッタリでもない。
一間半のこの距離は、壊れかけたこの腕でも十分に狙える。
夕陽がチリチリと私の頬を焼いた。




