EPISODE:71 受肉
崖の上から光る樹海を見ていた。
紫の光が妖しく揺らいでいる。
「あの子たちが死んでしまった」
私はよろけ跪くと、無意識に手を組んで祈りを捧げた。
「日本の神様への祈り方じゃないぜ、花音」
「黙りなさい、夜刀」
無意識に手を組んだのはきっと——
きっと私の深層が、あの子たちを殺した日本の神に祈ることを拒んだから。
もちろんそれは朔夜様のことではない。
今、私の腕に居る夜刀に対して。
そして、それを拒めなかった私に対して。
あの子たちに報いる為に、私はどうすればいいのだろう。
私は今一度、星夜くんに——
(今日だけ、そう呼ばせてください)
心で願った。
星夜くんに会って話がしたくなった。
私が人であった頃の——
初恋の彼の声が聞きたかった。
「さっきの光は......」
言いかけた言葉を飲んだ星夜くんは、黙って隣に並んでくれた。
「手......繋いでいい?」
星夜くんの左手の温もりが、私の右手に伝わった。
指を絡めて強く握ると、星夜くんは少し驚いた表情で私を見た。
「ありがとう」
「ん?」
「定期券を探してくれて」
「..................!」
大きく目を見開いて私を見た。
「あの時の!?」
「やっと気づいてくれた」
こんな時なのに可笑しくて笑った。
「おいおい、どうして——」
「あれがこうなるのかって、思うよね」
星夜くんの言葉を継いだ。
「だってそうだろ」
憮然という言葉が、こんなにも合う状況と表情があるだろうか。
「いいの。あの日、私たちが出会わなかったとしても、今日この日は訪れたから」
犬神人の娘だもの——
この言葉は言わなかった。
星夜くんの優しさに惹かれたことは、私の出自とは関係ない。
血で穢したくなかった、私の初恋。
「次は花音が落とした、希望ってやつを探して来てやんよ」
「気障ね。囚われの姫のくせに」
「こんな時に強がれるのが、男の子なんだよ」
ニッと笑った横顔にドキッとした。
「ありがとう。最期に楽しかった」
私はそう言って洞窟を後にした。
そろそろ神が降臨する。
立ち上った光は、天にそのまま五芒星を描いた。
並の贄ではここまでのものにならなかっただろう。
全てはあの子たちの犠牲のおかげだ。
天の五芒星の中心が裂けた。
天の裂け目から、半裸の男がゆっくりと降りてきた。
均整の取れた身体。
彫刻のように浮き出た筋肉が美しい。
右手には長い鉾を携えていた。
柄から二匹の蛇が絡むように巻き付き、先端で三又の鉾のようになっていた。
神々しい——
神が現世に降臨する瞬間というものは、これほどまでに尊いのか。
私はその光景を、魅入られるように見詰めていた。
次の瞬間だった。
樹海から巨大なヲロチが現れ、天に向かい顎を広げた。
夜刀だ——
夜刀は降臨する神を呑み込むと、樹海にその身体を沈めた。
大きな地鳴りと、多くの木々が倒れる音が響いた。
ああ、恐ろしいことが起きた。
これは受肉だ。
夜刀が神の身体を得た。
次に夜刀が現れる時、彼はあの男の——神の姿だろう。
私は左腕のブレスレットを、無言で見詰めた。
ブレスレットはただ鈍色に光るだけだった。




